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第三十九話 小畑愛 (9)


――こっちにきて……。


学校へと、小畑愛は急ぐ。そうしないと手遅れになりそうな、不吉な予感があった。

樹の声には、明らかに自分を導く意志が感じられる。それも、相当に切実な――香波の身が危ないことは、容易に想像できる。

うんざりするほど通い慣れた通学路が、こんなにも長くて遠く思える日がくるとは考えもしなかった。普段、クラスメイトと駄弁りながら歩いているときは、あっという間の距離だったというのに。


閉じられた校門をよじ登るのは、想像以上に難儀だった。もっと運動しておけばよかったと、遅まきながら後悔した。

宿直の教室が掛け忘れたのか、西側の窓が一つ開いていたため、校舎への入るのはそれほど手間取らなかった。


――こっ、ちに……きて……。


校舎に入ると、またもや耳にする樹の声――目をやった先で、ちょうど階段の上に消えていく人影が、危うく見過ごしてしまいそうな際どいタイミングで目撃できた。


「……樹?」


ほんの一瞬だったが、体格からして少なくとも男であることは間違いなさそうだった。香波ではないなら、残るは樹しかいない。

階段から二階の廊下へ――樹の後ろ姿は、ある教室の前で掻き消えた。

その教室――自身が属するクラスへと、愛は走る。

誰かいる――引き戸をかけようとした手を一旦、止める。焦るのは分かるが、中で何が待ち構えているか分からない――慎重になるに越したことはない。

教室の窓に顔を寄せ、息を殺して中をのぞく。


「あっ……」


つい大声を出しそうになる。

教室にいるのは、香波だった――それは愛が懸念していた通りだが、問題はそんなことではない。

香波は机の上に立ち、天井から下がっているロープの輪を首にかけていた。その瞳は虚ろで、どこに向けられているかも不明だ。あるいは、どこも見ていないのかも知れない。


「な……何、あれ?」


香波のすぐ後ろに、何かが見える――愛は目を凝らした。

それは、もう何度も夢で見ていた、首を吊った少女だった。香波の背中に密着し、見開かれた目で彼女を睨んでいる。

悪寒に襲われ、愛は身震いをした。


あれは駄目だ――あれは危険なものだ。本能が愛に警告を発する。


初めて自分の目で見た少女は、それほどまでにおぞましい気配を漂わせていた。

逃げたい――許されるものなら今すぐここから逃げて、すべて忘れたい。あれに関わるのは嫌だ。

無意識に後退りする足を、強い意志で踏み留まらせる。

香波が目蓋を閉じた――彼女の足が動く。


「……駄目だ」


恐怖に屈しかけた理性を、改めて総動員させる。

救わなければ――死なせるわけにはいかない。

愛は引き戸を勢いよく開いた直後――香波は机から跳んだ。


「――――香波ぃっ!」

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