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ココロ物語の鍵と管理人  作者: 土の屋錦二
第二章 コレクター
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11.人の道、己の道


 ”生まれ落ちてから無条件に知識を得ている君たちには分かるまい”


 森川さんの言葉を思い返してその意味を考えてみた。

 あれは一体どういう意味だろう。生まれ落ちてから無条件にっていうのは、成長過程で自然と身に付ける知識のことだろうけど、それを言うなら森川さんだって同じだろうに。

 それとも育った環境のことを言っているのか。幼い頃に大変な苦労をしているとか…。

 とにかく森川さんのことも放っておけないが、彼に奪われた本たちも何とかしないと悪霊になってしまうかもしれない。


 どうしたものかと溜め息をついたところで、ビッグベンの鐘の音が鳴り響いた。本日の授業終了のチャイムだ。

 僕は今、藤ノ下高校の校門前にいる。あの天国と地獄を一度に味わった、怒涛の一日から三日程経った今日、優麻ちゃんにお礼を言おうとここで彼女が出てくるのを待っている。

 同じ制服を着た生徒たちが一人、また一人と徐々に数を増して校門を通り過ぎていく。時折、私服姿の僕を怪訝な目で見ていく生徒もいた。

(大方、中学生が高校に何の用だとか思ってんだろうなー)

 若干自虐めいた考えが頭を過ぎったが、目当ての姿を見つけたのですぐに考えるのをやめた。

「優麻ちゃん!」

 声をかけると彼女はすぐに気がついてくれて、心配げな表情でこちらへ走り寄ってきた。

「この間は本当にありが」

「鍵太郎さぁん!無事だったんですね!!もう心配で心配で夜も眠れなかったんですよ~!」

 うん、そうだった。この子はこういう子だった。例に漏れず今回も僕を素通りして後ろにいる鍵太郎へまっしぐらだ。いや、いい子なんだ。分かってはいるのだが。

「紡さんから聞きました。私を助けるのに手を貸して下さったそうで…感謝致します」

「やぁん!感謝だなんて、あたしと鍵太郎さんの仲じゃないですかぁ」

 先日の文化祭で一度会っただけじゃないかと言う突っ込みはギリギリのところで飲み込んだ。

「と、とにかく助かったよ、麻美ちゃんもありがとうね」

 麻美ちゃんに対しては周りの人に聞こえないように小声で言った。

「えへへ」

 お礼を言われて照れ臭いのか、もじもじしている姿がとても愛らしい。姉の方にもこれくらいの謙虚さがあるといいのに。

「ところで麻美ちゃん、この間僕を工事現場へ入れてくれた後、お姉ちゃんとすぐに帰った?」

「うん、帰ったよ」

「そう…」

 あの時何もしていないのに紐が切れたのはなんだったのだろう。もしかしたら麻美ちゃんが能力を使って助けてくれたのかとも思ったのだが違ったようだ。


「ちょっとちょっとー、優麻ってば彼氏~?あんた趣味変わったの?」

 優麻ちゃんの友達だろうか、女子高生三人組が通りがかり、僕に対して猫なで声を出しているように見えたのだろう、彼女たちは優麻ちゃんをからかった。

「はぁ!?誰がこんなちんちくりんを彼氏にするかっ!」

「照れるな照れるな」

「違うっつーの!!」

 サラリとディスられ、軽くヘコんでいる僕をよそに優麻ちゃんは誤解を解くために彼女たちのもとへ行ってしまった。

「では紡さん、そろそろ帰りましょう」

 用件は済んだとばかりに鍵太郎は淡々と言った。…少しは慰めてほしい。

「うーん…その前にあの工事現場にあった白金の本を浄化したいんだよね…」

「さすがに白金はやめておいた方がいいと思います。今すぐ悪霊になるわけではないので、もう少し力をつけてからでも大丈夫ですよ」

「―――うん…」

 鍵太郎の言う通り、中に入ったところで身動きが取れなければ本末転倒だ。森川さんが次にどう出てくるのか分からないので落ち着かないが、ここは焦っても仕方がない。

「それじゃ、ちょっと行きたい所があるんだけど」

「はぁ」

 先日の人質事件から今まで以上に鍵太郎が僕にくっついてくるようになった。気持ちは分かるがさすがに森川さんも、こんな人通りの多い所で人を攫うような真似はしないと思うのだが。



