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ココロ物語の鍵と管理人  作者: 土の屋錦二
第三章 白金の管理人
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4.親孝行の定義


 土木建築会社の社宅。そこが生前、勇次さんが住んでいた所だ。長屋になっていて六世帯程住めるようになっている。右端から二番目の部屋に斉藤という名の表札が出ているが、勇次さんがなくなった今、ここには誰が住んでいるのだろうか。

 敷地に面している道からそれとなく様子を伺っていると、玄関のドアが開いて若い女性が乳飲み子を抱えて出てきた。


「今日はお休みだからお墓参りに行こうね~」

 すっきりとしたショートヘアの美しい女性だった。彼女は一歳にも満たないような赤子をベビーカーに乗せると、背面に付いているポケットに花束を刺して歩き出した。

 僕は思い切って彼女に話しかけた。

「あの、突然すみません。斉藤勇次さんのご親族の方ですか?」

「え?ええ…そうですけど、どちら様でしょうか」

「僕、以前に勇次さんと付き合いがあった者なんですが、彼が亡くなったと言う噂を聞きまして…」

「あらー!主人のお友達?まぁ、珍しい!」

 勇次さんの奥さんのようだ。随分と明るい人だ。これから墓参りに行くというので一緒に行くことにした。

 道中、奥さんは今までの経緯を話してくれた。勇次さんとは今勤めている会社で出逢って結婚したこと。共稼ぎであったこともあり、収入が増えて生活が少し楽になったので母を呼び、一緒に暮らし始めたこと。そしてその矢先、勇次さんが仕事中に倒れてきた木材の下敷きになって亡くなったこと…。


 社宅から徒歩十五分程度の所にある寺に勇次さんは眠っていた。奥さんは墓石を磨き、周りをきれいに掃除したあと持ってきた花を生けて墓前に手を合わせた。

「勇ちゃん、お義母さん、今日は勇ちゃんのお友達が来ましたよ」

 ――今、何と言った。”お義母さん”?

「あ、あの…お義母さんって…まさか、」

「二ヶ月ほど前に病気で亡くなったんですよ。…まったく、二人ともさっさといなくなっちゃうんだもの……嫌になっちゃう」

 奥さんはとても寂しそうに微笑んだ。

 なんてことだ、お母さんも亡くなっていたなんて。

(え、て言うことはつまり…)

 勇次さんの心残りは一体どうやって浄化すればいいんだ。あの映像を見る限りでは、彼はお母さんに対して謝罪したいのだろうけど、その対象となる人がもうこの世の人ではないとなると―――。

「紡さん、あの時勇次さんは通帳を持ち出してました」

 鍵太郎が思い出したように言った。そうか、もしかしたら何か残しているかもしれない。

「つかぬことを伺いますが、勇次さんは何か残していませんでしたか?」

「え…?ああ、一つだけあります。未だに謎なんですけど、彼の遺品を整理してたら分厚い封筒が出てきて…。中に大金が入ってたんです。何に使うつもりだったのか分からなくて手を付けてないんですが…」


 恐らく彼はあの時持ち出したお金をお母さんに返そうと、少しずつ貯めていたのだろう。そして返す目処はついたが、お母さんに返す前に亡くなってしまったんだ。

 僕はそのことを彼女に説明した。

「その話なら聞いてます!お義母さんが汗水流して貯めたお金を勝手に持ち出すなんて、何てことするんだって怒った記憶があるもの。そうか!あの時持ち出したお金だったのね、やっと謎が解けたわ。…でもどうしよう、お義母さんはもう…」

 彼女の腕の中の赤ん坊が無邪気に笑っている。これからシングルマザーとしてこの子を育てていかなければならないのだろう。と、なれば…。

「――あなたが使えばいいと思いますよ」

「でもこれは…」

「勇次さんも、勇次さんのお母さんもきっとそれを望んでいると思います」

「そうでしょうか」

「それはあなたが一番よく分かっているんじゃないんですか?」

「……そう、ですね。あの人たちなら…」

 そう言って奥さんは愛おしそうに斉藤さん親子が眠る墓石を見つめた。

「この子のために使わせてもらいます…あの、教えてくださってありがとうございました」

 勇次さんの奥さんは我が子を胸に抱き、優しく、そしてほんの少しだけ悲しそうに微笑んだ。

「そうだ!お礼に彼の形見としてこれ…受け取ってもらえますか?」

 差し出されたのは猫のストラップ。使い込まれたのか大分傷んでいる。

「これ、初めてデートした時に私が彼にプレゼントしたものなんです。何年も大事に使ってくれていて、だいぶ汚れちゃってるけど…」

「そんな大切なもの、いいんですか?」

「ええ、勇ちゃんの貴重なお友達だもの。彼もきっと喜びます」

 友人だと嘘をついたことを信じきっている彼女にはとても悪いと思うが、これは勇次さんに渡してあげたら喜んでくれるかもしれない。

 僕はありがたくストラップを受け取り、その場を後にした。



「これで良かったのかなぁ。奥さんが使えばいいなんて僕が勝手に決めちゃったけど」

「今回はこれ以上のことは出来ませんよ、返すべき相手が亡くなってしまったのなら、一番の親族である奥さんが使う他ないと思います。勇次さんにありのままを報告してみましょう」

