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幾千夜の誓いを君へ  作者: 月詠命
三章 舞い戻る夢の続きに
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第27話 暗黒街の王




 威厳を以って、壮大かつ静寂に響く音色。

 演奏されるパイプオルガンの曲は、重圧に人々の心を鎮魂に染めていく。


 ――――慈しみ深き父よ、御身に遣わされたこの身この生に感謝し――――

 クラーラ・ブルーニを含む、今回の輸送で殉職したシュバイン商会の御者たちの葬儀は、王都の大型建築物グレザリア大聖堂で行われた。


 人類の夜明け以降、女王討伐によって指針を失った人類を同族の王が導くため、神教という思想を誇示するために造られた巨大建築物。


 細長い石柱が、まるで牢屋の格子のように幾重にも建ち並び、それらすべてが屋根より遥か上方で幾つもの尖塔になっているという外観。


 屋根を覆い隠す尖塔の林、ひと際大きく突き出た巨大な鐘楼、さらに高い時計塔の四隅から上へと伸びている尖塔は、まるで天を突くようでもある。


 鉛直方向の直線を過剰なまでに表現することで、見る者に緊張感を与え、その感性を圧倒させるようなデザイン。


 それは、暗黒時代、雲の上の存在であった魔王たちへ向けて、革命の戦士たちが突き出した無数の大槍を表現しているとも言われる。


 そんな鋭利的なデザインでありながらも、その隙間を埋め尽くす無数の飾り窓の装飾は美しく、見る者の美的感覚を強く刺激する。


 ――――我らの群れから旅立つこの子らの重荷をすべて取り去り、天に備えられた住処に導き――――


 このグレザリア大聖堂は、世界中に点在する神教施設の国内最高峰のもので、王都における有力者が婚儀や葬儀を行うことが多い。


 ――――土は土に、灰は灰に、塵は塵に還り、残された我らの別離による悲しみが、この子らの安らかな眠りを遮ることなきよう――――


 その室内はやはり広大で、百人を超える参列者たちが会衆席に収まっていた。


 美しく巨大な柱は、やはり見上げるような天井部分でアーチを描き、その構造は複数のドームを繋げたようにも見える。


 黄金の祭壇は富ではなく永遠の輝きを象徴しており、建物の外観によく似た天を突くような装飾は、やはり見るものの心を掴み、圧倒する。


 その後ろ一面に張られた豪華なステンドグラスは、祭壇の中心にある十字架の崇高さを表し、称えているのだ。


 ――――あなたの元に召された姉妹と共に、永遠の喜びを分かち合えますように――――


 書物を読み上げる神父の声と、すすり泣く女たちの声だけが響く。


 死者へ手向けられる参列者の想いはひとつとなり、皆の歌う讃美歌によって空の棺に捧げられる。


 その後、神父が語り出したクラーラ・ブルーニの生涯は、フィーネが考えていたようなものとは全くと言っていいほど異なっていた。


 個人の語りたくない秘密ということか、詳細を語らぬでも想像のつく言い回し。


 貧困を生き抜いた強たかな女だったようだ。


 自らの稼ぎを蓄え、妹分たちのために基金をつくっていたという。

 彼女を知る者たちは、皆本心から悲しみに暮れているのがよく分かった。


 もう少し時間を共に過ごすことができたら、きっとミラアも彼女を見る目が違っていたのかもしれないと思う。


 葬儀にはミラア、フィーネの他にフェイとチェスター、そして百人を超える参列者たちに敬われる一人の青年の姿があった。


 黒髪を少し伸ばした、高身長の妖艶な青年。


 冷酷で頭の切れる高級男娼を連想させる、線の細い美貌。


 女を蕩けさせるような甘い雰囲気。

 遊女なら、身を以ってその性癖が知りたくなるような冷たい瞳。

 それらすべてを包括する不敵な笑みを時折浮かべている。


 漆黒の喪服ながらも、さりげなく身に付けたミスリル製のアクセサリーからは高貴なる匂いが漂っている。

