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八人の魔法使い  作者: 小伽華志
サトラ・ミナ編
2/29

助けて!



「万物を形づくる水よ我が求める姿に変えるのだ!」


 呪文を唱えると同時に大量の水が、一人の少女を襲った。


 少女は、学校支給のグレーのローブのフードを深くかぶり、かろうじて見える瞳は、真っ黒な色をしていた。


 水は、まるで縄のように容赦なく少女の体を締め上げ、こじ開けるかのように口の中へ入ってきた。


 「さすが零、この魔法この前習ったばっかりじゃない。」ただ囲んで眺めていた取り巻きの一人が魔法を使った仲間に話しかけた。


 れいと呼ばれた少女は、自慢の太陽に当たると薄ピンクに見える茶髪ををポニーテルに結わえながらピンク色の瞳を細めてしばらく満足そうに自分の魔法を眺めていたが、やがて固まったゼリーの様な水に近寄って言った。 


「どう?苦しいでしょう?あんたのためにわざわざ練習したのよ。ありがたく思いなさいよね。」


 少女は、学校支給のローブのフードが外れないように端を押さえながら、聞こえるはずもないのに、口を動かした。


 「苦しい、どうして?どうして私がこんな目にあうの?」


 唇の動きから言いたい事を読み取った零は、余裕そうな笑みが顔から一瞬で消え、代わりに憎しみに満ちた表情で言い放った。


 「どうして?こっちのほうが聞きたいわ。どうしてあんたなんかが永遠とわなんてたいそうな名前なんか付けてもらえたのよ?どうしてあんたなんかが先生たちに気にかけてもらえるのよ?あんたなんか大嫌い!あんたなんか、あんたなんか!」


 そして、水をさらにきつく強く巻きつけた。


 …痛い…苦しい…お願い…誰か…助けて…助けて…助けて!





 「…?」


 「んー琥珀どうかした?」


 琥珀こはくと呼ばれた少女は、しばらく首をかしげていたが何でもないと言う様に首を横に振ってから、部屋に来ていた猫と遊ぶのを再開した。


 「そっかぁそれならいいや。なー琥珀もそろそろ授業に出てみないか?きっと面白いぞ。」


 声をかけた静藍せいらんは何気ないようにきいてみたが、琥珀は今度は嫌だと言う様に首を横に振った。


 「そうか嫌かぁ、でもこのままじゃ友達もできないぞ?それでもいいのか?」


 今度は、だめもとで静藍も聞いてみたのだが、琥珀は遊んでいた手を止めて、猫を抱きかかえるとそこに顔をうずめた。この体勢に入るともう、しばらくは話しかけないでという意味になる。


 静藍も諦めて仕事に集中した。


 (…痛い…苦しい…)


 「…!?」


 琥珀は、突然顔を上げて立ち上がると、唐突に聞こえてきた謎の声に意識を集中させるべく目をつぶり

頭を両手で抱えた。


 「琥珀?どうした?何かあったのか?」


 静藍は何か起こった事を敏感に感じ取り、急いで琥珀に近寄った。


 (…お願い…誰か…助けて…助けて…助けて!)


 「琥珀!ちょっと待てどこへ行く!」


 静藍の声に耳も傾けず、琥珀は、猫を抱きなおしてから金髪の髪を振り乱し飛び出していってしまった。


 静藍は慌てて琥珀の後を追いかけた。





紅玉こうぎょくは、ただどこへ行くでもなく廊下をぶらぶらと歩いていた。


 「どうしよっかなぁ、中庭でもいこっかなぁ。」


 と、行き先の決まったその時、見たこともない金髪の少女が猫の鳴き声を残しながら、紅玉の横をすり抜けていった。


 「わ!危ないな、何かあったのか?」


 紅玉はためらいながら目に指を伸ばしたが、思い出したように止めるとそのままもとの体勢に戻った。


「…駄目じゃん、こんな事に使ったら。」


 紅玉は呟くと、少女が駆けていったのと逆の方向に歩いていった。


 (…何だろう、なんか変な感じ)


 まるで、置いていかれたようなそんな寂しい感じがした。


 (なに、この何かに呼ばれたような引き寄せられる感じは)


 「…もう、どうにでもなりやがれ。」


 紅玉は、急いで少女の後を追って走っていった。





「菫青、すまん琥珀を見なかったか?」


 静藍は、たまたま廊下を歩いていた菫青きんせいに訪ねた。


 「先生、琥珀って誰ですか?」


 「あ、そっか、すまん金髪のロングヘアで猫を抱きかかえた少女なんだが…」


 菫青の当たり前な質問に拍子抜けしながらも静藍は答えた。


 「先生、ちょっと待っていて下さい。」


 菫青は静藍に言うと、耳に付けていたヘッドヒォンを取った。


 (…ニャー…ピイイイイイイイイイイイイイイイイ…行かなきゃ!)


