新・旧八人の魔法使い
艶麗が消えた後、人々はしばらく言葉を失っていたが、突然誰かの携帯電話の着信音が鳴り響き、それをかわぎりに部屋の中は騒然となった。
「い、今のが艶麗?!」
「お、俺、艶麗に会っちゃったよ!?」
「お、おいあの女この町を狙うとか言ってたよな・・・?」
「至急、各議員に連絡を!!あ、国王のお耳にも入れなければ!!」
「本当です!艶麗がたった今確かにサトラ・ミナを狙うと宣言しました!!嘘じゃありません、信じてください!!」
艶麗に驚いた者、艶麗の言葉に怯えている者、指示を出している者、携帯電話に向かって叫んでいる者
の声が一斉に耳に飛び込んできた。
「て、いうかあいつ、選ばれし者に『力』があるって言ってたよな。」
その呟きは、一瞬だけ静かになった部屋中に響き渡った。
「・・・確かに、その『力』とやらがあれば、艶麗も倒せるんじゃないか?」
「俺、聞いたぞ!あの女が選ばれし者に『力』があるって言ってたの!!」
「おお!俺も聞いたぞ!」
「私も・・・」
「あたしだって聞いたわよ!!」
ふと気が付くと、永遠達はぎらぎらと嫌な感じの光を目に宿らせた人々からじっと見つめられていた。
そのまとわりつくような視線にたじろぎ、思わず眉を顰めた瞬間、
ぱちぱちぱち。
と、場にそぐわない控えめな拍手が聞こえた。
音のした方を見ると、そこにはにこにこと微笑んだあの品の良いおじいさんがのんびりと手を叩いていた。
「やっぱり、生徒さん達が選ばれし者でしたね。おめでとうございます。さて、それでは魔法学校の生徒の方々はバスで学校にお戻りください。ご協力ありがとうございました。八人の生徒さんは、お話があるのでこの場に残っていてください。」
おじいさんの鮮やかな指示に政府の人達や先生達は、自分達がやることを思い出し、そそくさと細かい指示を飛ばしたり、生徒を集めたりし始めた。
おじいさんは、さっと人ごみに目を走らせると、静藍に目を留めるた。
「ああ、そこの・・・黒髪の眼鏡の先生。生徒さん達と話があるので、先生も戻ってください。」
静藍はきょとんと自分を指差したが、すぐに自分のことだと気付き、近くにいた先生に「後は頼みま
す。」と声をかけると、永遠達の方に歩いてきた。
「おー、永遠サンキューな。おぉ、琥珀が懐いとる。」
永遠の背中を覗き込んだ静藍が驚いたように声を上げると、琥珀は照れくさそうに俯き、手を伸ばして静藍のローブの後ろにしがみついた。
「おーい、琥珀。皺がよる。気を付けてくれ。琥珀さーん。」
静藍と琥珀のやりとりを微笑ましく見守っていたが、ふと視線を感じ、振り向くとそこには零が永遠を
睨みつけているところだった。
永遠に気付くと、零は声を出さずに唇だけを動かした。
やがて、生徒達がバスに乗るための移動を始めると、零はその後に続き、歩き去っていった。
「お・ぼ・え・て・い・な・さ・い・よ。」___「憶えていなさいよ。」
これが、零のメッセージだった。
永遠は背筋がぞくっと震えた。
「では、改めまして選ばれし者。おめでとうございます。」
右腕にタブレット端末を抱えたおじいさんは、辺りから人がいなくなると、永遠達に近づき、そんな風
に話を始めた。
「私の名前は、染太郎と申します。これから先、なにかと大変でしょうが共に頑張りましょう。よろしくお願いします。」
おじいさんは、丁寧に自己紹介すると、ふかぶかと頭を下げた。
永遠は、染太郎の丁寧な物言いに好感を持った。
「私は、静藍と申します。ほら、お前達も挨拶しろ。」
静藍は、お辞儀をすると、永遠達をつついた。
先生、それではまるでお母さんのようですよ・・・・・・
永遠達はそんな気持ちを押し殺し、それぞれ自己紹介をしていった。
「皆さん、丁寧な自己紹介ありがとうございます。それでは今後のことについて話し合う為に、ちょっと場所を移動しましょうか。」
染太郎の言葉で、十人はぞろぞろと隣室に移動した。
そこは、部屋の真ん中に大きめな机が置いてあり、その机を挟んで向かい合う形にソファーが配置され
ていて、話し合うにはうってつけの場所だった。
「さて、それではこれからのことについて話し合いましょう。皆さんは魔法学校の中学部の一年生ということでしたので、十四歳で間違いないでしょうか?」
ソファーに腰掛けるなり切り出した染太郎の質問に、皆それぞれ頷いた。
永遠は暮らしている魔法学校は、八歳の一年生から十三歳の六年生までが小学部、十四歳の一年生から二十歳の六年生までの中学部、さらに、八歳から下の年齢の孤児院棟の三つに分かれて生活しているのだった。
「そうですか、それでは皆さんには、通常の授業に加えて、放課後に特別訓練を受けてもらうことになろうかと思います。」
「特別訓練?」
疑問の声を上げたのは静藍だった。
染太郎は手に持っていたタブレットに目を落とした。
「はい。特別訓練とは、八道具の使い方を身につけてもらうために行う、体育と魔法実習の合体バージョンといったところでしょうか。具体的には、魔法道具の使い方、また八道具としての扱い方、それが
当面の課題であると思います。すでに、武器としての本来の使い方をレクチャーして頂くために、先生の
手配を」
「待て。」