「ありがとうございましたー」

 買い物を終えた僕は紙袋を手にスポーツ用品店を出た。

「暗くなったらあの公園でパス練しよう。街灯があるからなんとかボールは見えると思うんだ」

 真新しいバスケットボールが入っている紙袋を掲げて小声で鍵太郎に言うと、彼はとても嬉しそうに破顔した。

「―――紡さん…ありがとうございます」

「いいって、僕も少し体鍛えなきゃって思ってたんだ。ご指導のほどよろしく頼むよ、キャプテン」

「お任せください」


「ありがとうございましたー!」

 街を歩いていると、先程スポーツ用品店から出てきた時に聞いた台詞が聞こえてきた。

 軒並み店が並ぶ通りなのでありふれた台詞だが、この声には聞き覚えがあった。

「あ」

「え…保戸塚くん!」

 フラワーショップ佐倉と言う看板が掲げられている店先で、意外な人と出会った。

「原田さん!」

 店名が胸元に刺繍されている赤いエプロンをつけた原田小鈴さんだった。

「この間は大丈夫だった?具合はもういいの?」

「あ、ああうん。ありがとう、本当に助かったよ…もしかしてバイト?」

「ううん、正社員」

「え…」

「大学、一年前にやめちゃった。てへ」

「ええぇ!?やめたって…なんでっ」

「去年両親が離婚してね、私たち姉弟全員母に引き取られたの。でも女手一つで子供四人って大変でしょ?それにお婆ちゃんもいるし。母は大丈夫って言ってくれてるんだけど、私も働けば少しは生活費の足しになるかなって」

「で、でも折角大学受かったのに…」

「うん、そうなんだけど…私にとっては学歴より家族の方が大事だから」

 そう言って澄んだ目で僕をまっすぐ見つめて微笑んだ彼女はとても美しかった。内面から滲み出る美しさだ。辛い思いをしているはずなのに、どうしてこんなに強くいられるんだろう。

「あっじゃあ仕事中だから、ごめんね、また会おうね」

「う、うんっごめん邪魔しちゃって。頑張ってね」

「ありがと!」



 文化祭の時、弟妹たちの姉への献身的な態度に合点がついた。あの子達は姉が大学を辞めて働いているのは、自分たちのためだとちゃんと理解している。

 原田さんは自分のことだけじゃなく、長女として家族の行く末もしっかり考えているんだ。

 僕はなんだか急激に恥ずかしくなってきた。自分のことしか考えてなくて、ぬるま湯に浸かって緩い人生を送っている己に、今のままではいけないと焦燥感が込み上げる。

 鍵太郎と出会って今の自分を変えようと努力している最中ではあるが、それだけではまだまだ足りないような気がする。

「紡さんっ!」

「え…ギャッ!!」

「大丈夫ですかっやっぱり暗くてボールがよく見えないんじゃ…」

「イテテ…ッいや、ごめん、ちょっとぼうっとしてて……」

 午後八時。誰もいなくなった街灯のみの暗い公園で、昼に約束した通り鍵太郎とバスケのパス練をしている。バスケットゴールの傍に街灯があるのでボールはなんとか見えるのだが、うっかり考え事をしてしまって鍵太郎が投げたボールを、器用にも額で受けてしまった。

「原田さんのことですか」

「うん…しっかりしてるなぁと思って。僕とは大違いで自分が恥ずかしいよ」

「何故です?紡さんはとても努力しています。あなたがしている事は誰にでも真似できることではありません」

「ああ、いや…そっちじゃなくて現実的な方で…二十歳にもなって親のスネかじってるのもなぁ、と」

「まだ学生じゃないですか。二十歳過ぎてたって親の援助を受けてる学生は五万といます。人によって家庭環境は異なるし、他人と自分を比べていてはキリがありませんよ」

「…………達観してるなぁ、時々お前が十八歳だってこと忘れるよ」

 鍵太郎は動きやすいようにと、ベンチに置いてあったシルクハットとマントを手に取って元通り身につけた。

「今日はもう終わりにしましょう、今夜は冷えます」

「そうだね、今度はちゃんとゴールに入るといいなぁ」

 ゴールを見上げると丁度その真上に満月があった。綺麗な球体だ。心が奪われるような美しい満月だというのに、見ていたら何故か心が冷えた。

「………………」

 暗い井戸の底に落ちて冷たい水に浸かったまま、丸い空を見上げている感覚に陥る。

 霊的なことに関わるようになったせいなのか、最近第六感が妙に冴えてきているような気がする。

 何事もなければいいのだが―――。


「鍵太郎」

「はい」

「頼みがあるんだけど…聞いてくれるかな」



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