 平時にも関わらず腰に刺している細剣は、至ってシンプルで実用的なデザインだった。


 妖艶な青年の耳元で、フェイが小さく声をかけた。


「ヴァル」


「なんだ?」


 涼しくも堂々とした態度に、青年の立場が大きく反映している。


 シュバイン商会の元締めにして、王都グレザリア暗黒街の王と呼ばれる青年――ヴァル・シュバイン。


「あの女が、ミラア・カディルッカだ」


「ほう」

 赤い瞳が、銀髪の女ハンターを見る。


 この場において彼女の美貌に見とれる男は多いが、青年が彼女を見る目は、それらとは大きく異なるものだった。


 冷静で鋭く、強い意志と狡猾さに満ちた目線。


 視界に佇むミラア・カディルッカ。

 雪のように白く透明な肌に、宝石のように深い煌めきを秘めた、紫色の瞳を持つ銀髪の女ハンター。

 彼女が、今回の物語の引き金になるのだ。


 ヴァル・シュバインは、銀髪の女ハンターのすぐ隣から、自分を見る視線に気が付いた。


 視線の主は、フィーネ・ディア・グレイス。


 この国で、ローザリア卿に次いで力が強いとされる貴族の令嬢。


 緩いウェーブのかかった栗色の髪と、精悍な青い瞳、整った顔つきが愛らしい。


 彼女がハンターとして今回のスパイス輸送に関与していたことは知っている。


 思わぬところで随分な大物たちと仲良くなったものだと、空の棺に眠る元従業員の魂へと称賛を送る。


 だが精悍な少女は、ヴァルと視線が合うとすぐに俯いてしまった。


 それを見た青年は、思わず優しく微笑んでしまう。


 人を垂らし込むための基礎基本は、やはり笑顔だからだ。


 己の魂にまで染みついた、人垂らしの癖――。




 ミラアの予想通り、フィーネとはクラーラの葬儀で顔を合わせることになった。


 喪服を着た少女は会釈を交わしただけで終始無言だったが、葬儀が終わるとすぐにミラアに話しかけてきた。


「ミラアさん、ごめんなさい。私……」


 目元に疲れを残してはいるものの、その口調はハッキリとしている。

 それがまず、ミラアを安心させた。


 だがフィーネは言いかけたきり、口を閉じてしまった。

 この台詞はここで終わりなのだと見なす。

 言葉に困るような心境なのだろう。


「大丈夫?」

 ミラアは優しく問いかけた。


「……」

 フィーネの脳裏に、ジャスニーから王都に向かう道中に見た、多くの出来事が蘇る。


 そこにはミラアも、そしてクラーラもいて、みんなで高級馬車に乗って街を回ろうと決めていたのだ。


 昨日、クラーラが死ぬ前までは。


 飛竜の群れに襲われる直前、王都が近いことで帰還した気になっていた。

 あの時、楽観していた自分が許せない。


 心のどこかでミラアに甘えて、飛竜を攻撃しなかった自分。

 腕が悪く、撃ったところで当たらなかったと思う――なら、もっと腕を磨いておくべきだったのだ。


 自分は、ミラアという腕利きのハンターと時間を共に過ごしながら、なぜ一度もバリスタを扱うコツを訊きもしなかったのだろう。


 その美貌と実力、かつて銀の魔女と呼ばれた女性を連想させる姿に見とれ、酔っていただけだ。


 大切なものがあるのなら、己の手で守るべきだったのだ。


 クラーラは言っていた。

 ユニコーンの手綱を握る御者は、護衛に守られるしかないのだと。


 経験は圧倒的に少なくとも、自分はクラーラを守る職務についていたのだ。

 なのに、どうして。


「貴女が、クラーラ姉様の戦車の護衛をしていた人?」


 不意に背後から投げられた問いに、フィーネの心臓は無様に躍った。

 血の気が一気に引く。


 開いた瞳孔を戻せぬまま振り返ると、フィーネと同い年ぐらいから幾つか若い少女たちが五人、ミラアを囲むように立っていた。


 その視線から、質問されたのが自分ではないことを悟っても、フィーネは喉元に槍を突き付けられたような気分だった。


「ええ」

 ミラアの冷たい返事。


(御者が死んで、なんで護衛が生きているのか)


