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幾千夜の誓いを君へ  作者: 月詠命
四章 煌めく絵画への招待
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第38話 権力の傀儡




 太陽が天高く昇り、王都を見下ろす時刻。


 流行りのワンピース姿に二本のカタナを携帯したミラア・カディルッカは、少し寂れた街並みの中を歩いていた。


 一般的な住宅街とも、キラキラ浴場や大聖堂などのある旧市街地の商店街とも異なる、新市街地ならではの商業建築物たち。


 今流行りのデザインで建てられたそれらは、酒場や娼館など夜の娯楽を売り物にする店である。


 こうした歓楽街は夜に営業を行うため、当然昼間は人通りもなければ店自体も閉まっている。

 それが今この景観をひどく寂れさせているのだ。


 ミラアが、フィーネから勧められた御者付きの馬車を断って、一人でこんな所を歩いているのには事情があった。


 昨夜の舞踏会の最中、月明かりが照らす王城のバルコニーで、ジェルヴェールに言われた言葉を思い出す。




「明日の昼頃、ここに来てくださいませ」


 そう言って赤い髪の少女は、地図の書かれた羊皮紙をミラアに手渡した。


「暗黒街の王ヴァル・シュバインが貴女を待っております」

 邪気の無い、仮初の王女の微笑み。


 ミラアは絶句した。

 シュバイン商会の元締めが、ローザリア卿の義娘とまで深い繋がりを持っているという事実と、あの男からこんな大袈裟なかたちで二度目の呼び出しを受けたということに。


 先週、ミラアに連続殺人犯を捕まえて欲しいと言った妖艶な青年。


 彼がジェルヴェールに頼み、彼女がローザリア卿に頼み、この盛大な舞踏会が開催され、数多の貴族たちが招集されたというのだろうか。


 だから、ローザリア卿は自分の手を取りダンスを共にしたと?


 夜空に聳える王城の高層階の下で、ミラアは自分を取り巻く大きな力に恐怖を覚えた。


 広がる夜の王都を背景にしたジェルヴェール。

 ミラアの血の気が引いた。




 脳裏に蘇った昨夜の光景。


 ミラアは今現在に還ると、地図を見ながら指定の場所を探した。


(ここだ)


 看板には、洒落た文字で〝月の見る夢〟亭。


 見た目も洒落た酒場である。


 〝クローズ〟の表札が掛かった厚い木の扉を開けると、薄明るい店内がミラアを迎えた。


 白い岩を荒く削り出したような質感の壁を、金属やガラス細工が彩っており、蝋燭の消えた大きなシャンデリアだけが天井にぶら下がっている。


 いくつかの黒いテーブルと白いソファーの並ぶ綺麗な店内には客はおらず、板ガラスが嵌め込まれた窓からは昼間の陽光が射し込んでいる。


 明らかに、美的かつ官能的な酒場であることを物語る豪華な内装。


 その奥にあるカウンターの横、壁際のソファーに一人の男が座っているのが見えた。


「よう、来たか……」


 木造の室内によく響く、太く明瞭な声。


 ドワーフによって造られた精密機械よりも適確に動くのであろう良く締まった巨大な体躯からは、それ以上に強靭な精神を感じさせる。


 フェイ・ミルバーンの眼光は、店内に入ったばかりのミラアを射抜いていた。


「貴方が直々に出迎えてくれるなんてね」


 光栄だとは思った。

 気分がいいわけではないが。


 銀髪の女ハンターの言葉に対して何を思ったのか、フェイは静かに笑みを浮かべると、立ち上がって店の奥へと続く黒い扉の前まで行き、振り返り様にミラアを見る。


「座って待っててくれ」


 太く響く声を残して、フェイは奥にある厚い扉の向こうに姿を消す。


 ミラアが丸い尻をソファーに沈めて無言で待つこと数十秒、奥の扉が開いた。


 精悍な美女の男装かと見間違うような顔立ちの、二十歳前後の黒髪の青年が入ってくる。


「やあ」


 人懐っこい笑み。


 自分の兄や弟であるかのように錯覚させる愛嬌を浮かべて姿を現したのは、暗黒街の若き王ヴァル・シュバインだった。


 こうして見てみると、どこかローザリア卿に似ているが、明らかに洗練された貫禄が無く、それが〝まだあどけない〟という長所になっている。


 不快感を顕わにするミラアの瞳に映る、妖艶な青年の無邪気な笑みに、


「まさか、またお会いするなんてね」


 ミラアは引きつった笑みを浮かべて言った。


 ヴァルは変わらぬ爽やかな笑みを浮かべたまま言う。


「やっぱり、俺たちにはご縁があるみたいだね」


 ミラアがその首をカタナで両断してやろうかと思った時、


「ミラア、飲み物は何にする?」


 横からフェイが訊いてきた。


 絶妙なタイミングだ。


 しかし、この屈強な大男が飲み物を運んでくるのだろうか。


「何がある?」


 ミラアの問いに、フェイは手際よくテーブルの横に置かれていた羊皮紙を手に取って広げて見せた。

 店のメニューが書かれている。


 褒めたくはないが、素晴らしい品揃え。


「アールグレイ。アイスで」


 フェイが席を離れるのを尻目に、ヴァルが口を開いた。


「今回も用件は前回と変わらない。受けてくれるね?」


 それは、優しい仮面を被った脅迫だった。


 今回は、ジェルヴェール・ディア・ローザリア嬢を間に挟んでの話である。


 そのために開かれた舞踏会にも、ミラアは出席している。


 グレイス家の食客であるミラアがそれを断れば、社交界でカタリーナやフィーネがどういう立場に陥るか。


 相手の質問をあえて無視して、ミラアは訊く。


「貴方と、ジェルヴェール・ディア・ローザリア嬢はどういう関係?」


 ミラアは今、明らかに指示される側である。

 その一方になっては立場が悪くなるだろうと思い、まずは関係性を変えなければと思っての行動。今後、上手く立ち回るために。


 しかし、

「貴女と、フィーネ・ディア・グレイスの関係は?」

 ヴァルは答えずに訊き返してきた。

 悪気を見せない笑みを浮かべたまま。


「同じ仕事をした仲間」

 ミラアの即答に対して、ヴァルも応える。

「税金を支払い、受け取る間柄の身内」


 沈黙が落ちる。

 お互いに欲しい情報で無いのは明白だ。

 このままでは埒が明かない。


「分かった」

 ミラアは半眼で溜め息をついて、

「受けるよ。連続殺人犯〝カマイタチ〟の捕獲」

「ありがとう」


 ヴァル・シュバインは満面の笑みを浮かべた。ミラアはこの男が心底嫌いになった。




 

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