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ココロ物語の鍵と管理人  作者: 土の屋錦二
第三章 白金の管理人
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7.鬼女の涙


 初めは誰だか分からなかった。

 僕が知っている森川さんは、いつも身奇麗にしていて背筋を伸ばし、穏やかな印象の二枚目だ。――外見だけは。

 ところが今、目の前にいる彼はまるで別人だった。

 顔色が悪くて目の下には酷い隈ができている。無精髭も生えて猫背でふらついている様子は病的で、異様な空気を纏っていた。

「よこせ、白金の鍵をっ――!?」

 森川さんは何かに気づいたように途中で言葉を切ると、僕が持っている白金の本…父の魂に目を留めた。

「白金の…本っ!!」

「うわっ」

 森川さんが本を奪おうと、果物ナイフを振りかざして襲いかかってきた。それと同時に、僕は鍵太郎に腕を引かれてそのまま空間の歪みに飛び込んだ。

 予想はしていたが、洞窟内は紙魚の大群で溢れかえっていた。まずは僕の安全を確保するために、鍵太郎が光の玉を出してくれた。その玉を持っていれば安全なのだが、それでも高速の勢いに任せて光に構わず、突っ込んでくる紙魚もいるので油断はできない。

「本をよこせぇっ!!!」

 背後から声がした。振り返ると僕たちの後を追って、森川さんと冷香さんも洞窟内に入り込んでいた。

「冷香さん…」

 彼らが僕たちを追ってくるのは計算のうちだ。僕は数日前に鍵太郎から聞かされた話を頭の中で思い返した。



『え…?冷香さんは敵じゃない?』

 父の葬儀が済んで、大分落ち着きを取り戻した頃を見計らって、ある日鍵太郎が言い出した。

『はい、本人がそう言いました。紡さんが工事現場から落下した際に、私に結ばれた時縛りの紐を切ってくれたのは彼女です』

『ええ!?』

『その前にも紡さんが落ちる前に森川と揉み合った時に、彼の足元に資材を移動させてバランスを崩させたのも彼女だそうです』

 その話を聞いて納得した。どうりであの時あっさりと鍵太郎を取り戻せたわけだ。――勢い余って落ちたが。

『でも、なんで?敵じゃないならなんで森川さんと一緒にいるの?』

 鍵太郎は答えにくそうに苦虫を噛み潰したような顔をした。

『……復讐のため、だそうです』



(復讐…)

 僕が持っている白金の本しか目に入っていない森川さんの後に、冷香さんは無言でついてきている。

 その表情はまるで氷のようだった。全くの無表情で森川さんの背を見ている。僕はそんな彼女を見て悲しくなった。

「………っ」

 僕は胸元に手を当てた。そこには先日、鍵太郎から貰った白い炎が首から下げられている。あの時からずっと小瓶を紐で繋いで、肌身離さず持っていたのだ。

「冷香さん!本当にこれでいいんですか!?こんな事したら冷香さん、ただじゃ済みませんよ!」

 そう問うと、無表情だった彼女の顔に笑みが浮かんだ。冷たい顔から一転して、温かみのある顔だった。彼女の身を心配する僕の気持ちが伝わったのだろう。

 冷香さんと僕のやり取りに状況が飲み込めず、森川さんが怪訝な顔をして思わず動きを止めた時だった。

 彼の真後ろにいた冷香さんが突然、森川さんの腕を掴んで後ろ手に拘束した。

「!?…冷香っ?なんの真似だっ!?」

 女性とは言え、霊体である冷香さんの力は人間のそれよりも数倍上だ。

 森川さんは腕を掴まれ、身動きがとれずにもがいている。

「紡様…わたくしはあの人の…、圭一さんの仇が取れるなら――地獄を選びますわ」

 聞き慣れぬ名前が出てきて、もがいていた森川さんが動きを止めた。

「圭一…だと?」

「ええ、そうよ。小沢圭一。忘れたとは言わせない」

 淡々とした口調とは裏腹に、冷香さんは怒りをぶつけるかのように、森川さんの腕を掴む手に力を込めた。

「うっ…!一体なんのことだ!?裏切るのか冷香っ!!恋人であるこの男がどうなっても…」

「恋人…?ふふっ、あはは!まだ信じているの?そんな嘘を」

「嘘…?」

 力任せに掴まれた腕が痛み、顔を顰めている森川さんを引き寄せると、冷香さんは後ろから背伸びをして彼の肩に顎を乗せた。そして耳打ちをするように、形の良い唇を耳に寄せて囁いた。