 フィーネの頭に台詞がよぎる。


 クラーラの妹分たちは、ミラアを真っ直ぐに見て――その中の一人が言った。


「姉様を守ってくれて、ありがとう」


 やるせない想いが眉間を力ませ、改めてフィーネの目が剝かれる。


 やめて欲しかった。


 そんなことを言われてしまったら、もう合わせる顔が本当に無いではないか。


「どうして?」

 ミラアは冷たい声で訊く。

「どうして、生きてる護衛を責めないの?」


 クラーラの妹分たちは一斉に俯いて、それから口々に言った。


「フェイ様から聞いたんだ。貴女の活躍」

「多分、姉様が乗った戦車――貴女が守ってた戦車が、一番安全な車両だったと思う」


「それに」

 一人の少女が、ミラアを真っ直ぐに見て言った。

「あたしたちは商人なの。奪い合ったり、誰かを傷つけて生きるんじゃない。だから――」


 言いながら、その顔が大きく歪んでいく。


 激しい悲しみを写した歪みに、震えるその小さな唇と心。


 自らの表情を覆う小さな両掌の、指の隙間から零れ出す涙、涙、涙――そして嗚咽。


 その続きは、他の少女が口にする。


「無益なことはしない。生産性が無いことはしない。貴女を責めるのは無益だから」


 ミラアは、いつかクラーラに言われたことを思い出した。


 奪い合いの果てに何かを得ても、失ったものが大きいから手元にはあまり多くのものが残らない。

 それよりも、生産という形で競争をすれば、多くを失うことなく国を豊かにしていけるのだと。


 そうやって生き抜いていた女の魂を、この少女たちは皆心に刻み込んでいるのだろう。

 だから、きっと皆が皆の想いを共有している。

 だから、誰もがその台詞の続きを代弁できるのだ。


「――そっか」


〝それを王国連盟に言ってみな〟

 ――つい先日、クラーラにそう言い捨てたミラア。


 直向きで平和な理想を暴力によって砕かれれば、それが幻想であることに気付くと思ったから。


 そして、それは少し異なったかたちで実現されてしまったのかもしれない。


 しかし、ミラアは自分の考え方が正しいと証明されたような気になれなかった。


 その時だった。


「初めまして。貴女がミラア・カディルッカだね?」


 高くも低くもない、深みと親しみのある甘い声。


 振り向き、揺れるミラアの銀髪。

 紫色の瞳が声の主を映す。


 そこには、さっきから幾度も視界に入っていた三人の男たちが立っていた。


 一人は、溢れる覇気を特注の喪服に包んだ巨漢、昨日まで自分の隊長を務めていた男、フェイ。

 もう一人は、フェイと共に修道院に見舞いに来た時、チェスターと名乗った秀麗な青年。

 そして、残る一人――黒髪の青年とは初対面だ。


 チェスターよりも少し若く、歳は二十歳前後か。

 見た目はミラアと同世代に見える。


 少し伸ばした黒髪の下で、赤い瞳がミラアを見つめている。

 その風貌は、チェスターの造形美とは異なる美しさ――例えば、〝夢魔〟という言葉がぴったりと当て嵌まる、そんな妖艶な顔立ち。


 体格はやや華奢にも見えるが、長身で、脱力しながらも全身の重心が安定している。

 妖艶ながらも爽やかな笑みは、目を合わせる者を安心させる。


 悪戯好きで憎めず、それでいて真摯な瞳。

 相手に強烈な好印象を与える、極めて自然な笑顔――ここが葬儀の場でなければ。


 隣でフィーネが息を呑んだような気がした。


「貴方は?」

 ミラアは訊き返した。予想はついていたが。


 青年は答える。


「ヴァル・シュバイン――今回のスパイス輸送での、貴女の雇用主だ」


 ミラアはつまらなさそうに、黙って話を聞く。


「話はフェイから聞いてる。今回は助かったよ、ありがとう」


 邪気のない笑顔。


 だから、なんでそんな顔を葬儀のすぐ後にできるのだろうか。

 隣にいるフェイを睨む――巨漢は表情を変えない。


「何か失礼があったかい?」


 惚けた表情にも愛嬌がある。

 白々しい。


「別に。それと、私は仕事をしただけから」


 若すぎる商会の元締めに答える。

 その言い方は、明らかに棘を含んでいた。


「そっか」

 ヴァルは、少し困ったような笑みを浮かべた。


 親しみやすい、妖艶な青年。

 遣ること成すことが相手の心を掴み、その距離を心地良く縮めていく。


 なるほど、この男なら大勢の娼婦たちを虜にもできるだろう。

 素直にそう思った。


 ヴァルはミラアの反応を伺いながら、


「うーん、どうしようかな。実は貴女に頼みたい仕事があるんだけど――話だけでも聞いてくれないかな?」


「どうせその話を聞いたら、受けざるを得なくなるんでしょ?」


 ミラアは瞳の温度を下げて訊ねた。


「いや、それは貴女次第だよ、レディ・カディルッカ」


 青年は不敵な笑みを浮かべた。


 御託はここまで。

 本題に入るつもりらしい。


「どうせなら、ディア・グレイス嬢も一緒に聞くといい。いかがかな?」


 ヴァル・シュバインは、フィーネにも話と視線を振った。


 その敬った言葉遣いとは反面、その表情はフィーネに優しかった。

 それは明らかに〝敬意〟とは異なる親しみを込めた瞳。


 ミラアの隣に立っていたフィーネは、一度視線を落として、それから僅かに据えた瞳でミラアを見て言った。


「シュバイン商会の経営者からの、お仕事のお誘いです。一緒に聞きませんか?」


 少し不自然な雰囲気に、ミラアは違和感を覚える。


「ただ、もし少しでもおかしな話でしたら、すぐに帰りましょう。いいですね?」


 その問いは、視線と共にヴァル・シュバインに向けられている。


 そこには決意にも似た何かが感じられた。


「ええ、もちろん」

 黒髪の青年はニッコリと笑った。


 悪魔よりも美しく優しい、絵になる笑み。




 

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