最終話 夜明けの向こう――輝く空
東の空が白く染まっていく。
夜の帳は、残月を守る星々と共に西の彼方に残るのみ。
朝露の香りは冷たくも瑞々しく、鼻腔の奥へと爽快で優しい刺激を与えてくれる。
人々が夢と現世を揺蕩う時刻。
夜明け前の空の下。
王都の隊商宿は幾つものランタンの灯りを灯し、空から見下ろせば長方形を描くであろうその中庭には、既に覇気を放つ幾多もの馬と人々が、門出の時を待っていた。
今まさに生まれた新しい太陽が、青白い空に流れる雲を照らし上げた。
聞き慣れぬ男の一声に、御者たちは一斉に馬を進ませる。
揃わぬ足跡を響かせながらも、同じ方向へと歩き始める二十数頭の馬たちは、すべて力強く体格の大きな品種ばかりだ。
彼ら二頭にて一台引かれる幌馬車は計十数台。
隊商宿の敷石を踏み締めながら、大きく開け放たれた門から敷地の外に進んでいく。
御者の多くは男である。
そして幌の中には、遠い異国にて大金に変わるたくさんの品物が詰め込まれている。
王都グレザリアの街並みに、ほぼ真横から射す陽光。
逆光に黒く染まった家々。敷石に映るそれらの黒い影。
見慣れぬ者には感動を与えるであろう、その芸術的なシンフォニーを踏みしめ、隊商は威風堂々と市壁に設けられた門へと進んでいく。
隊商を目にした門兵たちによって、一時的に開かれた東門を潜り抜ける。
市壁の外、開けた視界。
一筋の街道は緩やかな丘の向こうまで続き、辺りには一面の草原が広がっている。
遠い北方にはまだ暗い森が広がり、その遥か彼方には斜陽に照らされた山の頂が。
遠い南方にもやはり森が広がり、その向こうには山岳地帯が一望できる。
隊商を編成する十数台の幌馬車、その中には積荷の他にも人の気配が潜んでいた。
賊と魔獣――この世界に住む恐怖の象徴。彼らに対抗するのは、やはり同じ獣の類である。
狩人の名を冠する彼らは、しばし続くこの平穏な時間に牙を研ぎ戦意を高める。
それは、幌馬車の一つに乗り込んだ銀髪の女ハンターも例外ではなかった。
街道を行く隊商、その進む先から他の馬車の姿が見えた。
一台ではない。隊商だろうか?
そう思った隊商の先頭を担う御者の男は、対向してくる馬や馬車に掲げられた旗を見て血相を変えた。
「おい、止まれ! おい、後ろに伝えてくれ!」
男は幌から出て来た男に、叫ぶように言う。
「グレイス公爵様の、王都ご帰還だ。全車両に伝えてくれ! 道をお譲りするんだ!」
大きく道を譲る隊商。行違う軍隊。
その中の一台――――無骨に飾られた馬車の中、やはり無骨な座席に好んで座る中年の男は、すれ違う隊商の幌馬車の一台を見た。
その幌馬車の中で銀髪の女ハンターが振り向くが、視界は当然幌で遮られている。
隊商と軍隊はそうしてすれ違い、再び出会うことはなかった。
数刻を経て、太陽が王都グレザリアの真上に輝く頃。
グレイス亭では、領地から王都へ一時帰還した父の胸に飛び込むフィーネの姿があった。
その横では、カタリーナが貞淑な笑顔で温かく迎える。
昼過ぎに行われた戴冠式にて、新たなる王となったヴァインシュヴァルツは、床に膝をつけるディルク・ディア・グレイス公爵に宝剣を授けた。
過去に守ることができなかった若き王子。
その成長した姿に対し、〝剣聖〟の名を冠する武人は何を思っただろうか。
そして、王権復活のパレードが開催された。
近衛騎士団副団長に再就任したエル・エスパーダと、〝護国卿〟ジャック・シャムシェイル。
そして、フィーネ・ディア・グレイス。
この上無い隊員によって編成された数人の警護部隊は、屋根の開いた豪華絢爛な馬車から外を眺めるヴァインシュヴァルツ王とジェルヴェール王妃の横を、秀麗な白馬に乗って護衛する。
その前後を、無数の騎士団、魔術師、そして馬車に乗った有力貴族たちに飾られながら。
王都全体を挙げて祝う盛大なパレードを、いつか相棒と一緒に食事をしたレストラン――とある建物の二階にあるバルコニー席から、カタリーナは一人眺めていた。
その遥か上空では美しい雲が形を変えながらも、より高くに広がる青空を飾っている。
遠く離れていても、同じ空の下で誰かを想う時。
お互いに笑顔を思い浮かべられるのなら、それはきっと――。
ご愛読いただき、ありがとうございました。
とても嬉しく思います。
シリーズもののプロットが、既に10作ほどございます。
グレザリア王国の辺境や、キアラヴァ王国の蒸気機関――スチーム・パンクとファンタジーの融合、アーティファクトなどを題材に、キャラクターの五感や心理描写に重点を置いたお話ばかりです。
もし気が向きましたら、ミラアたちの活躍を見て頂けると光栄です。
お気に入り登録、レビューなども、して頂けたら幸いです。
読者の皆様と、より良いこの世界を楽しんで頂きたいと思っておりますので、批評でさえ有り難いものです。
また、この世界をよろしくお願い致します。
月詠命