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ココロ物語の鍵と管理人  作者: 土の屋錦二
第二章 コレクター
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4.仮装


「小鈴姉ちゃーん、ピンクの口紅貸してー、PK315」

「やだ、あんたに貸すと返ってこないもん…なんでナンバー知ってんの」


 とある休日の原田家。栗色に染めた髪をお団子頭にした高校二年生の次女、まりが長女の小鈴にメイク道具を貸してくれと頼み込んでいる。

 目元は姉に似ているが、性格は勝気な印象を受ける。

「ケチー!ねぇっ文化祭で使える食券あげるからぁ!お願い!」

「文化祭?そう言えばそんな時期ね」

「うん、今週末うちのガッコであんの。うちの料理部すごいんだよ!知ってんでしょ?今年全国大会で優勝したんだから。お店に並ぶようなスイーツがタダで食べれるよ~」

「………………」



 僕は夢を見ているのか。それとも明日死ぬのか。

 昨日の夜、なんとあの原田さんから妹の学校の文化祭に行かないかとお誘いを受けてしまった。

 原田さんとはトキさんの一件以来、メールでやり取りをするようになっているのだ。これだけでも死ぬほど幸せなのに、まさか一緒にお出かけできる日が来ようとは!

(こっこれって、デ、デ、デートだよね!?間違ってないよね!?)

 緊張でガチガチになりながら僕は、指定された妹さんが通う高校の校門前に立っている。実はこの高校、僕と原田さんの母校でもある。

 約束の時間まであと三十分。心臓から口が出そうだ。違う、口から心臓が出そうだ。

 因みに鍵太郎には今日は遠慮してもらっている。真面目な話、高校という場所に連れて来たくなかったからだ。高校時代のことを色々と思い出して辛い思いをしてしまうんじゃないかと思ったから。

 それにいつも僕のお守りで気を張っているだろうから、たまには離れて羽根を伸ばして欲しかったんだ。


「保戸塚くん、もう来てる!ごめんね待った?」

 待ち人来たぁぁっ!!原田さんは約束の時間の十分前に来てくれた。さすがだ。色白だからボルドーのニットがよく似合う。素敵だ。

「ぜ、全然待ってないよ!今来たとこ…」

「小鈴!この男誰だよ!」

(え?)

みやび!失礼なこと言わないの!ごめんね保戸塚くん、弟妹がどうしても一緒に来たいって言うもんだから…この生意気な子は弟の雅、小三の九歳。それから…」

「いつも姉がお世話になってます、三女の和歌わかです。中三の十四歳です、初めまして」

「あ、どうも…初めまして…」


(でーすーよーねぇぇぇっっ!!!)


 そうだよ、原田さんとふたりっきりでデートとか有り得ないって思ってたさ!!僅かな間でも浮かれていた己が恥ずかしい。僕は目の前の三人に気づかれないようにそっと涙を拭った。

