第14話 過去から続くこの道
お腹が背中に着く感覚を知ってるかい?
お腹の中には〝胃〟や〝腸〟っていう臓器があるらしいけど、それは中が空洞だから。
ずっと何も食べていないと、空っぽのそれらは縮んじまって、お腹と背中の感覚が一緒になるんだ。
うちらの世代の貧しい人間なら、そうなった人間の見た目はみんなが知ってる。
骨に皮が被ってるんだ。
肉が無いからね。
貴族たちは家庭教師から人の身体を学ぶみたいだけど、私たちは友達の姿で学んだんだ。
お腹が空いてるのに、お腹だけは出てね。
売春婦に堕ちる?
笑わせないでおくれよ。
あんなふくよかな身体を持ってて不幸を語るなんて、自慢にしても質が悪すぎる。
骨に皮が被って、細い筋が浮いてるような女を抱きたいなんて変態が、世の中にそういると思うかい?
売春ができる身体っていうのは、それだけで恵まれてるのさ。
他人から同情されるには〝価値〟が要るんだ。
一見可哀想な美女には同情しても、興味も沸かないミイラ女には目もくれない。
〝可哀想な人〟は、本当は〝可哀想な人〟じゃないんだよ。
本当に〝可哀想な人〟は、〝可哀想な人〟なんていう評価の対象にもならないから。
まぁ、そういうミイラみたいな女にも欲情できる変態がいたから、私がこうして生きてるんだけどね。
捨てる神あれば拾う神ありっていうけど、拾う神は少ない。
今思えばはした金額だったけど、貴重な収入源だったよ。
人の命は、パンよりも安いんだ。
痩せた女の身体は、その二つの間ぐらいの価値があった。
生まれが女だった私は恵まれていたんだ。男友達はみんな死んでいった。
私が見捨てたんだ。
その死体を食べなかったのは、私の甘さだったかもしれない。
女だったからね、結局余裕があったのかもしれないって今では思うよ。
――もちろん、ふくよかな友達がいて、新鮮なその死体があれば喜んで食べたかもしれないけど。
引かないでおくれよ。
こんなあたしでも、仲間は大切だし。
こんな話ができる相手に嫌われるのは悲しい。
それに、そんな昔のことは実はもうあんまり覚えてないんだ。
人間って、本当に食べ物が無いと物が覚えられないんだよ。
民家の裏口の壊し方とか、盗める店の場所とかなら覚えてるけど、思い出は役に立たないから。
あと覚えてるって言えば、誰は信用できるとか、誰は信用できないとかぐらいかね。
とにかく私は、窃盗と売春で生きて、まず身体をふくよかにした。
それで、裕福な男に自分との生活を売り込んで、買(飼)われた。
その男が暴力でしか何かをする術を知らない男だったんだけど、剣と魔術の腕は良くてさ。
そのくせ師弟関係ってのに憧れてたみたいだったから、可愛い弟子みたいな感じに媚びを売ったら、剣と魔術を教えてくれたよ。
それで、ギルドにハンターとして登録したんだ。
十四歳ぐらいの頃にね。
その男?ああ、どうなんだろ。
知らないけど、どんなに強い男でも、寝てる時は無防備だし、首は柔らかいもんだよ。
……あたしは何も知らないけどね。
とにかくハンターになった私は、憧れのカタリーナ様みたいになりたいと思った。
カタリーナ様がハンター出身だったことは知らなかったけど、剣と魔術の腕前は知ってたから、それと同じもので成り上がりたかったんだ。
王宮近衛騎士団剣術指南役、グレイス公爵とご結婚――あの話は女の夢だって、強く生きる女たちはみんな語ってたよ。
もちろんあたしもその中の一人だった。
でも、現実は甘くない。
ちょうどその頃、先王が亡くなられて〝護国卿〟ローザリア様が国を仕切るようになって、外交が悪くなったこの国で物の流通が減ったんだ。
もちろん、国内での商売と物流はあったよ。
でも、外国との貿易が途絶えてた分、隊商が減って、ハンターたちの仕事が少なくなった。
農村部の砦の護衛だって定員オーバー、漁業も採掘業も同じだよ。
駆け出しのハンターに仕事なんて回って来ない。
盗賊に転職した奴らだってたくさんいた。
私は困らなかったけどね、女だから。
男所帯の隊商だと、女が重宝するのさ。
カタリーナ様みたいになりたいなんていうのは夢で、現実のあたしの能力は結局そっちに向いてたってわけ。
剣と魔術が使える護衛兼娼婦を一人雇えば、護衛と娯楽が一緒に賄えるからね。
それからお金と安全、つまり裕福な生活を求め続けて、気付いたら王都の暗黒街に根城を置くシュバイン一家お抱えの街娼になってた。
たまに頭のおかしなお客もいたけど、盗賊とか魔獣ほど危険なヤツらじゃない。
街の中なら比較的安全に商売ができるんだよ。
そのうち名前も売れて、街娼から高級娼館に移って、専用の一軒家も貰えて。
憧れてた贅沢な生活もできるようになった。
自分の正確な年齢は分かんないけど、二十歳すぎぐらいの時に、二階建ての一戸建てに一人暮らしだよ?
