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ココロ物語の鍵と管理人  作者: 土の屋錦二
第二章 コレクター
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12.十八年目の真実


「森川真人がコレクター?」

 先日の鍵太郎救出劇で修羅場を潜ったお陰で少しは成長したのか、今回は銀の本でも念の重さに潰されずに済んだ。この調子なら近いうちに金もいけるかもしれない。

 とにかく閻王に報告しなければと僕は銀の本を抱え、文化祭の日の出来事を閻王に話した。

「なるほどな…あのコンビ、鍵と管理人になったはいいがほとんどここへ来なかったんだ。やる気があるのかと疑っていたのだが…己の好みの本をくすねて興味のない本だけ持ってきていた訳か」

「このままでは森川さんが奪った本たちが悪霊になってしまうんじゃないんですか?」

「ああ。悪霊になるまではそれなりの年月が掛かるが、このまま放置はできんな」

「じゃ、じゃあ何とかしてくださいよ!閻王ならどうにか…」

「無理だな」

「え」

 閻王に話せば万事解決だと思っていたのに、あっさりと拒否されてしまった。

「白金にも言ったがアタシは現世の者には干渉できんのだ。森川真人は生者だ……そうか、うちの宝物庫から時折物が紛失したのは冷香の仕業だったか…」

 もしかして先日、閻王が忙しそうにしてたのはこのせいか。森川さん達、怪しげな道具をいくつか持ってたもんな。出処は閻王の宝物庫だったんだ。

「何かいい手はありませんか?僕たちだけならいいんですが、僕の友達まで狙うようなことを言ってたんです。

彼らを何とかするまでなるべく友達に付いていてもらうよう、鍵太郎に頼んだんですが……」

「絶対に嫌です」

「――この通りで」

「聞かずとも分かるが…何故だ、白金」

 閻王は若干、冷めた目付きで鍵太郎に問うた。

「私が離れている間、紡さんは誰が守るんですか」

「だからぁ、事情を知っている僕よりも何も知らない原田さんの方が危険だろ?頼むよ~」

「………………」

 鍵太郎は頑として首を縦に振らなかった。このままでは埓があかないと、閻王は膝を打った。

「よし!では紡には特別に強力なお助けアイテムを授けよう。それでどうだ?」

「………………」

 まだ駄目か。仕方ない、この手は使いたくなかったが……。

「実はね、鍵太郎。僕の前歯……差し歯なんだよね」

「…………え、」

「うん、七年前お前を助けた時に永久歯折られちゃって…、これに免じて協力してくれないかなぁ」

「あ!…………くっっ、わ…分かり…ました。お引き受けします……っ」

 漸く首を縦に振ってくれた。彼には申し訳ないが原田さんを守るためだ。許せ、鍵太郎。


「あ!あと片言なんですが紙魚が喋りました!角が片方折れてて…もしかしたらあの時鍵太郎が倒したかもしれませんが」

「なに?あいつが出たのか」

「知ってるんですか?」

「報告は受けている。が、ほとんど姿を現さない激レアな紙魚だ」

(激レアって、ゲームじゃないんだから)

「あれって何なんですか?」

「む?…あー、うー、なんと言うかアレだ、アレ」

 閻王の様子がおかしい。これは気まずい時に誤魔化そうとする態度だ。

「アレ、とは?」

 白金と言う色の効果もあるのだろうが、こういう時の鍵太郎の目は心底冷たくなる。これはあの閻王にも多少の効き目があるらしい。

「ほらアレだ、予想外というか想定外というか」

「想定外、とは?」

「くっ……、まさか紙魚の奴が本を喰らって知識を得るとは思わなかったんだよ!!」

 追い詰められた閻王は己の非を認めて一気に言った。

「また”想定外”ですか…浅はかですね」

 隣で相棒がやれやれといった風に大きく溜め息を吐いた。―――鍵太郎、そのへんにしておいた方がいいぞ。

「キィィッ!!ムカつく!!はん!貴様なぞこの前紡が死にかけた時”この人以外の管理人と組む気はない”とか言ってたが、そもそも一度指名したら他の者とは組めないって始めに言っただろうが!バッカじゃないのっギャハハ!!」

「……………………はっ」

 鍵太郎…そんなこと言ってくれたのか。て言うか、今気がついたのか…。

 血が通っていたら恐らく顔が真っ赤になっているんだろうなと、微笑ましい視線を向けたらそっぽを向かれてしまった。

「紙魚のことは…少し考えるところがあるからしばし待て」

 閻王の目は僕らを見ているようで遠くを見ているようだ。真剣な眼差しで何を考えているのか、ただの人である僕には人外である彼女の思考は読めなかった。

「それよりもまずは冷香だ。あいつを抑えれば人である真人は何もできまい。何としてでも捕まえてアタシの前に引きずってこい。相応の罰を受けてもらう」



 閻王に相談してから一週間程経ったが、不思議なほどに静かだった。

 考えてみれば能力的には鍵太郎の方が上だし、閻王にはもう正体がバレてると思っているだろうから、あちらも警戒しているのだろう。でもそうなると冷香さんを捕まえるのに手こずりそうだ。