「おい」

「はい?」

 声をかけられて反射的に返事をした。見ると僕よりもずっと目線の低い小学三年生の雅くんが、怖い顔をして僕を睨んでいた。

「おまえ小鈴のこと狙ってんだろう!」

「へっ?」

「おれ知ってんだぞ、小鈴はいい女だからな。大抵の男は小鈴を自分のモノにしようとするんだ」

 ――――こりゃ、とんでもないシスコンだ。若干九歳にしてこれでは先が恐ろしい。

 しかし誤解だ。僕如きが原田さんを彼女にしようなんて出来るはずないじゃないか。おこがましいにも程がある。

「雅っ!!あんた何言ってんのっいい加減にしないとお姉ちゃん本気で怒るよ!」

「うぅー」

 あの原田さんがキレかかっている…お姉ちゃんなんだなぁ。何かいいな、こういうの。僕一人っ子だからこういうの憧れる。

「まぁまぁ、僕なら気にしないから。それより早く行こう?スイーツ人気があるんでしょう、なくなっちゃうよ」

「小鈴お姉ちゃんが言ってたとおり、保戸塚さんって優しいんですね」

 黒髪のボブカットが初々しい三女の和歌ちゃんだ。原田さんの妹だけあってさすがに可愛い。

「言ってたとおり?」

「はい、よく小鈴お姉ちゃんが言っ…もがっ」

「早く行こう!フォンダンショコラが絶品なんだって!」

 原田さんは和歌ちゃんの口を突然塞ぎ、引きずるように歩き出した。和歌ちゃん、息できてるかな……。

 なんだかよく分からないが、原田さんは相当スイーツが好きらしい。可愛いなぁ。


 カフェを出店している教室へ行く途中、妙な集団と出くわした。

 フランケンシュタインの格好をした人、勇者っぽい格好をした人、女装をしてるおっさん…。なんだろう、仮装大会でもあるのかな。

 中でも妖精の格好をした小学生くらいの女の子が凄い。クオリティ高いぞ。

 じっと見ていたら、隣にいたこの学校の制服を着た少女に睨まれてしまった。お姉さんだろうか。変質者と間違われたら堪らないと、僕は慌てて目を逸らした。

「あっいたいた、小鈴姉ちゃーん!」

 妙な集団の中から茶髪のお団子頭が飛び出してきた。目元が原田さんにそっくりだ。

「鞠、なにこの集団」

「それなんだけどさ~、うちのクラスの出し物仮装大会やるんだよね。一般からも参加者募集してるんだけどがなかなか集まらなくて…それでお願いがあるんだけどぉ」

「いやよ」

「まだ何も言ってないじゃん」

「参加しろって言うんでしょ、絶対嫌よそんなの」

「おねがいぃ~スイーツの食券もう一枚あげるからぁ」

「え…………」

 原田さん、かなり葛藤しているようだ。地面を見つめたまま表情が固まっている。よし、ここは男として一肌脱ぐしかないよね。妙な格好をして人前に立つのは恥ずかしいけど彼女のためだ。

「あの、僕でよければ出ようか?」

「マジで!?…って、アンタ誰よ」

「小鈴お姉ちゃんのボーイフもがっ」

「こっ高校時代の同級生よっ!それより保戸塚くん、そんなことしなくていいよ、どんな格好させられるか分かんないよ」

「優勝は無理だと思うけど参加するくらいならいいよ」

「保戸塚くん…っほ、本当にいいの?ありがとう!」

 原田さんは目をキラッキラさせて僕を見つめてきた。そんなに喜んでもらえるなら本望だ。

「おれもっおれも出るー!!」

 対抗意識を剥き出しにした雅くんが叫んだ。ホントにお姉ちゃん大好きなんだな。

「雅はいいよ、アンタが出ると暴れて衣装とか滅茶苦茶にされそう。それより…保戸塚さん?うーん、そうだな~…」

 鞠ちゃんは僕を頭のてっぺんからつま先までじっくり見ると、ポンと手を打った。

「アンタにぴったりの衣装があるよ!早速着替えて!」



 校舎独特の匂い。卒業以来だから二年半振りだ。変わっていない風景に懐かしさが込み上げる。

 着替え場所として鞠ちゃんに案内されたのは体育館に隣接しているサッカー部の部室だった。

「じゃあ着替え終わったら2年1組の教室に来てねー、卒業生なら場所知ってるよね?」

 そう言うと衣装の入った箱を僕に押し付け、鞠ちゃんは行ってしまった。部室には誰もいない。何組か服が置いてあるので、既にほかの人は着替えを終えて教室へ向かっているのかもしれない。

 それにしてもなんとも言い難いこの匂い…。僕は帰宅部だったのでこういった運動部の部室に入るのは初めてだ。じめっとしていて埃っぽく汗臭い。うん、さっさと着替えてしまおう。

 空いている棚があったのでそこに脱いだ服を置くことにした。着ていたダウンジャケットを脱ぎ、ネルシャツを脱いだところで足元をとても小さい何かが走った。

 そしてその”何か”は僕の足の甲の上でピタリと止まったのでよく見てみると先日ネットで散々見た紙魚だった。実物が僕の足にたかっている。

「ぎゃーーーーっっ!!!」

 あまりの気持ち悪さに振り払おうとしてひっくり返った。…はずだったのだが、誰かが背中を支えてくれたので尻餅をつかずに済んだ。

「紡さん!?」

「えっ!?あれっ鍵太郎?」

 そこには今日はいないはずの鍵太郎がいた。僕の悲鳴に驚いている様子だ。

「何があったんです!?」

「し、し、紙魚っ紙魚ぃぃ!!」

「まさか…!こんな所に!?」

 鍵太郎は僕を庇うように立つと鋭い目で辺りを見回した。

「……何もいませんが」

「いや違くて、化物じゃなくて害虫の方っ足っ足に!」

「もういませんよ…どこかへ行きました」

 あの鍵太郎が珍しく脱力している。どうやら醜態を晒してしまったようだ。

「なんでいるの?もしかしてずっとついて来てたとか?」

「………………」

 表情はほとんど変わらないがどこか気まずそうだ。そこでふと気づいた。

 もしかして僕は余計な気遣いをしてしまったのかもしれない。学校という場は鍵太郎にとって、辛い場所なのではないかと思い込んでいたが、本人にとっては僕と同じく懐かしい場所で、楽しかった高校時代に思いを馳せていたのかもしれない。

「ごめん、僕勝手に思い込んじゃって…鍵太郎が辛い思いをすると思ったんだ。でもそうでないなら一緒に文化祭楽しもう?」

「紡さん…ありがとうございます」

 良かった、鍵太郎嬉しそうだ。今度からちゃんと確認しよう。そうだ、仮装大会が終わったら体育館に寄ってもいいかも知れない。館内は使用されてるけどバスケットボールに触るくらいなら出来るかもしれないし。

「ところで紡さん、その箱の中身はなんですか」

「なんだろうね、鞠ちゃんは僕にピッタリの衣装って言ってたけど…」

 二人してダンボールの蓋を開けて中を覗いてみた。


 出てきたものは、……もっふもふの白い猫の着ぐるみだった。



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