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ココロ物語の鍵と管理人  作者: 土の屋錦二
第二章 コレクター
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6.学校、それは青春という名のステージ


 いくつも連なる色とりどりのバラのアーチを潜り抜けた先には黒い大理石で造られた大きな噴水。その噴水を囲うように造られた広大な庭園の隅には黒い屋根のガゼボが見える。

 そしてその見事な庭園越しに見えるは西洋の洋館――否、王城が建っている。

 巨大な鉄製の門扉を潜り、この庭園に足を踏み入れた男が一人。

「おお、見事な庭園だな。もしかしてここは天国か?自分で言うのもなんだが生前は随分と悪行を重ねてきたからてっきり地獄行きだと思ってたが…」

「おやっさん、今来たとこ?」

 声をかけられて振り向くと、目の前には長蛇の列が遥か先に見える噴水を越えて城の入口へと続いている。その列の最後尾に並んでいる人相の悪い男が言った。

「浮かれてるとこ悪いんだが、生憎とここは地獄だぜ」


 ――――謁見の間。

 延々と続く亡者の列が辿り着く先には、玉座にどっしりと構えて座る閻王がいた。

 獄界は全八層に分かれており果てのない死者たち一人一人の生前の所業を見極めて、どの層へ落とすか采配を振るのだ。

「閻様、また”上”から貢ぎ物が届きましたぞ」

 声をかけたのは執事姿をした初老の男性で、小野篁おののたかむらと言う閻王の補佐官である。腰まである真っ直ぐな白髪を一つに束ね、鼻の下に整えられた髭を生やしている温厚そうな紳士だ。

「………………」

 補佐官の言葉に閻王の眉がピクリと跳ねた。

 死者でごった返している謁見の間と言う名の執務室で、目の前の仕事を裁くのに手一杯な閻王に”禁句”をサラリと言ってしまう天然な篁に対し、顔色を失った書記官が無言でそれ以上言うなと言う視線を向けた。

「お忙しいのはお察し致しますが、あの方からの貢ぎ物が溢れかえっていて宝物庫が大変なことになっております。いやぁ、愛されておりますなぁ。そうそう、先日紛失した護符ですが生憎とまだ見つかっておりません」

「………………っっ」

 とうとう閻王の動きが止まった。地雷を踏んでしまったようだ。

 書記官がなにやら察して罪状を記すための紙の束を懐に隠し、席を立って柱の影に避難した。


「今、そ、の、は、な、し、を、するなぁぁぁーーーーーーっっっ!!!!!」


 爆風となった閻王の怒鳴り声は周りの全てを破壊した。窓は粉々に割れ、壁は吹き飛び、当然それよりも軽い死者たちはドアを突き破って噴水の彼方へ飛ばされた。

 大惨事となった場で、辛うじて残った柱の影に隠れていた書記官は盛大に項垂れて一言。

「篁殿の馬鹿…………」



 目の前には高級スイーツ店に並ぶようなケーキが鎮座している。そしてその向こうには頬を赤らめ、これ以上ないくらい幸せそうな笑顔の原田さんが座っている。

 僕はスイーツにあまり詳しくないが、この焦げ茶色の円柱形をしたケーキがフォンダンショコラと言うらしい。スプーンを入れてみると中からトロリとした温かいチョコレートが流れ出てきた。

「おいしー!しあわせー!」

 滅茶苦茶可愛い。

「小鈴お姉ちゃん、私の分も食べていいよ」

「おれのも!」

 和歌ちゃんと雅くんが自分の分を原田さんに差し出した。この弟妹たちは本当にお姉さんを大事に思ってるんだな。いい子達だ。

「いいのよ、あんたたちが食べなさい。その方がお姉ちゃん嬉しいから…それにそんなに沢山食べられないよ」

「えー、お姉ちゃん家じゃいつも五、六個ペロリと食べふぐっ」

 三度目の口封じだ。原田さんが和歌ちゃんの口を思いっきり塞いだ。別に隠さなくてもいいのに。女の子的にはこういうの恥ずかしいものなのかな。


「紡さん、邪魔するようですみません。近くで本の気配がします」

 鍵太郎が申し訳なさそうに言い出した。

(学校で?まさか生徒のものじゃないだろうな)

