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ココロ物語の鍵と管理人  作者: 土の屋錦二
第二章 コレクター
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10.長い一日の終わり


 日が落ちる少し前の小春日和特有の暖かい日差しが、居間の中央付近まで差し込んでいる。

 日差しを反射するテーブルの上に置かれた青い表紙のアルバムを開くと、生まれたての赤ん坊を幸せいっぱいの笑顔で、その腕に抱く母親の姿が写されていた。

 母子のツーショット写真が幾枚か続き、次のページへ移ると掴まり立ちをしている赤子と母のツーショット写真が続く。

「また見てるの?具合悪いなら寝てなきゃダメじゃない」

「ああ、今日は一日ゴロゴロしてたからもう大丈夫だ」

「そう?……あなた、気持ちは分かるけど、もうそろそろ…」

「分かってる」

「紡なら大丈夫ですよ。最近は発作もあまり出ないみたいだし、今日は藤ノ下高校で文化祭があるって、お友達と出掛けたのよ。大学もちゃんと行ってるし」

「そうなのか?――そうか…」

 紡の父、俊樹としきはアルバムを静かに閉じると、沈痛な面持ちで重いため息を吐いた。



「いや~大盛況だったねうちのクラス。それにしても保戸塚さん大丈夫かな、人混みに酔って具合悪くなったから帰ったんでしょ?」

「へっ?あ、そうそう!顔色真っ青でさぁ。大丈夫かね、あの人。あ、あはは」

 仮装大会の会場となった教室の後片付けをしながら、鞠と優麻は雑談をしていた。突然、紡の名が出てきて嘘の報告をした優麻は気まずくなり、思わず目を泳がせて窓の外を見た。すると帰ったはずの紡が帰宅する人々の流れに逆らい、校舎へ向かって走ってくるではないか。

(え、ちょっと、なんで戻ってくんのよ!あたしが嘘ついたってバレるじゃん!)

「ちょっとトイレ!」

 優麻は慌てて持っていたホウキを放り出すと教室を飛び出した。


「ちょっとー!あんた帰ったんじゃないのっ?」

「優麻ちゃん!!」

 丁度昇降口で紡を捕まえることができた優麻は、紡の腕を引いて校舎の裏へ連れて行った。

「優麻ちゃんっお願いがあるんだ!!」

 息を切らせ、顔色も悪く汗だくの紡の様子がおかしいとすぐに気づき、優麻は嫌な予感がした。

「やだ」

「お願い聞いて!!!」

「な、なんなのよ…大声出さないでよ」

 紡の切羽詰まった迫力に気圧されて、気の強い優麻も少し引いてしまった。

「出たんだよ、コレクターが!!」

「え!?」

「それで鍵太郎が捕まった」

「なっなんで!?」

「あいつ白金の鍵が欲しかったんだ。だから僕を人質にして鍵太郎を……っお願いだ、麻美ちゃんに頼んで白金の本を探してもらえないかな。白金の本を読みたいがために鍵太郎を手に入れたんだ。絶対に白金の本がある現場に姿を現すはずだから」

「あんたねー、都合よく希望の色の本が簡単に見つかると思ってんの?」

「そ、それは…」

「それに相手はコレクターでしょ?麻美を危険なことに巻き込みたくないんだけど」

「本を探してくれるだけでいいんだ!」

「無理だって!」

「ねぇねぇ」

 二人のやり取りを傍観していた麻美が、白金と言う単語に反応して会話に割って入ってきた。

「だから無理って…なによ麻美?」

「白金の本ならこの前見かけたよ」

「えっ!?」

「ほ、本当?麻美ちゃん!」

「うん。あたしには開けられないから無視してたけど、駅の北口にあるビルの工事現場にあったよ」

「あ、ありがとう!麻美ちゃん!!」

 紡はお礼もそこそこに再び走り出した。

「ちょっと!あんた一人でどうしようっての!?」

「大丈夫っ何とかする!」



 晩秋の日没は早い。僕は麻美ちゃんに教えてもらった工事現場の、道路を挟んだ向かい側にある喫茶店で時間を潰している。

 森川さん達が姿を現すとしたら、当然人気がなくなる時間帯だろうと思ったからだ。この待ち時間は僕にとっては体力を回復させる貴重な時間となった。

 午後九時を回ったところで工事関係者がいなくなった。明かりが落とされた工事現場は暗く静まっている。

 こっそり現場内に忍び込もうとしたのだが、それは叶わなかった。

「だよねー…こんなとこ簡単に入り込めたら色々危ないもんな」

 工事現場はぐるりと高い塀で囲われていて、入口にはしっかりと施錠されている。監視カメラ付きでセキュリティーは万全だ。

「こんな事だろうと思ったわー」

 どうしたものかと考えていたら声をかけられ、振り向くと制服の上着のポケットに両手を突っ込み、呆れ顔の優麻ちゃん達が立っていた。

「今回限りだからね。ホラ、こっち」

 親指で工事現場の裏側にある路地裏を示した。付いて来いという事らしい。

「あたしが協力したって、ちゃんと鍵太郎さんに言っといてよね。あたしは補導される前に帰るけど…しっかりやんなさいよ」

 すると麻美ちゃんが監視カメラの死角をついて僕を抱え、現場内に入れてくれた。

「ありがとう!優麻ちゃん、麻美ちゃん」

 工事現場はビルなのかマンションなのかは分からないが、とにかく高層の建物を建設中のようだ。高さは二十メートル程あるだろうか。上部の方はまだ鉄骨が剥き出しになっている。

