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幾千夜の誓いを君へ  作者: 月詠命
二章 地平線の向こうに待つ空の色は
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第16話 理想を共にし、道を分かつて




 広大な大地を照らす太陽の光が傾き、西の空と地平線が赤く染まる時刻、隊商は次の宿泊地点にあたる街へと辿り着いた。


 元々小さな町だったが、近年急速な発展を遂げている新興都市ノーザンフォード。


 周辺に農村と農地が広がり、都市部は市壁に囲まれているという構図は他の街と変わらないが、壁に設置された防御塔が四方に計四つしかなく、壁の高さも五メートルに満たない低いものだ。


 防御塔は、市壁や城壁に幾つか設けられる設備で、見張り台として使うほか、戦争時に壁を登ろうとする敵を弓矢などで撃ち抜くための砦に似た役割を持つ。

 それが少ないということは、この壁が戦争を想定していないということを意味している。


 壁の低さも同じで、これでは長い梯子が一本あれば登れてしまいそうだ。


 それなりには頑丈そうな門が開き、隊商が入っていくと、ミラアたちを迎えたのはハーフティンバー様式の家々が並ぶ、暖かみのある街並みだった。


「大分王都が近付いてきた感じがしますね!」


 フィーネが嬉しそうに言う。


 ハーフティンバー様式とは、石材と木材を合わせて造った家屋のことで、主に一階部分を石材で造り、二階部分を木材で造ったものが一般的だ。


 御者台の上から、クラーラがフィーネに語り掛ける。


「そっか、フィーネにとっては木造の建物が王都らしいと思うんだ?」


「そうなんです。王都の方は木の家が主流ですから」


 王都の南北にはまだ森が広がっていて、木材が多く獲れる。

 その上、国土の中心地であるグレゼン島の北西では、暗黒時代から戦争被害が殆どなかったこともあって、燃えない石の家よりも住みやすい木の家が普及しているのだ。


「それに、ここはまだ若い街だからね。暗黒時代の物騒な文化が殆どないんだ。平和の象徴、娯楽の街って感じさ。実際、ここではスパイスを幾らか卸すんだ」


 そんなフィーネとクラーラの会話を聞き流しながら、ミラアは視界を流れていく街を眺めていた。


 敷石で綺麗に整備された道は広く、家屋の敷地も充分にある。

 城塞都市ゴートンで見た、窮屈な塔林のような街とは正反対な景観。

 家屋は、その殆どが二階建てから三階建てがせいぜいだ。

 昼は青い空が、夜は満天の星空がよく見えるのだろう。

 今は鮮やかな夕焼け空が広がっている。


 ただ、グレザリア王国が戦争になって、城塞都市ゴートンが落とされた場合、この街は為す術もなく占領されるであろうことがミラアには見て取れた。


 戦時下において、戦いの備えも無く栄えた都市など、カモがネギと鍋を背負って、焚き火の横で寝ていることに等しい。


 そんな想いを胸に、冷たい目で街を眺めるミラア。

 御者台の上からクラーラが訊ねた。


「ミラア、ノーザンフォードは初めて?」


「……うん」


 少し間の在る返事を訝しむこともなく、クラーラは続けた。


「もともとは小さな村だったんだけど、ここ三十年ぐらいの間にここまで発達した街でさ。市壁は低いけど、厚さはとってあって、その上にバリスタが並んでるんだ。戦争がもうないからね。戦闘設備は対魔獣用だけで、他は建造費と維持費の削減に重きを置いてる。戦争より平和に特化した街だよ」


 クラーラの言い方は、どこか誇らしげだった。

 〝平和ボケ〟という言葉がミラアの頭に浮かぶ。


 それを見抜いてか、御者の女は続ける。


「知ってるかい?市壁を一メートル高くするためにいくらかかるか。そのために、市民がどれだけの税金を払うのか」


 まるでミラアが共感することを前提とした言い方だと思った。


 そもそも、フィーネとクラーラがずっと仲良く喋っていたため、ミラアは苛立ちを嚙み殺して来た。

 見るもの聞くことすべてに不快感が生じてしまう、そんな歪んだ心境のせいか、言葉が棘を生やした。


「貴女、今この国がどういう状況か知ってるの?」


 他人行儀な口調。


 僅かに錆びた氷のような声でミラアに訊かれて、クラーラは浮かべていた笑顔を消した。


 自分に問うた若きハンターの態度。

 そこに、フィーネと話す時のような甘さが無いのは重々承知だったが、今の言い方には明らかな敵意を感じる。


 譲れないものが相反する時、人は互いに相容れなくなるものだ。


 クラーラは一呼吸置いてから、嫌味の無い真剣な声音で言った。


「この街は、戦争で生き残れない――そう言いたいの?」


「うん」


 クラーラは、ミラアの冷めた眼差しを受け止めて、

「――ここの領主は、城じゃなくて屋敷に住んでるんだ」


(で?)

