授業
「あれ、どうしたの?」
部屋から出ると紅玉が壁に寄りかかっていた。
「いや、教室同じだしどうせなら一緒に行こうかなって思って…嫌ならいいけど…」
「ううん、一緒に行こ。教室どこだっけ。」
「確か、実習室。今日から実際に魔法を習うから先輩とやるって。」
「そっか、じゃ急いでいこう。」
若干早歩きで廊下を歩いた。
「ねえ、気になってたんだけどさ、何でいつもフード被ってんの?」
紅玉が不思議そうに首を傾げながら聞いてきた。
「あ、えっと、頭に大きな傷があるの、それを隠してるの。」
「あー、そうだったんだ。ごめんね、変なこと聞いて。」
本当にすまなそうな紅玉の顔を見ていると、罪悪感が胸を焦がしていくのが分かる。
「ううん、大丈夫。私も気になってたんだけど、どうしていつも目に包帯を巻いているの?」
「えーと、僕の目は病気にかかって失明しちゃったんだ。」
「え、ご、ごめんなさい。」
「ううん、平気、平気、もう慣れちゃった。僕達、傷物仲間だね。」
紅玉の言い方に永遠は噴き出した。
「あははは、何そのネーミング。」
「うん、自分もちょっと変だって思ってる。」
「自覚あるんだ!」
「うん、でも、良かった。永遠さん笑ってくれて。」
「え?」
「ううん、何でもない。あ、着いたね。」
紅玉の言葉に何か引っかかりを感じながらも紅玉が開けてくれたドアを通り抜けた。教室に入った瞬
間、ざわめいていた声がぴたっと静まりかえり静寂が漂った。
「お、ちょうど言いや、静藍先生がすぐに行くから静かに待ってろってさ。」
紅玉はそう言うとさっさと空いている席に向かっていった。永遠もそれにならって、一番後ろの席に向かって歩いていった。
席の通路にさしかかった時、不意に足が飛び出してきた。永遠の足は引っかかり、さらに飛び出してきた足がすくい上げるように動いたため、永遠は顔から無様に床へと突っ込んだ。
「う・・・。」
衝撃に息がつまり思うように呼吸ができず、さらに脱臼した肩に激しい痛みが走りわたっていたため、
すぐには起き上がれなかった。
足が飛び出してきた席へと顔を向けると、そこには零がすました顔で座っていた。
クスクスと笑い声が聞こえてきて、そちらに顔を向けると零の取り巻き達があざ笑うように笑っていた。
恥ずかしくて顔が赤くなっているのを自覚しながら、なんとか体勢を整えて席に座るのと、準備室から静藍が教室に入ってくるのがほぼ同時だった。
「遅れて悪い、それじゃあ授業を始めるか。」
静藍はそう言うと、さっさと机に向かって歩いていった。
「えーと、今日の授業は実際に魔法を使ってみるんだよな。そもそも魔法というものはどういうものなのか二年生の中で誰か答えてくれ、それじゃあ零言ってみろ。」
静藍が指名すると零は椅子から立ち上がった。
「魔法というものは、主に人間の中にある魔力を引き出して呪文を言い成り立つものです。」
「そうだな、しかし例外もある。魔力が少なすぎて引き出す事が難しい場合と、これはほとんど無い
が、魔力が多すぎて引き出せない場合だ。魔力が少ないのは魔法を使う事を諦める、もしくは魔法を使える者に自分の魔力を使ってもらうことができる。魔力が多いのは魔法道具を使う。魔力を引き出したときに魔法道具を通して魔法を使う方法だ。一番有名な話は『八人の魔法使い』だな。」
静藍の説明を聞くと皆納得したように頷いた。
「それでは、実際に魔法を使ってみるか、今日は火の魔法だ。まずは手本をみせる。」
静藍は右手を体の前に出し、しばらく待っているとやがて呪文を唱えた。
「手の中に舞い踊りし炎よ我が目的へ飛び向かうのだ」
静藍は呪文を唱えると、指をパチンと鳴らした。すると、何も無かった空間から突然火柱があがった。
「っとまあ、こんな感じだ。分からない事があったら二年生か先生聞くように。そんじゃだいたい六人
くらいで集まってやってみるように火傷に注意しろよ。」
