8.管理人、復活→鍵、昏倒
「治癒の札ー、治癒の札は確かこの辺にあったようなー…」
「篁さま?どうかなさいまして?」
「む?おお、これは冷香殿、このようなむさ苦しい場所へ来られるとは」
「お庭を散策しておりましたら篁さまが慌てたご様子でこちらへいらしたので、何事かあったのかと思いまして…」
「実は白金の鍵太郎殿と組まれている管理人殿が酷いお怪我を負われたようで…閻様が大至急治癒の道具を探して参れと申されましてな、こうして探しておるのですが何ぶん、宝物庫がか様な状態でして…」
篁が送った視線の先には幾重にも重なり山積みになっている金銀財宝。この山の中から紙切れを探し出すのは困難だろう。
「まぁ!それは大変ですわね、わたくしもお手伝い致しますわ」
「なんと金の鍵である冷香殿直々に…!かたじけのうございます」
「いいえ、これくらい…お安い御用ですわ……」
グラスに注がれた琥珀色の液体の中で浮いている氷が、温度の変化によって形が崩れてカラリと音を立てた。昼間だというのに遮光カーテンが引かれた薄暗い室内に、唯一の光源である間接照明に照らされたそれが、テーブルに暗い影を落としている。
真人はアルコールを少し口に含むとこくりと喉を動かし飲み込んだ。
「あいうえお、カキクケコ、さしすせそ……”文字”というものは本当に面白い。特に日本語はこの平仮名、片仮名を合わせた百文字と、数万の漢字を組み合わせて無数の言語を作り出す」
膝の上に本を載せ、開いていたページに記された文字を指でなぞった。
「そして人の生き様、喜怒哀楽…この魂の本は活字となって様々な人生を見せてくれる。――ああ可哀想に、この少女は女子高生でありながら妻子ある男性と恋に落ちて結局裏切られてしまったな…ふふ、彼女の絶望が痛いほど伝わって来る」
「真人」
「おや冷香、随分ご無沙汰じゃないか。待ちくたびれたぞ。君が言っていた良い手はどうなったのかな?」
「お待たせしてごめんなさい、宝物庫に忍び込むのはなかなか難しくて…でも先程堂々と宝物庫に入ることが出来ましたのよ。やっと目当ての物を手に入れましたの。これを…」
「なんだい?これは」
「魔法の道具ですわ」
冷香は手のひらに収まる程度の黒曜石の小瓶を真人に見せた。
乱れたプラチナの髪をかき上げようとしたら血塗れの白い手袋が目に入った。
鍵太郎はその手袋を外し、素手でゴツゴツとした地面を殴りつけた。
「くそ……っ」
地面に座り込んでいる彼の傍らには紡が横たわっている。負傷した左肩には治癒の札が張られ、その効果が出たのか色をなくした頬には血色が戻ってきていた。よく眠っているようで穏やかな寝息を立てている。
「気に病むな。鍵の力は万能ではない」
「………………」
己の不甲斐なさに苛つく鍵太郎に玉座に凭れた閻王が、珍しく気遣いの言葉を送るが彼は納得していない様子だ。
「過保護」
「っ!……紡さんは身体能力がアレなので私がしっかり守らないといけなかったんです」
「はっきり運動音痴と言えばいいものを」
「紡さんには言わないでください」
「くくく…おや、お目覚めのようだ」
閻王と鍵太郎の話し声が耳に障ったのか、こんこんと眠り続けていた紡の目がうっすらと開いた。
「ふあ~あ…」
人の心配をよそに間の抜けた大きなあくびを一つすると、むくりと起き上がって眠そうな目で辺りを見回した。左肩が痒いのか、ポリポリと掻きながらぼうっとしている。
「つ、紡さん…大丈夫ですか?痛みは……」
「痛み…?……痒い。??なんだこのシール………うげっ」
寝ぼけて状況が把握できておらず、違和感のある左肩の札と血に染まった衣服を見て漸く目が覚めたようだ。
「そうだ僕…!――――本っ!!本がない!?」
「落ち着け、あの銀の本なら先程天界に送ってやったわ」
「閻王…良かった、ありがとうございます…何やってんの鍵太郎」
鍵太郎は紡のシャツを引っ張り、肩を剥き出しにすると背中側の傷を見た。
「傷は塞がっているようですが…本当に痛みはないんですか」
そう問われて紡は自分の左肩に貼られた札をぺりぺりと剥がし、傷跡をまじまじと見た。貫通するほどの大怪我だったにもかかわらず、綺麗に治っている。
「なにこれ凄い、完全に治ってる…うん、全然痛くない。もう大丈夫だよ」
「――――良かっ…た……」
鍵太郎は詰めていた息を一気に吐き出すとそのまま地面に倒れ込んでしまった。
「え!?か、鍵太郎!?どうしたんだよ!!」
突然昏倒してしまった相棒に、紡は激しく動揺した。絶対的な強さを持つ彼の倒れる姿など想像もしたことがなかったので尚更だ。
「やっと倒れたか。管理人が復活したら次は鍵が倒れるとか仲良しコンビか」
「はぁ!?」
「今まで普通に喋っていたのが不思議でならなかったわ…とんでもない気力の持ち主だな」
「どういう事ですか」