 顔をしかめるミラアに、金髪碧眼の若い女はただ真っ直ぐな視線を向ける。


「ミラア、アンタなら分かるんじゃないかい?私はアンタのことを何も知らないけど、きっとあたしが思うよりたくさんのことを知ってるってことぐらいは分かる」


 風がクラーラの黄金の髪を靡かせた。

 健康的に焼けた肌に光る青い瞳は、揺るがずにただ想いを伝え続ける。


「石で出来たお城ってさ、住み心地が悪いらしいじゃないか。そんな所に住んでれば、心も廃れる。武装するメリットなんて、戦争に強くなれることぐらいしかないから。軍備に使ってきたお金も、鍛えて来た時間も、平和に生きてたら全部が無駄になる。だから、キアラヴァ王国はすぐ戦争するんだろ?」


 軍備を整え、堅牢な城塞に住んでいるから戦争をすると言いたいのだろうか、この女は。

 ミラアはイラつきを堪えたつつも、押し殺さずに問いに答える。


「……戦争を起こすのは資源が無いからだよ。不毛な環境で何かをつくるより、潤沢な環境を奪った方が効率がいいから、人は他者から奪う。そして他者に奪われないように、石で城を建てる」


「そもそも資源が無いことが原因だって認めるんだね?」


「うん」

 ミラアはクラーラを冷たく見据えたまま頷いた。


 御者の女は、片手間でユニコーンの手綱を掴みながら、その視線を受け止め、


「資源は奪い合うんじゃなくて、開拓し合うんだ。競争なら生産的、建設的にやればいいんだよ。それで交易を計れば、どの国も恵まれるじゃないか」


 ミラアは冷え切った瞳の温度を変えずに、

「豊かな土地ばかりじゃない」


 クラーラも熱い想いを揺るがすことなく、

「順位が付けば格差もできるさ。贅沢をせずに、開拓に専念すれば未来は明るくなるよ」


「そもそも貧困しかない環境じゃ、出来ることなんて限られてる。満足に生きることさえできやしない」


 二人の会話を、フィーネが不安そうに見守っているが、二人は止まらない。


 ミラアの過去は壮絶だったのだろう。

 それでも、だからこそクラーラは堂々と続ける。


「それでも、奪い合った結果共倒れするよりはましさ」


「勝ち残ればいい」

 ミラアは言い切った。


「それは勝者の意見だろ」


死人(はいしゃ)は語らないからね」


 風が鳴いた――。


 しばらく押し合っていた二人の視線は、クラーラの溜め息で袂を分けた。


「……ハンターってのはそうだったね。あたしも昔はそう思ってたよ。でも――」


 隊商が、隊商宿の門に入っていく。


 隊商宿らしい建物の内側、石畳の広場を囲うように見事な彫刻が施された、白亜の柱と梁による建築美。そして、車両豊を停めるスペースを囲むように生い茂る豊かな庭が、皆の視界を覆った。


 儚くも美しい、弱くも可憐な緑の庭園は、夕日に優しく照らされていた。


 御者の女は続ける。


「――戦ってるうちはそう恵まれないと思う。得たものが大きくても、失うものも大きいから、結局手の中にはそう多くのものが残らない。だから、共存共栄することが大切だと思うんだよ。大切なものを誰かと壊し合わなければ、繁栄は永遠に続くじゃないか」


 その言葉に何を想ったか、ミラアは目を逸らして言い捨てる。


「……その言葉、王国連盟の連中に言ってみなよ。現実が分かると思うよ」


 人類王国連盟の国々にとって、正当な王族で無い〝護国卿〟キュヴィリエ・ディア・ローザリアの統治する現在のグレザリア王国は、侵略する大義名分と潤沢な資源の揃った旨味の多い土地である。


 どの国も大義を欠いて侵略を行えば王国連盟所属国としての立場が危うくなり、グレザリア王国の二の前を踏むため、この機会にグレザリア王国領を占領しようと目論むのは至極当然だ。


 特にキアラヴァ王国においては、蒸気機関の発達により近年燃料や金属の不足が深刻となっている。

 資源の豊富な島国であるグレザリア王国を侵攻しようとするのは当然であると言えた。


 暗黒時代が終わりを告げ、人類の夜明けが訪れて約百七年。結局人間も吸血鬼とやることは変わらないのである。


 その現実に納得して、


「そうだね――でも」


 なおクラーラの瞳は真っ直ぐだった。


「あたしは商人だ。物を流通させて、資源を増やす。他人から奪うことなくね。だから、共存共栄――この考え方は捨てないよ。世界が平和になるためには、絶対にこの心が必要だと思うのさ」


 真っ赤に燃える夕日が、目に映るすべてを強く照らしていた。


 ミラアの瞳に映るこの街の隊商宿は、他のどこよりも美しく、胸に果てしない憧憬を抱かせる。


 誰も争わない世界。

 満ち足りた世界。

 敵味方という概念を失くし、誰もが自然体で他者を尊重するほどに充実した世界。

 昔、そんな世界を夢見た女がいたことを思い出す。


「……そ」

 そう言い捨てたきり、ミラアはもうクラーラと目を合わそうともしなかった。


 自分の守る戦車が停まるのをただ待つ。


 その表情が、現実を受け入れずに走り続ける美少年のやさぐれた態度のように見えて、クラーラの胸に持ち前の柔らかい心が満ちていった。



 

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