 「どうだ、見つけたか?」


 「先生、琥珀って子なんか永遠が関係している騒ぎに向かってるみたいなんですけど。」


 「騒ぎ?あいつは何がしたいんだ、とりあえずそこに連れてってくれ。」


 二人は、廊下を走っていった。





 (舞の練習に行こっと。)


 瑠璃るりは、音楽室を目指して廊下に出て、階段を駆け下りた。


 階段の真ん中あたりに来たときだった。突然話し声が聞こえてきた。


 「さすが零、この魔法この前習ったばっかりじゃない。」


 瑠璃は、おもわず背中を壁に押し付け、聞き耳を立てた。


 「どう?苦しいでしょう?あんたのためにわざわざ練習したのよ。ありがたく思いなさいよね。」


 (なに?なにに話しかけているの?)


 瑠璃は、向こうから見えないようにそーっと顔を出した。そして、自分の目を疑った。そこには、ゼリーのように固まった水の中にいるフードを押さえた少女が、しきりに口を動かすのを数人の女子がにやにや笑いながら眺めていた。


 「どうして?こっちが聞きたいわよどうしてあんたなんかが永遠なんてたいそうな名前なんか付けてもらえたのよ?どうしてあんたなんかが先生たちに気にかけてもらえるのよ?あんたなんか大嫌い!あんたなんか、あんたなんか!」


 そして、おそらく魔法を出した一人が、水をさらにきつく強く少女の体に巻き付けた少女は、苦しさに顔を歪ませていた。


 (どうしよう!このままじゃ死んじゃう!どうすれば…そうだ!)


 瑠璃は、声が出なくなった時にもらったホイッスルを学校配給のグレーのローブの中から取り出して握り締めると、女子たちの前に姿を現した。


 「なによあんた、なんか用?」


 周りでにやにや笑っていた取り巻きの一人が、瑠璃に気づいて近づいてきた。瑠璃は、黙ってゼリーのように固まった水を指差した。


 「なに、別にあんたには関係ないでしょ、それともあんたもこうなりたい?」


 女子は、まるで愉快なことを思いついたように薄笑いを浮かべながら仲間を呼んで瑠璃のほうに向きなおった。


 瑠璃は、自分の体が震えていることに気づき、手を握り締めると前を向いた。


 「なによ、ずいぶんと生意気じゃない?あんた、なんかできるの?ほら震えているじゃない、大丈夫でちゅかー?お姉さんと一緒にお部屋に帰りまちゅかー?」


 と、馬鹿にしたように言うと、周りの取り巻きたちは、爆発したように笑った。


 瑠璃は、負けないようににっこり微笑むと、握り締めていたホイッスルを出し、おもいっきり息を吹き込んだ。



 ピイイイイイイイイイイイイイイイイイ



 甲高い音が、廊下中に響き渡った。





 「よ、氷の吸血鬼。」


 「やめて下さい。そのあだ名好めないんです。」


 「ヒュー、真面目でクールだねぇさっすが氷の吸血鬼。」


 「だから、やめて下さい。」


 いつも通りの会話のはずなのになぜか胸騒ぎを感じた。


 (なんだろう、なんか嫌な感じ。)


 治まらない胸騒ぎを抱えながら、クラスメイトのりょうの話に耳を傾けていた。


 「ねぇ、知ってた?静藍先生の部屋にさ、金髪の美少女がいるんだって。なんでも、授業に出ている姿を見た人が一人もいないんだって。羨ましいよな、俺だって授業出たくないよ。」


 「いけませんよ、そんなこと言っては。僕たちは、授業を受けなければここにはいられないんですか

ら。第一、その美少女さんにもなにか授業に出られない理由があるのではないでしょうか。」


 涼はきょとんとした顔になると、不意にため息をついた。


 「やっぱ真面目だわ、さっすが氷の吸血鬼。」


 「だから、そのあだ名やめて下さい。」


 生まれつき、口から八重歯が少しだけ飛び出していたことと、なにがあっても笑わないことからついたあだ名が、「氷の吸血鬼」だった。翡翠ひすいは、そのあだ名があまり好きではなかった。そのあだ名を聞くといつも額にある鍵穴型の痣がちりっと疼く。この日もそうだった。