染太郎の話を遮ったのは、永遠達についてきて今まで部屋の隅っこで待機していた四季だった。
「教師などいらん。我らが使い方を教える。」
「!?」
四季の言葉に、その部屋にいた人間は皆言葉を失った。
「そもそも、その為に我らは八道具の精霊となったのだ。元の持ち主である我らが教えるもが最も最善だと思うのだが?」
「・・・贅沢だなぁ、お前ら。」
驚いて言葉を失っていた静藍が若干羨ましそうに呟いた。
「ほ、本当に良いのでしょうか?先生を手配するにも、数日はかかると報告が来ておりましたので、とてもありがたいのですが・・・」
思わぬ提案に、戸惑う染太郎の言葉に四季は肩を竦めて見せた。
「良いも何も、その為に我らはここにいるのだ。皆、そうであろう?」
話しながら後ろを振り返った四季の言葉に、かつて世界を救った英雄達は皆揃って頷いた。
「っていうかぁ、自己紹介がまだだったわねぇ。あたしの名前はターナ。立派なヴァンパイヤよぉ。これからよろしくね、こ・う・ぎょ・くぅ!」
ソファーに座っていた紅玉に飛びつこうとして、するりと通り抜け、「あ~ん、つまんない~!」と不
満そうに唇を尖らせる白い髪と血のような赤い瞳の女性はターナと名乗った。
ターナの唇からは、鋭い八重歯が飛び出していた。
「うわっ!びっくりした~。」
対する紅玉は、ターナがすり抜けたことに驚いて肝を冷やしていた。
「ターナ。」
すると、栗色の髪と藍色の瞳の男性がソファーをすり抜け、床に座っていたターナにそっと手を貸して立たせてやった。
「私の名は秋成。菫青、これからよろしく頼む。」
名乗る秋成に、「よろしくお願いします。」と菫青が頭を下げると、空気が読めないのか「精霊同士はぁ、触れられるのねぇ!」と叫びながら、ターナが秋成に抱きついた。
紅玉と菫青はそっと目を逸らした。
「ごめんなさいね。ターナと秋成は生きている時、恋人同士だったのよ。」
紅玉と菫青に向かって、柔らかに話しかけたのは、水色の髪と瞳、それに、水色の鱗が並んだ尾びれを持つ、女性だった。
「あら、マーメイドを見るのは始めてかしら?私の名前はリィナ。これからよろしくね、瑠璃。」
微笑を浮かべて自己紹介をするリィナに、瑠璃は黙って頭を下げた。そして、自分の喉を指差し、両手
で×印をジェスチャーした。
「あなた・・・もしかして、声が出ないの?」
目を瞠るリィナに瑠璃は両手を下ろして頷いた。その時初めて、永遠は瑠璃が話せないのだと知った。
「そう。それでは会話が大変ね・・・まあ、どうにかなるでしょう。」
楽観的な人のようだ。
「俺の名前は風李。琥珀、これからよろしく頼むな。」
金髪にオレンジ色の瞳の少年がウエストに右手を当てながら名乗った。
対する琥珀は、困ったように目を瞬かせていたが、いきなり、くいくいっと静藍のローブを引っ張った。
「ん?ああ、すいません。実は、琥珀も喋れないんです。」
琥珀の代わりに説明した静藍に、風李は目を剥いた。
「何!?琥珀もか!しかし、そうなら瑠璃殿のように自分から伝えれば良いものを、何ゆえ静藍殿に頼るのだ。そんなことではいつまで経っても甘ったれた子供のままだぞ。それで果たして良いと思っているのか?」
いきなり身を乗り出し、説教し出した風李に琥珀は今にも泣き出しそうな顔で身を引き、その間で静藍が「まあまあ、落ち着いて・・・下さい。」と両手をかざしている。
何だかそこだけアットホームな雰囲気を醸し出した三人を遮るように、緑色の蛇を頭から垂らした男性が口を開いた。
「・・・我が名はヨシュエ、メデゥーサである。翡翠、よろしく頼むぞ。」
どこかの有名な小説の題名のような自己紹介をしたヨシュエに、翡翠は立ち上がって、ふかぶかとお辞儀をした。
「これからよろしくお願いします。ヨシュエさん。」
「うむ。しかし、我の試練は厳しいぞ。そなたについてこられるかな?」
「ぜ、全力で頑張らせていただきます。」
ヨシュエと翡翠に師弟関係が結ばれたところで、灰色の髪と瞳の二人の少女が前に進み出て、陽と陰の前に立ち塞がった。
「自分の名は過去。」
「自分の名は未来。」
「陽。」
「陰。」
「「これからよろしくお頼み申し上げる。」」
完璧に揃った双子の自己紹介に、陽と陰は顔を見合わせた。
「持ち主も双子で、私達も双子なんだね。」
「何か、誰かがあつらえたみたいだけどね。」
「こちらこそ、よろしくお願いします。」
「お願いします。って、どっちが未来さん?」
顔を左右に動かす陰に、過去と未来は顔を横に向けた。
「それは、」
「リボンの色で見分ける。」
「黒色が自分、過去で、」
「白色が自分、未来である。」
「分かったか?陽、」
「陰。」
過去と未来の説明に、陽と陰はこくこくと頷いた。
その時、永遠の視界の端に、銀色の髪が映りこんだ。
「どうやら皆、気が合ったようだな。」
永遠の隣に立っていたのは、四季だった。
「はい。そうですね。少し、騒がしいですが。」
永遠は穏やかに微笑んで、頷く。
二人はしばらく、旧・新選ばれし者を見つめた。
「・・・それでは、永遠。これからよろしく頼む。」
やがて自然と二人は向き直り、四季は名を名乗った。
永遠は何も飾らずに言った。
「よろしくお願いします。四季さん。」
そして、深く頭を下げた。