 確かに鍵太郎の言う通りだ。これで勇次さんが納得してくれるといいんだけど。

 僕たちは勇次さんの本がある空き地へと向かった。その間、僕はずっと胸が痛かった。勇次さんはこれから親孝行しようとした矢先に亡くなってしまった。さぞ無念だったに違いない。

 親孝行する前に親を亡くしてしまった僕にとっては、とても他人事ではなかったんだ。


 目的地へ着くと、僕は勇次さんの本に向かって全てを話した。すると、金色の本が一度だけ明滅した後、男性の声が聞こえてきた。

『そうか…母さん、亡くなってしまったんだな。オレが母さんを引き取った時はすでに病魔に侵されてたから、先は長くないと知ってはいたが…』

 勇次さんだ。今までも故人の声はうっすらと聞こえてはいたが、こんなにはっきり聞こえるのは初めてだ。少し驚いたがこのまま勇次さんの話を聞くことにした。

『あの金はさやか…ああ、さやかってのはオレの嫁さんな。あんたがさやかに伝えてくれたとおりでいい』

「あの、あとこれを…」

 僕はさやかさんから受け取った猫のストラップを差し出した。

『ははっあいつ、オレが死んだ後も取っておいたのか…有り難く貰っていくよ』

 僕の手のひらにあったストラップは本の中へと吸い込まれていった。

『ちゃんとした親孝行はできなかったけど、まぁ、孫の顔を見せてやれたからギリギリ良しとするわ』

「………」

『…あんたもオレと同じか』

「え?」

『そんな顔してるぜ。それからそっちのデカイ兄ちゃんも見たところ、もうこの世の人間じゃないだろう。親孝行できなかったクチか?』

「!!」

『まぁ、世の中上手くいかないこともあるさ。色々折り合いをつけていかなきゃならねぇもんだ。――世話になったな…ありがとう』

 勇次さんは礼を言うと通常の本になった。

 彼に言われて気付いた。僕だけじゃない、鍵太郎も同じなんだ。

「あの…鍵た…」

「紡さん、考えるのは後です。今回は金の本ですよ。いつも以上に気合いを入れないと」

「…うん、行こう!」



 自室の暖房が効いてきて、ようやく部屋が暖まってきた。

「疲れた…」

 ベッドに身を投げ、枕に顔を埋めて一言呟くと、頭上から鍵太郎が言った。

「もしかして紡さん…霊感強くなってますか」

 そう問われて僕は昼間、紙魚の巣窟と化した洞窟を掻い潜って閻王のもとへ辿り着き、疲労困憊となった体をムクリと起こして鍵太郎を見た。

「…実は僕もそう思ってたんだ…ああっでも!霊感強いとか言うな!怖いじゃん!」

「何を今更」

「そうだけど!て言うか、そんな事はどうでもいいよ。父さんが亡くなった後、自分のことでいっぱいいっぱいで、その…気付いてやれなくてごめん…」

「何がです?」

「だから、親孝行できなかったのは自分だけだと思ってて…鍵太郎なんかもっと、」

「ああ、その事なら私はそこそこ親孝行出来たと思ってますよ」

 そんなはずないだろう。親より先に逝ってしまう事ほど親不孝なことはない。きっと鍵太郎は僕に気を遣わせまいと嘘をついているんだ。

「その目は信じてませんね。私がいじめを受けていた時と、あなたと出会って変わっていく私を見てきた両親の顔を比較して見せてあげたいです。…私が思うに親孝行したかどうかは、する側が決めるのではなく、される側が決めるものなのではないかと思います」

「………」

「変わることができた私を見る両親の顔は、本当に幸せそうでしたよ」

「そう…なの?」

「はい」

「そうか…それなら、良かった」

「それでも紡さんが俊樹さんに対して親孝行出来てないと思うなら、その分幸さんを大事にしてあげたらいいと思います」

「――うん、そうするよ」


 神様は残酷だ。こんなにいい奴を、たった十八年と言う短い人生で終わりにしてしまうなんて。

 鍵太郎はもっと生きるべきだった。もっともっと活躍できるはずだったんだ。


(僕も…鍵太郎がバスケで活躍するところ、見てみたかったなぁ)



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