スラムの路地裏で寝てたあたしが。
出世したもんさ――生き延びられて良かったって、本当に思ったよ。
幸せはね、自分の人生を全肯定してくれるんだ。〝報われた〟って。
そのうち、グレザリア王国の孤立が安定したら、とりあえず商人たちの外交がまた盛んになってね。
その頃、あたし達の元締めがとんでもないことを言いだしたんだ。
スパイスの輸送をやろうって。
暗黒街を生き抜くあたし達なら、ユニコーンを手なずけて街の外に出稼ぎに行くだけの色香も度胸もある。
男連中も、元々暗黒街で幅を効かせてたような、腕っぷしのあるごろつき共さ。
あたしに関しちゃ、剣と魔術が使えて、隊商の護衛をやってたんだ。もう天職だと思ったよ。
スラムで育ったミイラ女が、世界を股にかけて一攫千金を掴む。
こんな面白い話があるもんか!
娼婦たちも競争社会で、いつでもお金があるわけじゃないからね。
歳食ってからの生活だって考えなくちゃいけない。
王都に残ってる妹分たちの生活もある。
働きながら読み書きを覚えて、本を読んで勉強もしてた私には、すぐに目標ができた。
〝基金〟をつくりたいっていうね。
シュバイン商会は結局ビジネスさ。
商売でやってる以上、元締めのヴァル・シュバイン様にとって、あたしの妹分たちは仲間であって家族じゃない。
だから私が、妹分たちの〝社会保障〟を用意してやるんだ。
分かるかい?あたしの生まれは最悪だった。
でも、ゴミと雑草を食べて育ったあたしには、生き甲斐や目標があれば贅沢なんて必要ないんだ。
ハンターとして護衛もやってたから隊商にも詳しいし、街の外だって恐くない。
ユニコーンたちは盛りのついた男みたいなもんだし、経費で食料も支給されるから、自分のお金を使わずに生活ができる。
それで私は、シュバイン商会初の隊商に編成されて、スキルを積み上げたんだ。
今じゃあどんな危険にも怯まず、手綱を握ってどんなユニコーンでも二頭同時に操ってみせる。
元締めのヴァル様も毎回商才を磨いてるから、商会の利益も順調に上がってる。
あたし達の給金も上がってる。
〝基金〟のお金も、大分貯まって来てる。
こうしてあたし、クラーラ・ブルーニは、今日も隊商に混じって大地を行くのだ。
今回の相棒たちは、慣れ親しんだユニコーン二頭と、なんとあのカタリーナ様のご令嬢。
それに、その子の姉貴分みたいな腕利きの美女。
こちらはなんと、二十歳ぐらいの若さなのに、フェイ様と並ぶSランクハンターなのである。
今回の仕事は幌馬車の御者でなく戦車の御者だと聞いて、護衛の嫌な男たちからのセクハラを連想したが、こんなに恵まれたメンバーは初めてなのではないだろうか。
地平線の向こうで、あたしの帰りを待つ妹分たちのことを考えると胸が躍る。
フィーネとミラアの二人。
ミラアとはまだ仲良くなれてないけど、王都まではまだ日にちがある。
仲良くなれたらいいなー。
そしたら、またいつか一緒に仕事ができるかもしれないじゃないか。