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ココロ物語の鍵と管理人  作者: 土の屋錦二
第一章 分岐点
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9.和解


 小高い丘の頂上へたどり着いたのは、午後四時頃。

 陽の短いこの季節はもう空が赤く染まりかけている。


 原田家で得た情報から察するに、もしかしたらトキさんはこの一本杉の根元あたりに、おはじきを埋めたのではないだろうか。

 これは憶測でしかないが、おはじきを返す勇気が出なくてここへ埋めてしまったのではないかと思ったのだ。

 前回来た時と同じく、トキさんの本が何かを訴えるように一本杉の近くで浮いている。

 とにかく僕はこの辺りを掘ってみることにした。


「って、シャベル持ってくるの忘れたーーーっっ!!!」

 せっかくこんな所まで登ってきたのにまた戻るのか!?

「どうぞ」

 シャベルが差し出された。

「鍵太郎~~~!!おまえ便利だな!!」

「お褒めに預かり光栄です」

 何故かドヤ顔で嬉しそうだ。

 おはじき探しは鍵太郎も手伝ってくれた。二人で掘ること数時間。すっかり日は落ちて街灯も何もないこの丘は闇に包まれて真っ暗だ。途中、鍵太郎が出してくれた懐中電灯のお陰でなんとか掘っていられるが、本当にここに埋まっているのか不安になってきた。

 手には肉刺ができて腰も痛い。薄着で来てしまったので体がすっかり冷えてしまった。

 でもまだ頑張れる。

 少し前の僕ならこんなに長時間外に居たら、そろそろ発作を起こしそうなものだが、今は何故かその気配がない。


 気持ちが高揚しているのだ。

 魂を浄化させるなんてどこかで絶対に無理だと思っていた。

 でもトキさんを救う方法が分かって”もしかしたら”と思ってしまったのだ。

 幼い頃からずっと人に迷惑ばかりかけて、いつも何かをしてもらうばかりだった。でももしかしたら、今回の件でこんなヘタレな僕でも人の役に立てるかも知れない。

 もしかしたら僕は変われるかもしれない、そう思うと胸が高鳴った。


 いい加減、一本杉の周りを穴だらけにしたところで、シャベルの先がなにか硬いものに当たった。

 先程から何度も石に当たっていたので、またかと思ったが、音が金属のような音だった。

 掘り進めていくと出てきたのは昔懐かしい缶入りドロップだ。だいぶ錆びてはいるがまだ原型をとどめている。

 軽く振ってみるとカラカラとなにか硬いものが入っているようだったので、錆び付いた栓をシャベルの先を使ってテコの原理で開けてみた。

 中から出てきたのは―――――。


「―――――あった………っ」

 ようやく見つけた。春子さんのおはじき。

 油紙に丁寧に包まれたガラス製のそれは、何十年と長い年月を経ても輝きを保っていた。

「あったよ鍵太郎、やっと見つけた…!」

「はい、春子さんに渡してあげましょう」

 僕はそばに佇んでいる本を振り返って言った。

「このおはじきは必ず春子さんに届けます。もう少し待っていてくださいね、トキさん」

 本は応えるように少しだけ揺らいで見えた。



 翌日。

 体中が筋肉痛で悲鳴を上げていたが、早くおはじきを渡したい気持ちが勝り、再び原田家の前に来ている。

 おはじきは剥き出しのままだ。缶と油紙は元の場所へ埋めてきた。これはあくまで崖下から拾ってきたということにするためだ。その方が春子さんも納得してくれるだろうと思ったから。

 呼び鈴を鳴らすと、しばらくして杖をついた春子さんが出てきた。

「あら昨日の…保戸塚くんだったかしら。小鈴なら留守にしてますよ」

「あ、いえ…今日はあなたに用があって――――これを…」

「?、なにかしら」

 おはじきを差し出すと、春子さんは鼻に乗せてあった老眼鏡をかけ直し、僕の手のひらを覗き込んだ。

 白内障を患っているのか、白く濁りかけた目が見る見る大きく見開かれていく。

「………これ…これは……この少し欠けたおはじきは…まさか――――」

 春子さんは震える手でおはじきに触れ、信じられないものでも見るように僕を見た。

「あなたまさか、見つけてきてくれたの?私のおはじきを…あの崖の下から!?」

「はい」

「まぁ!なんて危ないことを!――――ああでも、そう…まだあの場所にあったのね…っ」

 春子さんは僕からおはじきを受け取ると愛おしそうに撫で、亡き姉を想って涙を流した。

「きっと姉も浮かばれると思うわ。保戸塚くん、本当にありがとう」

「いえ、喜んで頂けて良かったです。それじゃ、僕はこれで」

「ちょっと待って。あなたに渡したいものがあるの」

 春子さんは一度家へ入るとしばらくして戻ってきた。

「これ、受け取ってくださる?」

 渡されたのは手のひらに収まる小さな白いお守り袋だった。古いものなのか生地が黄ばんでいる。

「これは…?」

「子供の頃、姉が着るはずだったワンピースの生地を使ってお守りを作ったの。姉は私が怪我をした大元の原因がワンピースを欲しがった自分の我が儘だと思ってたみたいで、頑として袖を通そうとしなかったのよ。結局一度も着ることなく成長してしまって、ずっと箪笥の奥に眠ったままだったの。姉が亡くなって遺品を整理してたら出てきてね、どうしても処分できなかったから…」