 ここの生徒のものだとしたら、そんな若いうちに命を落とすなんて一体何があったんだ。

 どちらにせよコレクターに横取りされる可能性もあるし、早めに見に行った方がよさそうだ。

「ちょっとトイレ行ってくるね、ゆっくり食べてて」

 当たり障りのない理由をつけて席を立った。人がいない所にあればそのまま本の中に入れるんだけど…。



 現場は裏庭の片隅にある桜の木の下だった。見たところ人影はない。

「あっ」

 背後から少女の声が聞こえて振り向くと、先程別れた優麻ちゃん達がいた。僕らと同じように本の気配に気づいたのだろう。

「あ~、これ銀の本だ。麻美には開けられないや…」

「僕たちがやるよ」

「あんた見るからにヘタレっぽいけど銀の表紙なんか入って大丈夫なの?」

 鋭いな!正直、今の僕ではかなり厳しいのであまり入りたくないのだ。でもコレクターの話を聞いてしまったらそうも言ってられない。

「だ、大丈夫だよ…鍵太郎もいるし」

「ふーん…だったらさっさと原因探ってらっしゃいよ。人が来ないように見張っててあげるから」

「本当?ありがとう優麻ちゃん!」

 なかなかに辛辣なところはあるけどいい娘だな。見張っててもらえるなら安心して出てこられる。僕はこの場を優麻ちゃんに任せて早速本の中に入った。



 目次を見るとだいぶ後ろの方に赤文字があった。項目の数からして若くして亡くなった人ではないらしい。

「うう~」

 先日経験した、あの体全体が押し潰される感覚を思い出して入るのに躊躇してしまう。

「大丈夫です、私がまた背負いますので」

「(それが嫌なんだっつーの!)…仕方ない、頼むぞ鍵太郎」

 意を決してえい、と赤文字の中に飛び込んだ。直後、案の定僕は念の重さに潰された。

「うぎぃっ、重っ」

 入った瞬間、冷たい床に頬を押し付ける状態になった僕を、鍵太郎は軽々と持ち上げて背負ってくれた。両腕両足とそして何より頭が引力に引っ張られるように垂れ下がって滅茶苦茶重い。首がもげそうだ。

 上がらない首をそのままに見える範囲を目だけで見回すと、どうやら室内のようだ。白いシーツが敷かれたベッドや消毒液の匂いがすることからここは病室かと思われる。

「見えますか?」

 鍵太郎が見えやすい角度に体の向きを変えた。視界の端に見えたのはベッドの中で管に繋がれ、意識が朦朧とした中年男性だった。ベッドの横では同じ年頃の女性が心配そうに男性を見ている。

「――――セル…」

「なぁに、あなた。どうしたの?…え?」

「…プ…セル」

「カプセル?お薬ならさっき飲んだでしょう。お願いよ…早く元気になって。小学校の生徒さんたちも心配してるのよ」

 彼は学校の教師をしているようだ。なんの病気かは分からないが痩せ具合からして末期癌だろうか。

(カプセル?奥さんが言うように薬のカプセルでいいのかな)

 息も絶え絶えでよく聞き取れない。

「タイムカプセル、処分、と言っています」

 人には聞き取れない微かな音を霊体である鍵太郎は拾っていた。

「タイム…カプセル…?」


 学校の裏庭、桜の木の下、タイムカプセルときてピンときた。

「はぁっはぁっ」

「ちょ、ちょっとあんた大丈夫?」

 重い重力から解放され、ぐったりしている状態で本から飛び出してきた僕を見て優麻ちゃんが驚いている。

「だ、大丈夫…原因分かったよ…すぐ済みそうだからもう少し見張っててくれると助かるんだけど、頼めるかな」

「別にいいけど…これくらい。でもそんな状態であの洞窟に入って何かあっても知らないよ?」

 そう言うと優麻ちゃん達は、見張りに立つために少し離れた所へ移動した。

「私も少し休んだ方がいいと思います」

「へ…へーきへーき、多分この桜の木の下にタイムカプセルが埋められてるんだと思うよ。トキさんのおはじきみたいに小さなものじゃないだろうし、見つけるのにそんなに時間はかからないと思うから、さっさとやっちゃおう」

「分かりました」

 鍵太郎に出してもらったシャベルで地面を掘った。

 幸いにもカプセルは地面を掘り始めて数分で見つかった。約四、五十センチ四方の缶だ。

 開けてみると手紙らしき封筒や小物などが入っていた。中でも一番目を引いたのは、きっちりと糊で封がしてあるA4サイズの封筒で、裏を見てみると小さな文字で”マル秘むふふ本”と書いてあり、その下には田村良夫と署名されていた。今回の銀の本の名である。この学校の卒業生だったんだな。そしてこれを処分しろ、と。

「………………」

「………………」

 僕と鍵太郎の間にしばしの沈黙が流れた。

 開封せずとも中身が何なのか分かる。世の男たちにとってのバイブルだ。そりゃあ、タイムカプセルにエッチな本なんか入れたままじゃ成仏できないよね、しかも小学校教師が!!銀の表紙なのも頷ける。頷けるが、


「こんなもんタイムカプセルに入れるなぁぁっ!!!」


 思わず力一杯、封筒を地面に叩きつけてしまった。その瞬間、傍で浮いていた銀の本がビクリと跳ねたような気がしたが気のせいだろうか。優麻ちゃん達が離れた場所にいてくれて良かった。

 僕はその封筒を近くで浮いていた本に差し出し、訪ねた。

「これを処分すればいいんですね?」

 すると封筒がフワリと僕の手から離れて本の中に吸い込まれた。……持っていくらしい……。

 満足したのか、田村さんの魂は小さな本へと姿を変えた。

「さぁ行くぞっ鍵太郎!」

「お任せください」

 紙魚たちにとって念が重いほど極上の獲物になるらしい。前回の銀の本に群がる紙魚の数と言ったら灰色の本の比ではなかった。

 もたついているとこの場にも紙魚が現れてしまうので、僕と鍵太郎は急いで空間の歪みへと飛び込んだ。



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