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幾千夜の誓いを君へ  作者: 月詠命
二章 地平線の向こうに待つ空の色は
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第21話 サバイバル




「オイオイオイ」


 空気を弾く音と共に放った大矢が、空から飛来する飛竜に命中しないことを確認すると、チェスターは秀麗な顔に浮かべた笑みを変えずに、構えていたバリスタから手を放した。


 人類最強の兵器を捨てて、代わりに鍛え込まれてすらいない右手を前に出す。


 大気に満ちる精霊は、自分の下僕のようなものだ。

 あえて彼らと対等に向き合い、己が精神を以って深く干渉すれば、この混沌とした世界はこの手に無限の力を与えてくれる。


 竜種の皮膚に魔術が効かないことは明白で、唯一貫くことのできるバリスタが当たらない。


 自分もバリスタの腕は悪くはないはずだが、隣で高確率に敵に命中させている〝人としては大柄な〟相棒の腕には、逆立ちしても届かない。


 ならば、自分に出来ることは限られている。


 周囲の精霊から膨大な力が集まる。

 それは雪が小さな結晶を形どるように、フェイの周囲の空間に複数の魔法陣を浮かび上がらせた。


 大小様々な青い光の図形、十に届く数の規則性の無い配置は、実は術者の手抜きである。

 そんなことに気を配るよりも、王都きっての若き天才魔術師は、その術の質と量に重きを置いたのだ。


 不規則に配置された魔法陣すべてを操作することなど、彼にとって寝起きに顔を洗うことに等しい。


「フェイ、光撃つぞ!」

 やや細い線の美貌が、愉快な感情に大きく歪む。


 空へ向けて並べた魔法陣がひと際強く発光し、図形の中央から無数の光線が弾けるように飛んだ。


 その光量は太陽の光にも負けず、その数は夜空の星々に迫るほど。


 それらはすべて、ただの〝光〟の魔術だ。


 竜種の皮膚に魔術が効かないのなら、その眼球に強烈な光を叩き込めばいい。

 最強の魔獣とは言え、空に生きる生物の多くは肉眼でものを捉えているのだ。

 視覚を司る感覚器官を麻痺させれば、最強の生物も目標を把握できず木偶の坊と化す。


 網膜を焼く膨大な数の光のシャワーは、遥か上空から飛来する敵の目を眩ませ、隊商に迫る飛竜たちを再び上空へと追い返すことに成功した。


 そんな相棒の活躍に見向きもせず、フェイはただバリスタを構え、光の迎撃を突破して来る敵を狙い撃つ。


 大矢はその頭蓋を掠めるものの、仕留めるには至らず。

 滑空するその飛竜は少し離れた隊商の方に姿を消して、そのまま空へと舞い戻っていく。


 その口に咥えられていた御者の女は、よく見知った顔だった。

 事あるごとに呼び親しんだその名前を胸中で叫ぶが、自分はただできることをやるしかない。


 隣で相棒もそうしているのだ。

 隊長である自分が、出来ることに集中しなくて一体何をするというのか。


 沸き上がる怒りと哀しみの感情は、己の歯を噛み砕かんばかりの力に変えて、四肢に無駄な力は加えず、ただ冷静に敵を狙う。




 今にも暴れそうになる二頭のユニコーンを、手綱で宥めるように抑え込みながら、クラーラは空を睨んだ。


 飛竜たちを撫でる光のシャワー。

 その技量から、使い手がすぐにチェスターだと予想できる。


 光の散弾が空に無数の傷をつける中、上空に舞い戻りつつも健在する十数匹の竜種。

 光の魔術は敵の目を眩ませる効果しか無く、その数自体を減らすことはできない。


 スパイス輸送において、充分に武装された隊商が壊滅した場合、その原因を知る手がかりの多くは失われるものの、焼けた車両などから推測できる最も可能性の高いものが、竜種による襲撃であるとされている。


 そんな竜種が、十を超える数の群れを成して来たのだ。

 こんな話を聞いたことがないのは、きっとそれを確認した人間の殆どが生きて帰らず、僅かな経験者の話も眉唾物として片付けられて来たからだろう。

 

 自分も無力ながら背中に用意した弓矢で応戦したい衝動に駆られるも、獰猛なユニコーンを置いて手綱を離すわけにはいかない。


 ユニコーンにとっても脅威である竜種が十匹以上、滑空して飼い主たちを喰らっているのだ。

 この現状におけるプレッシャーは生半可なものではないだろう。


 その時、列の前の方から、幌馬車が街道を外れて走り始めた。

 後ろからでは確認できないが、ユニコーンが暴れ出したのだろう。

 激しく蛇行しながら迷走している。


 御者は逃げたか、或いは上空へ攫われたか。

 隊商の在り方としては、もう滅茶苦茶だ。


 他人事ではない。

 自分の操る二頭のユニコーン、その恐怖と興奮を察知して手綱を強く引く。


 この戦車は、後ろで戦っているミラアとフィーネの足場でもある。

 暴走させるわけにはいかない。


(私も怖い。私も戦う。後ろの二人も戦ってる。だから、あんたたちも――)