 トキさんはあの白いワンピースを一度も着なかったのか。

 あの時代の洋服なんて、年頃の女の子にとっては憧れの服だっただろうに。

「こんな何十年も経って、このおはじきが戻ってくるなんて夢にも思わなかった。あなたには本当に感謝しています。――――だから、はい。あなたを危険から守ってくれますように」

 春子さんはカサついた、でもとても温かい手でお守りを僕の手に握らせてくれた。

「……ありがとうございます」

 僕は素直に受け取った。これはトキさんに渡すべきものだと思ったからだ。



 原田家を後にして、昨日と同じくあの丘へ向かった。ここ連日通っているのですっかり慣れたものだ。

 一本杉のもとへ着くと、僕はトキさんの本の前でお守りを差し出してみた。

「トキさん、春子さんはおはじきを喜んで受け取ってくれましたよ。それからこれを預かってきました」

 白いお守りは僕の手のひらから僅かに浮くと、そのままゆっくり本の表紙に吸い込まれるように消えていった。

 トキさんが受け取ってくれたのだ。

 すると扉ほどもあった大きな本が、白く淡く光りながら小さくなり、通常の本の大きさ―――A5判と言われるサイズだ―――になった。

『ありがとう』

 光が消える直前に聞こえた子供の頃のトキさんの声。

 重力に従い、落ちてきた本を手にした瞬間、トキさんの思念が頭の中に流れ込んできた。


 ――――おはじきを返したい。でもあの時の出来事を蒸し返すようで怖い。

 ――――春子は気にするなと言ってくれた。でもおはじきを見せたらあの時のことを思い出して気が変わるかも知れない。


 やはり怖かったのだ。怖くておはじきを返すことができなかった。

 でも春子さんはおはじきを受け取ってくれた。そしてトキさんが一度も袖を通さなかった白いワンピースで作られたお守りを、トキさんは受け取った。

 これは真に和解できたといっていいだろう。トキさんは己を許すことができたのだ。


 できた。僕にも。


「僕はヘタレでメンタル最弱で人に迷惑かけっぱなしで、いいとこ一つもないけど」

 腕の中のトキさんの本を抱きしめた。

「ひとつだけ自慢できることがあるんだ」

 人の役に立てたという確かな証がここにある。

「物心ついた時から人前で泣いたこと一度もなかった…のに……っおまえの前で泣いちゃったら唯一の自慢がなくなる…!」

 涙をこぼすまいと必死に堪えていたのに鍵太郎が余計な一言を言った。


「大丈夫です。私は人間ではありませんから――――」


「うぅ……っ!ひっく…っ………っ」

 鍵太郎が言外に泣いてもいいのだと言ってくれたが、この十数年、たった一つだけ守ってきた矜持がそれを許せず、歯を食いしばったが見事に失敗した。困ったことに涙が止まらないのだ。


「紡さん、どうやらこのあとが大変そうです」

「え?」

 ぐすぐすと鼻を鳴らしている僕に、例の手帳を見ながら鍵太郎が言った。

「これからこの本をあの方のもとへ届け、委ねることでトキさんの魂は成仏されるようなのですが………」

 ですが…、なんだ。嫌な予感がするぞ。

「”蟲”に喰われないように本を守りながら行かなければならないようです」

「ムシぃ?」

 するとどこからともなく黒い霧が立ち込め始めた。背中がゾワゾワする。

 昼間の明るい丘だったはずのこの場所が、見る間に夜のような暗闇に染まった。

 鍵太郎は僕を背に庇うように立ち、闇の中の一点を睨みつけている。今までに見たことのない険しい表情に、これから何が起こるのか容易に想像ができた。

「かっ鍵太郎…!」

「私から離れないでください。――――来ます」


 その瞬間、周りの音が全て止まった。

 風にざわめいていた木々や草、小鳥のさえずり、虫の声。全くの無音だった。

 ただ一つだけ、カサリ、カサリと、草を踏みしめて近づいて来る足音。未知の恐怖に鼓動が早まる。

 やがて黒い霧の中から、僕たちの前に徐々にその姿を現した。


 鍵太郎は”蟲”だと言っていたが、その姿はひょろりとした細身の人の形をっとっており、腰から三本の刺のような尻尾と、頭からも同じく刺のような二本の触覚が生えていた。衣服は付けておらず、剥き出しの肌はくすんだ銀色の細かい鱗にびっしりと覆われている。

 顔を見ると、両目はポッカリと穴があいたように真っ黒で、眼球があるのかどうかも分からない。口は大きく裂け、”目当ての物”を見つけて歓喜に歪んでいた。


 僕と鍵太郎の前に現れた蟲は、間違いなく化物だった。



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