「わたくしの恋人は圭一さんよ。一年ほど前に、――――貴方が食べてしまったでしょう?」



『復讐って、…なにそれ、どういう事?』

 やり切れない表情の鍵太郎に、僕は話の続きを促した。

『私たちが森川と出会った時から、半年前に話は遡ります――』


 冷香さんは生前、とある資産家の令嬢だった。冷香さんの父親と、貿易商を営む大会社の社長が仕事上の知り合いで、その社長の一人息子との結婚が、親同士の間で取り決められていたらしい。その息子というのが森川真人だ。

 冷香さんと森川さんは幼い頃に知り合い、お互いが成長するにつれ、森川さんは冷香さんに惹かれていった。でも冷香さんは森川さんに対し、幼馴染以上の感情は持てなかったようだ。

 彼女には小沢圭一と言う恋人がいたから――。

 今時政略結婚など時代錯誤も甚だしいと、冷香さんは親の言いつけを無視した。その事は圭一さんには知らせず、何事もないように付き合いを続けていたという。

 そんな矢先のことだった。圭一さんと旅行先でのドライブ中に、冷香さんは交通事故で命を落としてしまった――。



「閻王に金の鍵として見出されたわたくしは、真っ先に圭一さんの名を挙げたわ。でも彼を管理人にすることはできなかった…。あの事故で彼も命を落としていたから」

 どさりと一体の紙魚が僕の足元に転がった。鍵太郎が斬り倒したのだ。大半の紙魚は僕が掲げている光の玉を敬遠して、遠巻きに僕らを取り囲んでいるが、それでもこうして光に構わず極上の獲物を我が物にしようと、時々突っ込んでくる紙魚を鍵太郎が漏らさず倒してくれている。

 僕には紙魚の動きは見えないので、突然足元に転がってこられると少々心臓に悪い。僕は父の魂である白金の本をTシャツの襟元から服の中に入れて隠し、腹の辺りに収まった本を服の上から押さえた。

「でもわたくしは諦めきれなかった。もしかしたらこの世に心を残して留まっているかもしれない。せめて彼の魂に触れたかった…だから、真人の名を挙げたのよ。真人と組んで魂を浄化していれば、いつか圭一さんの魂と逢えるかもしれないと思ったの。そしてわたくしは、ついに彼の本を見つけた」

 その時の状況を思い出して、冷香さんの表情はさらに暗くなった。

「彼の本は金色だった。とても美しかったわ…。できればこの手で浄化してあげたかったけれど、一足違いで他の管理人が浄化したところだったの。――でも、それでも良かった。彼が心置きなく天へ召されるならそれでもいいと思った…それなのに……お前が…っ!突然現れたお前が彼の本を奪って、―――丸呑みにしたっ!!」

「ぐっ…うぅっ」

 冷香さんが森川さんの腕をさらに捻り上げた。痛みで森川さんの顔が歪む。

 その時僕は、苦しそうな森川さんより冷香さんの表情から目が離せなかった。いつだったか、テレビで見た般若の面が脳裏を過ぎったからだ。

 般若は恨みや怒りの念を表した鬼女の面だ。でも僕には、どうしても泣き顔にしか見えなかったんだ。

 今の冷香さんも、それと同じだった―――。


「冷香さん!その体はまだ森川さんです!」

 僕がそう声を上げると、冷香さんは我に返ったように力を緩めた。森川さん自身には何の罪もないのだ。

「数え切れない程の本を食い尽くしてきたお前は強かった。何より知恵があった。金の鍵とその対の管理人を出し抜いて本を横取りしたのだから。身を隠して様子を伺っていたわたくしたちに気付いたお前は、真人を人質にとった。…その先は、さすがに覚えているでしょう?」

「冷香っお前…!?あ、あの時っお前はこの男が恋人だと言った…!何故今まで…っ」

「言ったでしょう?復讐のためよ。あの時真人を人質にとったお前は、言う通りにしないと真人を殺すと言った。わたくしは咄嗟に嘘をついたの。服従する振りをして、最も効果的な復讐の機会を伺うために…さぁ!”人間ごっこ”はもうおしまい。真人の体から出ておいきなさいっ化物風情がっ!!――紡様!!」

 冷香さんが森川さんの体を僕の方へ突き飛ばした。

「っっ!!」

 僕は首から下げていた白い炎が入った小瓶を引きちぎると森川さんへ投げつけた。


「ギャアァァァッ!!!熱いっ熱いぃぃぃ!!!」


 白い炎は森川さんの体を包み込んで激しく燃え上がった。しかし森川さんの体は全くの無傷だ。それなのに熱い、熱いと断末魔の悲鳴を上げながら、地面を転げまわっている。

 すると徐々に森川さんの体の輪郭がぶれてきた。黒い影のようなものが浮かび上がっている。それは少しずつ森川さんの体から剥がれるように離れていき、最後には人とは完全に別のものとして姿を現した。


 それは、鍵太郎と組んで管理人をするようになってから、嫌というほど見てきた…紙魚だった。



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