静藍がそう言うと、皆興奮したように立ち上がって、六人のグループになり始めた。永遠は、いつも一
人余って先生とペアを組むことになるのでそれまで待っていた。やがて、グループができあがり呪文を唱える声が聞こえ始めたので静藍の所へ歩いていった。
「なんだ永遠、また余ったのか。しょうがないな。」
ため息をつきながら静藍は永遠の所へ歩いてきた。
「いいか、まず自分の中に燃え上がる炎を想像してみろ。」
静藍に言われたとおりに想像してみると何も無い所で、燃え上がる炎が渦巻いているのが想像できた。
「そうしたら、その炎が指先に集まるのを想像して呪文を唱えるんだ。」
そのように想像すると、やがて渦巻いていた炎がゆっくりと指先に伝ってきた。
「手の中に舞い踊りし炎よ我が目的へ飛び向かうのだ」
しかし、いくら待っても静藍のように炎が出てくることは無かった。
「…先生、いくら待っても炎出てこないんですけど。」
「え?そんなことは無いはずなんだが、もう一回やってみろ。」
静藍に言われたとうりもう一回やってみたがどうしても指先から先には何かに遮られているかのように
進めなかった。
「あっれー、おっかしいな。今まで魔法が出来ないやつなんていなかったんだが。」
静藍は頭をかきむしりながら眉間にしわを寄せていた。
「せんせーい、ちょっと来てくださーい。」
「ああ、今行く。」
静藍は他の生徒に呼ばれて「ちょっと待ってろ。」と永遠に言いさっさと大股で歩いていった。
やがて、静藍は紅玉を連れて戻ってきた。
「なぜだ、魔法が使えないやつが二人もいるなんてこんな事初めてだぞ。」
「あれ?じゃあ、永遠さんも炎出てこなかったの?」
「うん…っていう事は紅玉君も出来なかったの?」
思わず二人は顔を見合わせた。
「それじゃあ、私がお前らの魔力を引き出せるか確認してみよう。まずは紅玉からだ、手を出せ。」
紅玉が言われたとうりに手を出すと、静藍はその手を掴んだ。
「えーっと、魔法は火でいっか。」
静藍はそう呟くと目をつぶって呪文を唱えた。
「手の中に舞い踊りし炎よ我が目的へ飛び向かうのだ」
しかし、いくら待っても炎は火の粉さえも出てこなかった。
「・・・嘘だろ、こんな事今まで無かったぞ。じゃあ、次は永遠だ。」
静藍は紅玉の手を放すと、永遠の手を掴んだ。
けれど、やっぱり紅玉と同じように炎は出てこなかった。
「・・・もしかして、お前らには魔力が無いのか?」
「え!?そんな・・・。」
孤児である私達にとって魔法とは一つの希望だった。そんな魔法さえ使えないなんて私には希望を持つことも出来ないと言われたようなものだった。
「とりあえず、他の先生達にも聞いてみるからそれまで実習は見学な。」
その静藍の言葉は永遠には静藍には何も出来ない。と言われているように感じた。
「え~っ!!やだ、永遠と紅玉、魔力が無いの~!?」
不意に大声が聞こえて、驚いて声の聞こえたほうを向くと、そこにはわざとらしく口元に両手をあてて
大声を出した零がいた。
「え!?、まじかよ、それ本当!?」
「やっだ~、かわいそう~。」
「ちょっと、永遠と紅玉の魔力が無いってほんと?」
零の大声は教室中に響き渡り、永遠たちは瞬く間に質問攻めになった。
「お前たち、今は授業中だぞ!!」
静藍は声を張り上げたがたいして効果は無かった。
永遠はクラスメイトたちの隙間から永遠の様子を見てほくそ笑んでいる零を確かに見た。
その夜、静藍は一人琥珀が起きないように照明を落とした暗い部屋の中八枚の書類を机に並べていた。
「紅玉、永遠、琥珀、翡翠、菫青、瑠璃、陽、陰。この八人が魔法が使えないと報告が来ている。この八人は偶然か?いや、それとも・・・」
その静藍の呟きは誰にも聞こえなかっただろう。
「もしかして、選ばれし者たちだったら・・・?」
すぐそばでは琥珀がすやすやと寝息を立てていた。