第二十六話 小畑愛 (4)
香波はよく愛の見舞いに来てくれた。それなのに愛はどうしても彼女に以前のように接することができずにいる。
目を見れず、何を話せばいいか分からない。そんな愛に対しても香波は嫌な顔ひとつせずに話題を振ってくれる。
「……ごめん、気分が悪い。今日はもう帰ってもらっていい?」
会話の途中に何の脈絡もなく、そう切り出すことなどしょっちゅうだった。
自分で自分が嫌になるほど素っ気ない口調だった。
「頭を打ったせいかな……どうも吐き気がして」
更に嘘を重ねる。痛むのは頭ではなく、愛の良心だ。
「……分かった」
香波は大人しく引き下がった。名残惜しそうに腰をあげる。
「また……来るから」
最後にそう言い残し、香波は帰っていった。
香波が病室を後にする。ドアが締まり、静寂が戻る。
体の緊張が抜け、愛は上半身をベッドに預けた。
別に香波が嫌いなわけではない――本当に嫌いなら、そもそも会ったりしない。
それでもやはり、香波の顔を見るのが――彼女と二人きりになるのが、たまらなく辛かった。
この感情は矛盾しているし、これまでは二人でいてもなんともなかった。
それでも、動悸は止まらない。
自分は異常なのか――愛は頭を抱える。
前に、千春が自分にした指摘――愛自身の秘密のことが、脳裏に蘇る。
「嘘……嘘だ……」
きつく目を閉じ、否定の言葉を呟く。
――だからさ、愛。あんたは××××××××××じゃない?
「違う……絶対に違う……」
何度も、そう自分に言い聞かせる。千春の言葉を頭から追い出すことに努める。
――だからさ、愛。あんたは×××××が××なんじゃない?
「そんなはずない……そんなこと、あるわけない……」
千春の指摘が事実なら、自分はもう香波の友達でいられない――それほどまでに、これは致命的だ。
――だからさ、愛。あんたは香×の××とが××なんじゃない?
「――うるさいっ! 違うって言ってるでしょっ!」
忌まわしい言葉を掻き消したくて、愛は大声を出していた。
「……少し静かにしてくれますか? 小畑さん」
聞き咎めた看護師が、病室をドアを開けて注意した。その声が耳に入らなかったのか、愛は返答しない。
「違う……あたしはそんなんじゃない……」
うわ言のように、ただそう繰り返すばかりだった。
千春の言葉は、まさしく呪いだ――逃れようにも逃れられず、なおも彼女を責め苛む。拒絶すればするほど、より明確に思い出される。
――だからさ、愛。あんたは香波のことが好きなんじゃない?




