第七話 植草暁子
植草暁子は苛立っていた。
テーブルを挟み、目の前のソファに座る男性教師が、またもや腕時計にちらと目をやる。早く話を切り上げたいと言わんばかりだ。
この男性教師――坂野達明は、彼女の息子が通っていた高校の、クラス担任だった。この応接室に通されてからというのも、坂野教諭の対応はおざなりなもので、相槌を打つタイミングもどこかずれていて、こちらの相手をしながらも、まったく別なことに意識が向いているかのような、そんな調子だった。
「はい……ええ……お気持ちはよく分かります」
そう口にする言葉に、気持ちはまったくこもっていない。まるで決められた台詞を棒読みしているかのようだ。
「わたしにとっても大事な生徒ですから。あんなことになる前に、相談に乗ってあげることもできたんじゃないかとも思います」
「だったら……さっきからお願いしている通り、息子がクラスでいじめを受けていたかどうか、しっかり調べてくれませんか?」
両膝の上で拳を握りしめ、暁子は訴える――このことを口にするのは、これで何度目になるのだろう?
「ですがねぇ……そんな自分の生徒を疑うような真似はねぇ……角が立ちますでしょう? それにこれまでわたしの知る限り、そのような事実は認められませんでしたから……」
「教師の目が及ばないところも、あるのではないですか?」
「それはそうですよ……まさかお母さん、わたしに生徒たちの行動を常に監視していろとは仰らないですよね? さすがにそれは無理ですよ? ははは……」
かわいた笑い声をあげる坂野教諭を、信じられないといった表情で、暁子は見つめた。
「何がおかしいんですか?」
「ああ、これは失礼しました……とにかく、うちのクラス――いえ、うちの学校にいじめなんかあり得ません。みんないい生徒ばかりです。やり場のない怒りを何かにぶつけずにはいられなくなるのは分かりますが、もう少し冷静になった上で考えられた方がいいと思います」
「それなら息子は……樹はなぜ自殺なんて……」
「さぁ、それは分かりかねます。いずれこの学校とは関係のない理由でしょう? なら申し訳ありませんが、こちらにできることはありませんね」
そしてまた、坂野教諭は腕時計を見た。
「……そろそろ次の授業がありますので、これでお引き取り願います」
言うなり、暁子の返答も待たずに腰をあげた。
「ま、待ってください。まだ息子のことが――」
「ですから言ったでしょう? 樹くんの件がここと関係がない以上は、どうしようもないと」
うんざりとした顔つきで決めつけるように言うと、坂野教諭は最後にこう付け足した。
「それとですね、奥さん。これ以上、波風を立てるようであれば、こちらもしかるべき対応させていただきますから……そのおつもりで」