「山門の内側からも見えたぞ、洞窟内を照らす光が。馬鹿が、加減もせずに力を使ったのだろう。並みの鍵ならあれだけの光を放った時点で昏倒するか最悪、存在そのものが消えてしまう。鍵の力は己の精神を削って使うものだからな」
「なっ……!?鍵太郎はっ!どうなっちゃうんですかっ!?」
「案ずるな、消えてないだろうが。暫くしたら目を覚まして元通りだ。それまで寝かせておいてやれ」
「よ、良かった…!でもそういう大事なことは先に言っておいてくださいよ!」
「白金は知ってるはずだが?」
「え…!?だったらそう言う危険な注意事項は管理人にも分かるように説明書に書いておいてくださいぃ!!」
「ああ、分かった分かった、後で付け加えておくから。ではな」
喚く紡の相手は面倒だと言わんばかりに閻王は獄界へと戻ってしまった。
「逃げた!~~~っっもう!!とにかくもう戻らないと。原田さん達を待たせちゃってるし…重い!霊体なのになんでこんな重いんだよーっ」
紡はピクリとも動かない鍵太郎を背負うとズルズルと引きずって、閻王が開いてくれた出口を使って元の世界へと戻った。
「おっそーい!!すぐ済むとか言っておきながら三十分も……って、なっなにその血!鍵太郎さん、どうしたのよ!?」
出口を出ると優麻ちゃんが真っ先に食ってかかってきた。文句を言うつもりだったらしいが僕たちの姿を見て青ざめている。
「いやぁ、ちょっとヘマしちゃって…待たせてごめんね、見張り助かったよ」
「っだから言ったじゃない!バッカじゃないの!」
「返す言葉もございません……」
「アンタが無茶したせいで鍵太郎さんに迷惑かけたんでしょ。アンタ鍵太郎さんとは力が釣り合ってないのよ」
分かってはいたが、人に言われるとキツいものがある。優麻ちゃんの言葉がぐっさりと胸に突き刺さった。
「…うん、ホントにね…」
僕が落ち込んでいるのに気付いた麻美ちゃんが姉の袖を引いた。
「お姉ちゃん」
「あ、―――と、とにかくそんな姿で彷徨いたら通報されるから人気がなくなってから帰った方がいいよ。アンタの連れの人たちには上手く言っといてあげる」
己の過ぎた言葉に気付き、戸惑いながら優麻ちゃん達はこの場を去っていった。
背負っていた鍵太郎を桜の木に凭れさせ、僕は彼の正面に胡座をかいて座った。そう言えば鍵太郎の寝顔を見るのは初めてだ。大人びた顔立ちをしているが、こうして見るとそれなりに年相応に見える。
ひとつ溜息を吐くと辺りを見回した。このままここで彼が目を覚ますまで時間を潰さなければならい。幸い人気はないが、もし誰かが来たら仮装大会でゾンビをやったとでも言おう。校内であれば通用するはずだ。
「………………」
膝を抱えて顔を伏せる。ああ嫌だ、また迷惑をかけてしまった。共に頑張ってくれる相棒にとんでもない負担をかけてしまうなんて。
「………………」
――――いや、そうじゃない。多分この考え方は間違ってる。これでは以前の僕と同じだ。
僕はいつもここで完結してしまっていたんだ。迷惑をかけたならそこでウジウジ落ち込んでないで、その責任を恩に変えて相手に返してあげればいいんだ。こんな簡単な事になんで気付かなかったんだろう。
相手を信じて頼って、僕に出来ることなら逆に頼ってもらう。人を思う気持ちや力って、人と人との間で循環してるのかもしれない。
伏せていた顔を上げると白金の目と合った。いつの間に目覚めたのか、鍵太郎が桜の木に凭れたまま僕を見ている。
「……目が覚めたんなら言ってよ」
すると鍵太郎は背筋を伸ばし、勢いよく頭を下げた。
「役割を果たせずすみません。――――次は絶対に失敗しません」
「心配かけてごめん…僕も次は絶対失敗しない」
どちらからともなく笑みがこぼれる。ふたり揃って失態を晒してしまった事への苦笑いだ。
「その姿では帰れませんね、今同じ服を出します」
「ちょっと待った!その力って魂を削って使ってるって閻王が言ってたぞっなんで黙ってたんだよ!」
「削った魂は時間が経てば元に戻るので大丈夫です。人間が疲れた体を睡眠によって回復させるのと同じなんですよ」
「そ、そうなの…?」
「はい」
そういう事ならと、鍵太郎に新しい服を出してもらって着替え、血に塗れたシャツは彼に処分してもらった。
「今日はもう帰ろう。後で原田さんに謝らなきゃ」
怪我も服も元通りだが流れた血は戻らなかったようで正直少しフラつく。鍵太郎も大丈夫だと言っていたが少し心配だ。
校門へ向かおうとしたところで携帯が鳴った。森川さんから電話だ。
「もしもし」
『やぁ紡くん、ちょっと会いたいんだけど今どこにいるのかな』
「藤ノ下高校です、今日文化祭があって…って、あれ?森川さん?…切れちゃった」
バッテリー切れかと画面を確認しようとしたら、突然目の前に意外な人物が現れた。
「冷香さん!なんでこんな所に…あ!森川さんに何かあったんですか?」
冷香さんは僕の問いに応えず、綺麗な笑みを見せると黒い小瓶の蓋を開けて鍵太郎に向けた。
「封」
彼女が謎の言葉を発した瞬間、鍵太郎が消えた。




