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幾千夜の誓いを君へ  作者: 月詠命
四章 煌めく絵画への招待
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第37話 国家という影




 ミラアはジェルヴェールに付き添うかたちでバルコニーに出て、掃き出し窓を閉める。


 ガラスで遮られたフロアからは、カドリールの音楽が遠く聞こえていた。


 二人で歩き、白い手摺りの傍へ。


「綺麗な庭ですね」

 星空の下に夜の香りが漂う絶景を堪能しながら、ミラアは率直な感想を口にした。


「先王が亡くなられてから、父が造り替えた場所です。一番好きな景色だそうですわ」


「左様ですか」


 相槌を打ちながら、ローザリア卿が自分を呼んだ理由をこの少女なら知っているかもしれないと思った時、ジェルヴェールが先にミラアに訊ねた。


「貴女は、父をどう思われますか?」


 難しい質問。

 少女の顔は真剣だ。


「ローザリア卿、ですか……」

 ミラアは適切な返事を探す。


 脳裏に浮かぶ印象は、美しい、若い、妖艶、不自然、子煩悩?などなど。

 あとは芸術家肌。

 そして、ただの人間ではないのだろうという予想。


 この中で、この場において最も適切な返事は、

「お美しい方ですね」

 ミラアは風のような笑みを浮かべた。


「美しい、ですか……私もそれは思いますわ」

 ジェルヴェールの表情が陰る。


「父は、今年でいくつになると思われます?」

 唐突な質問だ。


「……聞いた話では、百歳を超えると伺っております」


 ミラアの返事に対して、ジェルヴェールは鼻で笑った。

 だがその表情に浮かぶのは、嫌味ではなく哀愁。


「父は、ヴァンパイアの生き残りだと。そういう噂がありますの」


 年齢を否定しないということは、事実なのだろうか。


「でも父は、昼間にも外を出歩きますし、人間の食事を摂っていますわ」


 吸血鬼は陽光に弱く、人間の血以外のものを消化することができないとされる。

 よって、それらが当てはまらない以上、ローザリア卿がヴァンパイアであるという可能性はゼロになる。


 ミラアはそこに一言添えるように言う。


「なら、ヴァンパイアではないのでしょう。それに、ヴァンパイアは子を産めません」


「私は、キュヴィリエの養女です」


「――――」


〝竜殺し――暗黒時代から生きる魔術師――旧カイルランド王国の王――ハーフエルフ――悪魔と契約を結んだ男――複数の人間が襲名する地位――秘密組織の名称――実在しない架空の英雄〟


 キアラヴァ王国で聞いていた〝今世紀の魔王〟ローザリア卿にまつわる様々な噂。


 その多くは眉唾物であり、幾つかは辻褄が合わず、さらに陳腐すぎてくだらないものまであったため、もう何が真実なのかさえ分からなくなっていた。


 ただ、その中に含まれていた〝ローザリア卿には一人娘がいる〟ということと〝娘は養女である〟ということ。


 その二つは真実だったようだ。


 キュヴィリエ・ディア・ローザリアは子を産んでいない。


 ミラアの頭に二つの予想がよぎる。


(もしかして、彼――)


 それにしても、この少女は一体なぜそんな話を自分にするのか。


 そんなミラアの疑心を感じたのか、ジェルヴェールは表情を緩めて言った。


「義父は、私に何も話してくださらないの。貴女はキアラヴァ王国から来たSランクハンターだと聞いています。異国の知識を持ち、義父についてグレザリア国民とは違った見方ができる」


 つまり、ジェルヴェールにとっても、義父は何者なのか全く分からない、得体の知れない存在だということか。


 そんな義父を知りたくて、ミラアから見た義父の姿を訊ねてきたと。


 だが、彼はこの国の支配者だ。

 この国で生きている間は、彼自身や彼の一族を否定することなど許されない。

 特に、グレイス家の食客であるミラアには。


 ミラアは言葉を探して、

「でも、ローザリア卿はお嬢様のことを好いておられますよね?」

 少し話を逸らした。


「……きっと」

 違和感なく、ジェルヴェールが答える。


 端正な顔立ちだが、我儘が人相に根付いている高嶺の花。

 今はそれが深い憂いを帯びている。


 ミラアはこの場に好ましい言葉と会話の流れを探しながら、薄い唇から言葉を差し上げていく。


「エルフと人間のハーフは実在するそうです。ヴァンパイアと人間のハーフは、生まれようがないそうですが」


 ヴァンパイアは人類に忌み嫌われているが、エルフはそうでもない。

 そのハーフならば、人外の者としてもさほど嫌悪されることも無いのではないだろうか。


 それを察してか、ジェルヴェールは冷静なまま言う。


「ヴァンパイア自身に生殖能力がないため、ダンピールやヴァンピーラは実在しない。そう聞きますわね。ハーフエルフは、伝説上は存在していたとされますが……」


 事実は分からないが、吸血鬼よりは人間とエルフの混血の方がよっぽど良いだろう。


 だが、現代において半ば伝説的な存在であるエルフと人間のハーフなど、確かに信憑性が低すぎると言えた。


 だから、そこにそっと一言添える。


「昼間に太陽の下を歩いて固形の食事を摂るヴァンパイアよりは、よっぽど信憑性がありますよ」


 ミラアの柔らかい笑顔に、ジェルヴェールの表情が僅かに緩んだ。


 広大な夜空と庭園の間、白亜のバルコニーに沈黙が落ちる。


 そして、ミラアは今度こそしっかりと訊ねた。


「しかし、なぜそこまでのお話を私にしてくださるのですか? 異国の者とはいえ、見ず知らずの私に」


 国内の者に訊けないこととはいえ、国外の者にも気楽に話せる話ではないはずだ。


 ジェルヴェールの赤い髪が夜風に揺れる。

 少女は高慢ながら優しい笑顔を浮かべて、


「お会いするのは初めてですが、貴女のことはシュバイン商会の者たちから聞いておりますわ」


「――ああ、彼らですか」


 ジャスニーから王都に来る途中、ミラアたちの戦車の御者だったクラーラが、フィーネに言っていた言葉を思い出す。


〝実はね、このシュバイン商会を経営してるヴァル・シュバイン様は、ローザリア卿と太いパイプがあるんだ〟


 ローザリア家の人間が、シュバイン商会のことを知っているのは当然なのかもしれない。


 赤い髪を伸ばした高慢な少女は、地位に見合った目線で真っ直ぐにミラアを見つめた。


「レディ・カディルッカ。今夜の舞踏会に貴女をお呼びしたのは私でしてよ」


「え?」

 広大な夜空と白銀の庭園を背景にして、ミラアは間の抜けた声を出した。


 銀色に光るバルコニーの上には、まだ城の高層階が聳え、天高くを指している。


 その彼方に輝く欠けた月が、二人を見下ろしていた。




 

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