 ユニコーンたちを見ながらそう願い、手綱を強く握った時、頭上から擦れた鳴き声が響いた。

 同時に突風が吹き付けられる。


 舞う砂埃と射す陽光。

 視覚を潰すそれらを片手で遮りながら、クラーラが空を見上げると、翼を大きく羽ばたかせ、低空で停滞した飛竜が、口から燃え盛る炎を溢しながらこちらを見ていた。


 魔獣の飛行能力が魔術によるものだとされるのは、彼らの身体が空を飛ぶものとして異様に大きく重たいからだ。


 数百キログラムの巨体が、たった二枚の翼に異様な暴風を絡ませながら空を舞う。

 そこに魔力の恩恵を感じるのは、この世界に生きる者としては至極当然なことだった。


 炎の息もきっとそうなのだというのが定説だ。


 炎の息を吐く際、飛竜は空中で停滞する。

 本能で行う彼らの魔術では、繊細な飛行と炎の魔術の両立はさすがにできないのだろう、ということだ。

 人間でも、そのような芸当ができる魔術師は多くない。


「所詮は紛い物だね」


 クラーラの眼前で停滞した、あくまで小型の竜種を前にして、ミラアは涼しい笑みを浮かべて言った。

 その額に流れる冷や汗を忘れるように。


 万力で既に引き絞られている弦を、引き金を引いて解放する。

 装填されていた大矢が発射され、炎を吐く直前の飛竜の眉間に突き刺さると、敵は草原へと落下した。


 多くの竜種は、敵や仕留めづらい獲物に遭遇した時に、炎の息を吐く習性を持っているという。

 つまり、隊商を飛竜が〝仕留めやすい獲物ではない〟と認識すれば、炎を吐くためにこうした隙が生じるのである。


 無論、炎の息を吐かれてしまった暁には、油による防水処理が施された幌馬車に引火し、隊が全焼・壊滅する恐れもあるので、そのリスクは極めて高いと言えるのだが。


 一撃で絶命した敵と、振り返るクラーラには目もくれず、ミラアは手早くハンドルを回してバリスタの弦を引き絞る。


「フィーネ」

 空中を狙いつつも、当たらないであろう大矢を撃てないでいる少女がこちらを見る。


「やばいと思ったら、私の傍に来て。何があっても、貴女だけなら守れるから」


 空を睨む紫色の瞳には少し焦りが見えるが、皆が恐慌状態に陥っている現状においては、格段に冷静であると言えた。


 その想いを感じ、フィーネの心に精悍な何かが宿る。


「はい」

 そう言って浮かべた少女の笑み。

 緊張と恐怖、その上に奔る優しい勇気に満ちたそれは、ミラアにとって眩しい程に愛らしいもので。


 その心は、フィーネにとってはミラアから貰ったもので。


「……は」

 胸を染める淡い想いに笑みを溢すと、ミラアは再びバリスタに意識を戻した。


 愛しい者のいる世界は、こんなにも色鮮やかに染まるのだ。


 絶えず空を駆ける飛竜に、甲板の上を移動しながらバリスタを向け続けるミラアの姿。


 そこに理想の自分を重ねて、フィーネもバリスタを構えて、当たりそうな敵へと狙いを定め続ける。


 当たらない大矢を下手に撃つよりも、飛竜が炎の息を吐く瞬間をこうして狙っていた方がいいはずだ。


 ミラアが敵に大矢を撃ってすぐに、飛来してきた新たな飛竜をフィーネは睨んだ。


 感情の無いその頭部目がけて、待ちに待った一撃を撃ち放つ。


 フィーネの構えたバリスタから発射された大矢は、虚空を裂いて飛竜の下顎に命中した。


 斜め下から斜め上へ、後頭部を刺し砕かれた飛竜は急降下し、すぐ傍の草原に墜落して、痙攣する肉塊へと変貌する。


(やった!)


 フィーネの表情に達成感が浮かぶ。


 思わずミラアに視線を向けるも、バリスタのハンドルを回す姿勢のまま、フィーネの背後を見る彼女の表情には血の気がなかった。


 ミラアらしくもない、美しくも恐怖に染まった表情のまま、彼女がこちらに跳びかかってくる。


(!?)


 ミラアの両腕がフィーネの首に巻かれ、正面から柔らかい身体に抱きしめられた。


 その勢いがあまりに強く、フィーネの身体はミラアと一緒に戦車から離れて宙に浮き、背中から草原へと落下していく。


 風に靡く銀色の長い髪の向こう――遠ざかる視界には自分用のバリスタ、つまり護衛を担当する戦車と、その御者台の上にクラーラの姿があって、横から飛んできた飛竜に彼女の小麦色に焼けた胴体が噛みつかれ、金色の長い髪が身体ごと風に靡いて、空高くへと攫われていった。




 

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