「よし!」

 僕はジョギングシューズの紐をしっかり結ぶと、立ち上がってパーカーのポケットに入っている卵を確認した。

 これは閻王がくれたお助けアイテムだ。鶏卵よりも一回り大きい白い卵で、なんでも危機が迫った時に割るとその場に必要なものが出てくるらしい。

「なんだ、出かけるのか」

「ジョギングしてくる…なに、父さん」

「いや、帰ってからでいい」

「………?」

 なんだろう、なにか話でもあるのかな。また小言だろうか。僕は父に背を向けて、逃げるように玄関を出た。


 日曜日の朝なので住宅街はまだ静まり返っている。十二月に入り、すっかり冬の気候となったこの時間はとても寒い。吐く息が白いので気温が十度以下だと分かる。

(寒っ!手袋してきて正解だったな)

 とりあえずジョギング初心者なので今日は公園まで走ってみた。スローペースで走ったが、かなりきつかった。大分鈍っているようだ。二十歳なのにこの体力とは…己の運動不足を痛感してしまった。

(帰りは歩いて帰ろう…少しずつ慣らしていけばいいよね)

 そう言えば鍵太郎はちゃんと原田さんに付いていてくれてるだろうか。彼のことだから真面目に護衛してくれてるとは思うが、やはり彼女のことが心配なので帰りがてら少し様子を見に行くことにした。


 原田さんの家から少し離れた所でこっそりと様子を伺ってみた。

 門の前に黒い塊が仁王立ちしている。鍵太郎は律儀にも真面目に約束を守っていた。なんだか目つきがいつもより凶悪な気がする。ピリピリとイラついた様子がここまで伝わって来るようだ。

 恐らく僕のことを心配してくれているのかもしれない。気持ちは嬉しいがもう少し信用して欲しいものだ。

 ――もっとも僕がヘタレ過ぎてそれも無理からぬことなのだろうが。例えて言うなら子供が初めて包丁を持って、野菜を切ろうとしているところを周りで大人がハラハラしながら見ている感じか。

(…帰ろう…)

 果てしなく自分が情けなく思えてきて、そっとその場を後にした。



 帰宅して自室へ戻ろうと階段に足をかけたところで、家を出る前に父が話があるような素振りをしていたことを思い出した。何を言われるのか考えると憂鬱だったが、嫌なことはさっさと済ませようと引き返して居間へ向かった。

 引き戸を開けると居間には玄米茶の香ばしい香りが漂っていた。時間は丁度十時過ぎだったので、夫婦揃ってティータイムのようだ。

「ただいま」

「おかえり、あんたもお茶飲む?」

「うん」

 母が席を立ち、僕の湯呑を取りにキッチンへ行った。

「座りなさい、大事な話がある」

 父に促されて僕は所定の席に着いた。我が家の居間は唯一の和室で、今の時期は炬燵なので僕の席は父の左隣となっている。

 僕の湯呑を持って戻って来た母が、父の右隣…つまり僕の正面に座り、お茶を入れて僕の目の前に湯呑を置いた。

 ――今回は母も同席するらしい。珍しいな…いつもは父に小言を言われる時、母は席を外しているのに。両親ともに神妙な面持ちだ。少し俯き加減の父が大きく深い溜め息を吐いた。

 身構えていた僕は思わずビクリと反応してしまった。そんな僕の様子を見た父の目が、悲しげに揺らいだような気がした。

「お父さん」

 母が静かに父を促すと、固く閉ざされていた父の口が漸く開いた。


「単刀直入に言う。……紡、お前は私とは血が繋がっていないんだ」

「――――はぁ?」

「本当はお前が二十歳になったらすぐに話そうと思っていたんだが…なかなか言い出せずに半年経ってしまった」

 え、なに言ってんのこの人。

 ――――血が、繋がってないって…言ったのか?

「母さんとはお前が二歳の頃に再婚した」

 二歳……。僕は思わず立ち上がって棚にある青い表紙のアルバムを手に取った。僕の赤ん坊の頃の写真は全て母とのツーショットのみだが、それは単に父がカメラマンになって撮っていたからだと思っていたのだ。父が一緒に写りだしたのは、僕が二歳を過ぎた頃からだった。

「紡…」

 アルバムを手に固まっている僕に、母が不安げに声をかけてきた。

 大丈夫だよ、心配しないでって、言わなきゃいけないと分かってはいるが、思うように声が出なかった。自分が思っている以上に混乱しているらしい。


 今理解しなければならないことは、父とは赤の他人だったということだ。

 ”他人”――――。考えが悪い方へと行きそうだったので、慌てて声を出した。

「そっ、そうだったんだ…お、驚いたなぁ、へへへ。あっ心配しなくても僕は大丈夫だよ……でも、ちょっとだけ頭の中整理したいから…ごめん」

 とにかく一人になりたかった。一人になってまずは深呼吸してそれから―――。

「紡、これだけは言っておく」

 居間を出ようとした僕に父が言った。

「誰がなんと言おうとお前は私の子だ。断じて他人などではない」

「――――っ」


 父の言葉は僕の胸には染み込まず、表面を流れて霧散した。



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