 とつぜん疼いた痣は、燻ぶる様に痛んだ。


 「痛っ…。」


 「どうした?氷の吸血鬼?なぁ、氷の吸血鬼?」


 心配そうな涼の口から氷の吸血鬼と発せられるたび、痣は、痛みを増していた。


 (やめてくれ、その言葉を言うのをやめてくれ。)


 痛みに耐え切れなくなった翡翠は、気付いたら涼に向かって怒鳴りつけていた。


 「だからやめて下さい!僕の名前は、翡翠なんですそれくらい知っているでしょう。」


 「翡翠?俺なんか嫌なこと言ったか?」


 はっと気付いた時には、涼は、驚いたように目を見開いていた。


 翡翠は、自分が恥ずかしくなった。彼には悪気は無かったのだ。ただ、二人の間には居心地の悪い空気が流れていた。


 「…失礼します。」


 呟く様に言うと、俯いて彼の横をすり抜けた。


 「氷の吸血鬼、か。」


 遠くまでくると、翡翠は、立ち止まり、独り言のように呟いた。いつから呼ばれるようになったのか、そのあだ名は、翡翠の八重歯の事を指していた。口から飛び出した八重歯。これがどんなに忌々しいものか、誰にも分からないだろう。



 ピイイイイイイイイイイイイイイイイイ



 突然ホイッスルの音が、聞こえた。このホイッスルの音は、瑠璃のホイッスルの音だ。学校に来た時から声が出なかった瑠璃の緊急時のために静藍先生が持たせたホイッスルの音だった。


 「瑠璃さん!」


 翡翠は、笛の音に向かって走った。





ピイイイイイイイイイイイイイイイイ


 「お、なんだ?」


 「何かがおきそうな予感…」


 よういんは、二階の廊下の階段の手すりから身を乗りだした。


 そこには、鳶色の髪の少女が、数人の女子と向かい合って、おそらく彼女が吹いたのだろうホイッスルを口から放したところだった。


 「なによ、あんた邪魔する気?!」


 と、先頭にいた女子が、少女の三つ編みを引っ張った。


 「あーあ、あんな事して、これ完璧いじめじゃね?」


 「どっからどう見てもいじめにしか見えないよね。」


 「ねえ、ちょっと待って!あれ見て!」


 「え?どれ?」


 陰に言われて、さらに身を乗りだしてみると、奥のほうには、フードを押さえた少女が魔法の水のなかに閉じ込められていた。


 「なるほど、あれを見てホイッスルを吹いたんだね。」


 「そういうこと、僕の考えていること分かる?」


 「多分、私の考えていることと同じだと思う。」


 「じゃ、そろそろ行きますか。」


 「正義のヒーローになりますか。」


 二人で、顔を合わせてニヤッと笑うと、次の瞬間、手すりを飛び降りて、1階に着地した。


 「水遊びとは、風流ですね。」


 「しかし、こんな暗い廊下でやるもんじゃありませんよ。」


 「どうせなら中庭がいい。」


 「あそこなら明るくて暖かい。」


 「はっ!?あんた達なに言ってんの?!」


 突然の登場に驚いて三つ編みを引っ張っていた女子は、思わず鳶色の髪少女の三つ編みを離してしまった。その隙に陽と陰は、鳶色の髪少女と引っ張っていた女子の間に入り込んだ。


 「おや、遠回しに言っても通じませんか。」


 「単刀直入に言えば、その事を言ってるんですよ。」


 そう言って陽と陰は、ゼリーの様な水を指さした。


 「ああ、あんた達もこれが気になるの。別にこいつが気に入らないだけ。」


 おそらく魔法を出した張本人だろう。彼女は、腕を組むとふてぶてしい態度で言い返した。


 「そろそろ来るよあと三十秒くらい。」


 陰は、こっそり陽に耳打ちした。


 「最後の警告です。これから数える十秒のうちに逃げるなら逃げてください。」


 「は?あんたの指図なんて受けないわよ。」


 女子達は、にやにや笑って逃げるそぶりすらない。陽は、肩をすくめると手を出してカウントダウンを

始めた。


 「十、九、八。」


 陰がカウントダウンを続けた。


 「七、六、五。」


 その声に陽が声を重ねる。


 「四、三、二、一。」


 一と言った瞬間、一人の赤髪少年が、廊下の角から飛び出してきた。



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