第34話 月明かりを飾る
「失礼します」
「はあい」
答えながらバルコニーから部屋へ戻ると、すぐに若いメイドが入ってくる。
「カディルッカ様、マダムがお呼びでございます」
「公爵夫人が?」
ミラアは部屋とバルコニーを繋ぐ掃き出し窓を閉めると、メイドに連れられて部屋を後にした。
品の良い装飾が目を引く廊下を抜け、一階にある応接間の前に着く。
先行していたメイドが扉を開けると、広い室内には白い革のソファーと白木のテーブルが置かれ、ディア・グレイス公爵夫人とフィーネが座っていた。
板ガラスの嵌った両開き窓は大きく開かれ、眩い陽光と優しい風を浴びながら、二人はこちらを見ていた。
瓜二つの二人――年齢という違いはあるものの、フィーネは歳以上の色気を纏っており、ディア・グレイス公爵夫人は全身を満たした魔力の恩恵か、瑞々しい若々しさに満ちている。
思わず立ち尽くした銀髪の女ハンターをどう思ったか。
ミラアの視界、忘れても止まらぬ時間の中で、グレザリア王国最強の女性は整った唇から言葉を投げる。
「レディ・カディルッカ、どうぞお座りください」
「……失礼致します」
ミラアは、ワンピースの裾を両手の指先で左右に広げたまま、片足を後ろへ下げ、もう片足を深く曲げて、ディア・グレイス公爵夫人に対して美しく頭を下げてから、手で指示されたフィーネの隣に座る。
「突然お呼びさせて頂いたのは、他でもありません。貴女もローザリア卿はご存知ですね?」
「……はい」
唐突に出された名前に、ミラアの瞳孔が僅かに開く。
「彼から舞踏会の招待状を頂きました。ご指名を頂いたのは、私と、娘と――レディ・カディルッカ、貴女です」
「私が、ですか?」
意味が分からない。
ミラアは、ローザリア卿とは面識がないはずだ。
なぜ呼ばれたのか、思い当たる節がない。
つい先ほど、接触を望んだ瞬間はあった。
だが、まだ決意も計画も何もできていない。
しかし――。
「はい。参加して頂けるでしょうか?」
そう言うディア・グレイス公爵夫人の瞳には、有無を言わさぬ迫力があった。
ローザリア卿からの招待、それはつまりグレイス家にとって断れるものではないのだろう。
断った貴族の運命など目に見えている。
社交界とはそういう世界なのだ。
「はい、私で宜しければ……」
日時は一週間後の夜七時。
会場はローザリア卿の住むグレザリア王城。
多くの有力貴族たちが、すべての予定をキャンセルして舞踏会に出席するという。
「では、ドレスを新調しますね」
当然、ドレスなど持ち合わせていないミラアのそれを、公爵夫人は仕立屋に作らせるという。
これはミラアに対する優遇というよりも、グレイス家としての尊厳や、ローザリア卿に対する礼儀に含まれる。
護国卿からの招待を受けた食客を、相応しくない姿で連れて行くわけにはいかないのだ。
王都グレザリアの社交界における今年の流行を知らないミラアは、歳の近いフィーネと格式に深いディア・グレイス公爵夫人、さらにその道のプロである仕立屋と一緒に、ドレスのコンセプトについて話し合った。
衣服は言語であり、着る人の多くを無言で語るものだ。
多くの人目に晒される社交界において、見た目の華やかさはその人物だけでなく、関係を持っているすべて家の評価となる。
今回の舞踏会では、ミラアもハンターとしてではなく、グレイス家と交流のある食客として参加することになるのだから、服装においてもそれ相応のものでなければならない。
日数が無いと言いながらも、仕立屋は一週間後の昼過ぎに、流行と伝統、豪華さと質素さを統合させた、いい意味で斬新なドレスを用意した。
仕立屋と部屋で二人きり、ミラアは新調したドレスを着付けた。
黒と紫、さらに青と水色の生地を華麗に組み合わせ、センス良く宝石を散りばめた長いマーメイド・ラインが、女豹を連想させるミラアのしなやかな身体と、長い銀色の髪を深く際立出せる。
銀のティアラはディア・グレイス公爵夫人の私物を使うことにしたが、ドレスとよく似合うものを選んだおかげで、違和感がまったくない。
仕立屋と一緒に階段を降りて、再び応接間へ。
座ったまま待っていた、フィーネとディア・グレイス公爵夫人の前に立つ。
「綺麗……」
見とれるフィーネの口から零れた感想は、彼女を見る者すべてが抱くのではないだろうか。
〝夜の姫〟という言葉がよく似合う。
かつて四大王国を支配していたヴァンパイアの女王たち。
絶世の美女であったとされる彼女たちも、きっとこのぐらい美しかったのだろうとフィーネは思った。
少女の横に立つ仕立屋も、感動と自己満、そして己の腕に対する自信にさらなる磨きをかけたような顔をした。
自らよりも美しいと思える食客――生まれ持った美貌に相応しい飾りを身に付けたミラア・カディルッカを見ながら、ディア・グレイス公爵夫人は穏やかな笑みを浮かべていた。
そして時間と共に、大空は表情を変えていく。
燃えるような夕焼けと黄昏の色が混じり合い、西の空を染め上げる頃。
グレイス家にある柱時計の針が六時を指して、屋敷の中に鐘の音を響かせた。




