0.少年ヒーロー(失敗)
中学に進学して数ヶ月。
小学生の時とは違う通学路にすっかり慣れた少女はいつものように学業を終え、夕暮れの住宅街をひとり黙々と歩いていた。アスファルトに夏の名残が熱となって地を這っているが、肩まで伸びた髪をゆらす風はもう秋のものだ。
この先の十字路を左に曲がると小さな公園が見えてくる。部活動をしているので夕食前のこの時間は子供たちが遊んでいることはない。
しかし今日は違った。
こんな時間に複数の子供が遊んでいるのだろうか、だいぶ賑やかだ。公園に近づくにつれ会話の内容が聞こえてくる。
「や、やめてよぉ、返してよう」
「聞っこえませ~ん!てか、おまえ幼稚園児じゃねーのかよドチビ!生意気にランドセル背負ってんじゃねーよ!こんなもん捨ててやれ!」
「あっ」
虐めだ。かなり小柄な、風が吹けばポキリと折れてしまう小枝のようにやせ細った少年が、小学校高学年と思しき少年三人に囲まれている。その中のひとりが小柄な少年のランドセルを容赦なく、近くにあったゴミ箱に放り投げた。
それだけでは飽き足らず、恐らくこの”群れ”のボスであろう、腹の出た少々肥満気味の大柄な少年が、小柄な少年の襟首を掴んで後ろに引き倒した。それを合図に理不尽な暴力が振るわれる。その一部始終を少女はただ、見ていた。
初めて見たのだ。実際に人が人を殴る一方的な暴力を。
初めて聞いたのだ。靴の底が腹にめり込む音、拳が頬の皮膚にぶつかる音を。
「やめろよ!」
恐怖で足が竦み、公園の入口で動けずにいた少女の横を走り抜けていく少年が一人。この少年もまただいぶ小柄だが、少女と同じ中学生のようだ。身に纏っていた制服が隣町の中学校のものだと少女は記憶していた。
「なんだお前!」
「いや、なんだって言われても…とにかく多対一ってのはズルイぞ。あと暴力もダメだぎゃ!!」
語尾が妙だったのは殴られたせいだ。颯爽と助けに入ったものの、あっさりと叩きのめされた。
邪魔をされた大柄な少年は、腹いせにと自ら飛び込んできた獲物に標的を変える。
小柄な少年の代わりに無残にも、ヒーローになり損ねた中学生の顔の形が変わっていく。そのうちに群れていた少年たちも殴り疲れたのか気が済んだのか、陳腐な捨て台詞を吐いてその場を後にした。
後に残された小柄な少年二人。一方はランドセルを抱きしめ泣きじゃくっている。もう一方は顔も制服もボロボロだったが、優しい笑顔で泣き止まぬ少年に何か話しかけているようだった。
少女は逃げ出していた。
遠ざかる彼らに助けを呼んでやれなかった罪悪感が込み上げる。
この時の出来事は少女の胸に小さな刺となって残ってしまった。




