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第六話 沖田香波 (1)

 

 「…………」

 

 「――んでさ、香波」

 

 「…………」

 

 「……香波?」

 

 「ちょっと聞いてる? 香波」

 

 「……おーい、香波?」

 

 「……え?」

 

 「いや……え? じゃなくて」


 我に返ると、安西千春が呆れた顔を向けていた。そばかすの浮いた顔に、ぽっちゃりとした体つきをしている。                                              昼食時の教室――沖田香波は今、三人のクラスメイトと弁当をつつきながらお喋りをしているところだった。

 

 「あ、ごめん」

 

 「香波さ、いったいどうしちゃった?」

 

 「ごめん。考え事してた」

 

 「……考え事? それって、あのこと?」

 

 小畑愛が口を挟む。髪を茶色に染め、耳にはピアスをあけている。                         


 「うん……まあ……」


 「まだ気にしてたんだね、香波」


 神妙な様子で、前橋曜子が言う。彼女とは中学校も一緒で、もっとも付き合いが長い。     

 そのため、他の友人には言えないような相談も、彼女にはすることができた。 

 先月、彼女たちと同じクラスの男子生徒、植草樹が学校の屋上から身を投げた。香波が気に病んでいるのは、正にそのことだった。 


 「あれは別に香波のせいじゃないでしょ? 気にすることないって」

 

 「それは、そうかも知れないけど……」


 「全部が自業自得。因果応報。あいつが自分で招いた結果。クラスのみんながそう思ってるよ」

 

 「うん……だけど、やりすぎだったんじゃ……」

 

 「いや、やるんだったら徹底的にやらないと。それにあいつ、一言でも謝った?」

 

 香波は首を横に振ってみせる。


 「ほらね。あいつに罪の意識はないんだ。だからあれくらいは当然の仕打ちなんだ。あたしたちは悪くない。絶対に」

 

 熱弁をふるう曜子に、香波はそれ以上は何も言えなくなってしまった。

 本当に、そうなのだろうか――自分たちは何も間違っていなかったのだろうか? 心の底から、そう言い切ることができるのだろうか?                                   

 



 半年もの間、香波は何者かによるストーカー行為に悩まされ続けてきた。

 机の引き出しやロッカーに、自分の知らないうちに撮られた写真が入れられていたことが始まりだった。

 最初の頃の写真は、授業中や休み時間、帰宅時の自分が映っているものだった。それが日毎に教室や更衣室での着替え、または女子トイレの個室内での様子までにエスカレートした。写真の裏には黒のサインペンで、思い出すのも鳥肌が立つほどの卑猥な文句が殴り書きされていた。

 それだけでも充分にこたえるというのに、鞄の中の私物がなくなっていたり、校内で誰かの視線を感じたり、下校時に後を尾けられたりといったことが半年も続いていた。

 だがそのうちに、ストーカーが同じクラスの植草樹ではないかという噂が立った。出所は分からない。それで樹のいない間に鞄の中を改めると、出てきたのはなくなっていたはずの、香波のハンカチだった。

 言い逃れのできない証拠をつきつけられても、樹は顔面蒼白になりながらも否定した。その態度が余計に、クラス中の怒りに火を注いだ。

 それから、樹への壮絶ないじめが始まった――だが、香波は積極的に加わることはなかった。樹が自分にストーカーをしていたことに疑いを挟む余地はないように思えた。そんな彼を庇うことにも正直なところためらいはあったが、だからといって人を傷つけ貶める行為には、相手が誰であろうと強い抵抗があった。

 樹が自分で蒔いた種だというのは、確かに曜子の言うとおりかも知れない――かも知れないが、納得はいかない。そもそも樹が香波やったことも、自分たちが樹にやったことも、卑劣な行いという点では同様だ。何も自分たちまで相手と同じところにまで落ちる必要はない。他にも最善の選択はあったに違いない――今になっては遅いが、香波はどうしてもそう考えしまう。

 理由はどうあれ、樹に自殺を決意させるまでに追い詰めたのは、自分たちなのだ。その罪がなかったことにはならない。

 罪はひとりでに消えることない――この学校を卒業してからも、ずっと。

 だから香波は、自分だけはこのことを引き摺っていくことにした。それが少しでも樹への償いになればいいと、彼女は思った。

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