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第二十三話 沖田香波 (7)

 授業を放り出したくなる衝動にたえながら、香波は放課後になるのを待った。登校するなりクラスメイトから愛の身に起きた事を知らされてからは、とても授業に集中できる精神状態ではなかった。

 愛は階段で足を滑らせて転落し、頭に大怪我をしたという。バイトに遅刻しそうになり、焦ったことが原因だろうとのことだ。

 出血は多いが、後遺症の心配はないらしい――それをクラス担任からきいて安心したものの、やはり実際に 自分の目で確かめたいという気持ちが強かった。 

 

 「――愛の見舞いに行くんでしょ? 付き合うよ」


 ホームルームが終わって席を立った途端、千春が言った。正直、彼女の申し出はありがたかった。自分一人ではどんな顔で愛に会えばいいのか、分からなかったからだ。




 バスに乗り、愛が搬送された病院に向かう。

 受付で面会の手続きをし、教えられた通りの病室におもむく。

 廊下を歩く間も、エレベーターに乗っている間も、二人は押し黙っていた。何か考え事でもしているのか、千春までこんなに静かでいることが、香波には珍しく思えた。

 『小畑』とプレートのついている病室に着き、千春がドアをノックした。

 室内から返事がきこえた――愛の声だ。声を聞く限りでは、本当に大事はないようだ。

 二人はドアを開き、病室に入った。

 愛はベッドで上半身を起こしていた。他に先客も看護師もいない。

 頭部に巻かれた包帯以外、ぱっと見では普段と変わりないようだった。

 だが――病室に足を踏み入れた二人の姿を見た途端、愛はぎょっとした表情を浮かべた。


 「心配したよ愛。怪我はどう? まだ痛いの?」


 一瞬のことで気が付かなかったのか、何事もなかったように千春が見舞いの品を渡してたずねる。


 「うん……まぁ……」


 応じた愛の顔は強張っている。

 それからは学校や病院でのとりとめもない話題に終始した。その間、愛は一度もこちらに目を向けようとしなかった。




 「またくるから」


 「お大事に」


 最後に二人はそう言って、愛の病室を後にした。


 「……愛、様子が変だったよね?」


 内心の疑問を、香波は千春にぶつけた。


 「きっとさぁ……一昨日のこと、まだ根に持ってるんじゃない?」


 そうかも知れない――香波も、千春の言うことが正しい気がしていた。


 ひき返す途中、千春が立ち止まった。


 「ごめん。トイレに寄っていくから、先に行ってて?」


 「うん……」


 言われるまま、香波は千春を置いて歩き出す。

 他の入院患者のいる病室の前を、いくつも横切る。


 ――ある病室に提げられたプレートが、視界の端を掠めた。


 「…………?」


 香波の足は、止まっていた。

 今の名前――プレートの名前に、自分は見覚えがある。

 踵を返し、その病室の前まで戻る。

 プレートの名前を見た香波は目を見開いた。


 「ここに……入院してたんだ……」


 『植草』――プレートには、そう書かれていた。

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