第二十四話 小畑愛 (3)
がたっ――と断りもなく、ドアが勝手に開かれた。
「……千春。何で戻ってきたんだよ?」
愛の口調が刺々しくなる。
「いやさ。香波がいると話せないことがあるでしょ?」
あっけらかんと言う。さっきのような友達の容態を慮る様子もなく、罪悪感を抱いているようにも見えない。
「来ないでよ。あんたの顔を見ると返吐が出る」
「うわ、ひどっ――友達にそんなこと言うか? 普通?」
「もう友達だと思ってない。それに、普通じゃないあんたに言われる筋合いはないし」
「香波にしたこと、そんなに気に食わなかった?」
愛が敵意を隠さないのに比べ、千春はこんな言い争いの間も笑みを絶やさない。それがまた火に油を注ぐ。
「気に食わないとか、そういう問題じゃないよっ! あんた、自分のしたこと分かってんの!?」
「……病院で大きな声を出すと迷惑だよ、愛? 怪我人はおとなしくしてないと」
「うるさい! 余計なお世話だ!」
激高する愛を見下ろし、千春は溜息を吐く。
「あんまり騒ぐと看護師さんが来ちゃうってば……そうしたら、お礼を言えなくなるじゃん」
「……お礼? 謝罪じゃなくて?」
「そうそう、お礼……だって愛、あたしが怪我させたことを黙っててくれたでしょ?」
千春はどこまでも自分本意な考えだった。こんな人間の友達だったことを思い出すだけで、愛は自己嫌悪に陥りそうだった。
「ねぇ、何で言わなかったの? それもききたかったんだよね」
「……言うよ。でもそれは、香波が先。人づてに知るよりはショックが少ないだろうし」
「へぇ……友達想いなんだね、愛は」
他人事のように、千春は言う。
「あんただって、それで香波の友達? 何で裏切るような真似……」
「いや、別に香波を裏切ったつもりはないし。今でも友達だと思ってるし」
「は!? 何だよそれ……」
もはや愛には、千春という人間が理解不能だった。同じ言語を有する人種と会話しているとは思えない。
話しているうちに、愛は背筋に冷たいものを感じた。
それは自分にとって、得体の知れないものと相対していることへの――おそれだった。
「一緒にいて楽しいから、友達でいる……愛も同じでしょ?」
「あんたとは違う。あんたみたいな頭がおかしいやつと一緒にするな」
「あたしだけ異常者扱いか。もともと、あたしはただの共犯者でしかなかったんだけど……」
「共犯者? どういうこと、それは?」
千春が口にしたその言葉を、愛はきき咎めた。
「え? 知りたいの? 話してもいいけど……今になっては知っても意味がないっていうか。知っても後悔するだけだと思うんだよね」
にやにやと、嫌な笑みを浮かべる。
「それにさぁ、愛。あんたは自分のこと、マジでまともだと思ってるの?」
「まともだよ。少なくともあんたよりは」
「そうなんだ……ふぅん」
意味ありげな、千春の反応だった。愛はさすがに我慢の限界だった。
「いい加減にしてくんないっ? さっきからふざけてばかりでさ! とにかく、あんたの性根がどれだけ腐っているか、絶対に香波にバラしてやるっ! もう用がないなら、とっとと出てけって!」
一気に、そうまくしたてる――だが次に千春は、思いもよらないことを口にした。
「あっそ……ならあたしも、愛の秘密をバラしてもいいよね?」
「……秘密? そんなものないし」
どうせはったりだ――愛は高をくくった。
「自覚がないだけじゃない? ていうか、むしろそっちの方がやばくない?」
やけに自信ありげな千春に、愛の心に不安が芽生えた。
「どんなこと? 言ってみてよ」
あるはずがない。答えられるはずがない。
「……さっきあたしに、それでも香波の友達なのかって言ってくれたけど――」
愛に向けられた、千春の笑みが深くなる。
「愛の方も、本当に香波の友達?」
「いいから、早く言えってばっ!」
含みのある物言いに焦れて、また大声になる。
千春は薄気味の悪い笑顔を、そっと愛に近づけ、ようやく言った。
「だからさ、愛。あんたは――――」