 最上階を仰ぎ見るとぼんやりと光が見えた。恐らくそこに白金の本があると思われる。僕は意を決して階段を上り始めた。不思議と恐怖心はない。暗くて下がよく見えないのが幸いしてか、高所を登っているという感覚があまりないのだ。そして何よりこの先には鍵太郎がいる。彼さえ取り戻せば何とかなるという安心感があった。


 月明かりに鈍く輝く白金の鍵を、真人は恍惚とした表情で掲げた。

「やっとだ、ついに白金の本を読むことができる」

「真人ったら…、そんなに期待してこの魂が美少女でなかったらどうしますの」

「構わないさ。とにかく一度読んでみたい。白金となるほどに絶望し、悔やんだこの魂の人生を!」

 待ちきれないとばかりに真人は表紙の鍵を開けようとした。しかしそこでこの場に不似合いな、些か間の抜けた制止の声がビルの最上階に響き渡った。

「ちょっと待ったぁぁ!!!」

「……おや、君よくこんな所まで一人で来れたね。不法侵入で警察沙汰になるかもしれないよ」

「う、うるさい!あんただって人のこと言えないだろっ!!鍵太郎返せ!!」

 紡はこれまでの人生において、未だかつてない程の勇気を振り絞って真人にタックルを仕掛けた。

「おっと、こんな足場の悪い所で暴れたら二十メートル下に真っ逆さまだよ…っと!?」

 突進してきた紡を難なくかわした真人だったが、足元にあった資材に足を取られてバランスを崩した。

(今だ!!)

 この絶好の好機を逃すことはできないと、紡は渾身の力で真人に体当たりをした。そして持っていた白金の鍵をその手からもぎ取ることに成功した。

 しかし勢いがつき過ぎたため足を踏み外し、何もない空間に飛び出してしまった。

「――――っっ!!!」

 落下しながら見えたのは悔しげに顔を歪ませ、最上階から下を覗き込む真人の顔だった。

 数秒もしないうちに確実に死が待ち受けている。鍵に縛り付けてある紐を解けば助かるのは分かっているが、落下中にそのような細かい作業が出来るはずもなく、なす術もなかった。

 死を覚悟したその時、紡の手の中で弾ける感覚があった。何もしていないのに何故か紐が切れたのだ。

「えっ」

 あと数メートルで地面に激突するというところで、鍵が強い光を発して元の姿の鍵太郎が現れた。

「っ!!」

 間一髪で鍵太郎は落下する紡を受け止めて宙を飛んだ。その勢いのまま彼らはこの工事現場から飛び去っていった。


「あーあ、もう少しだったのに…」

 口調はのんびりとしたものだったが、真人の目は紡たちが飛び去った方向を睨みつけている。その恨めしげな視線から、彼がまだ獲物を諦めていない様子が伺えた。

「…なに、冷香」

 クスリと笑みを零したパートナーに真人はイラついた様子で視線を向けた。

「あら…わたくしとしたことが…ごめんなさい、あの坊やおっとりしていて鈍そうなのに突拍子もない事をすると思ったらおかしくて…」

「まったくだね、鍵太郎くんがいなければ何もできない小動物だと思ってたから油断したよ」



 小高い丘の上にある大きな一本杉。ここは紡が初めて鍵太郎と協力してトキさんの魂を解き放った場所だ。人気が全くないので有事の際の避難場所として都合が良い。

 鍵太郎は紡を抱えたままこの地に降り立った。

「………あは、あはは……い、生きてる」

 先程から一言も発しない相棒を不思議に思い、僕はチラリと鍵太郎の表情を伺ってみた。彼は俯いたままわなわなと震えていて、気のせいでなければドス黒いオーラが背後に立ち上っているようだ。

(あ、怒られるかもしれない)

 急激に気まずくなり、いつまでも姫抱っこ状態なのも嫌なのでモソモソと動いて下ろしてくれとアピールした。

 鍵太郎は紡をそっと地面に下ろし、大きく息を吸った。

 同時に僕は耳を塞いだ。

「……なんで、耳を、塞ぐんです、かっ!?」

「あっ」

 いともあっさりスポンと耳栓を抜かれてしまった。

「あなたって人は……あなたって人は…っ!!あと数メートルですよっ!?そんなにR指定がかかるような死に方したいんですかっっ!!!」

「わ…わざとじゃないし!落っこっちゃったんだかしょーがないじゃん!」

「あなたなら絶対何とかしてくれると信じてましたが、あそこまで無計画だったとは…っ」

「ううーっごーめーんーっ」

「く…っっ、たっ助けて頂いて、ありがとうございました!」

 まだ何か色々言い足りなさそうな鍵太郎だったが、やけくそ気味にお礼を言った。

「律儀だなぁ…。とにかくこの事は閻王に報告しないと…ああ、でも今日はもう限界だ……」

「―――長い、一日でしたね…」


 このあと、帰宅して自室に入ったあとの記憶がない。泥のように眠ったというより、半ば気絶したようだった。

 一夜明けた翌日。当然、大寝坊したのは言うまでもない。



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