第二十二話 安西千春 (2)
自分がまだ、香波の机の中に手を入れたままでいることに気付き、千春は慌てて引き抜いた。
「香波の席で、何をやってるの?」
また愛がきいた。苛立っているのか、先ほどより声が大きい。
「いや、別に何も?」
「何も? そんなわけないじゃん」
愛は一歩も引かない。
「愛さ……ちょっと誤解してるんじゃない?」
笑って答える千春に対し、愛の態度はまったく軟化しない。
「誤解? 本当にそう?」
ずんずんと、愛が近づいてくる。
「待っ――」
千春が止めるのも遅く、愛は香波の机の中を探る。
そうして取り出されたのは――一枚の写真だった。
「これ……」
写真を見た愛の表情がひきつる。
千春には、愛が何を見ているのか、よく知っている。それは誰であろう彼女自身が撮り、つい今しがた、香波の机に入れたばかりのものだからだ。
「どういうこと、これは? 説明して」
愛が写真を、千春の眼前に突きつける。
改めて見るまでもない――写っているのは香波だ。
「えっ? 何それ……あたしは知らないね」
「とぼけないでよ、千春」
「違うってば。あたしは香波に貸したものを返してもらおうと――」
「そんなの、本人に言って返してもらえばいいじゃん」
愛はしつこく食い下がってくる。千春は苛つき、その場しのぎのうまい言い訳がなかなか思い付かない。
「必要なんだよ。今すぐに」
「貸したものって何?」
「は? そんなのあんたに関係ないでしょ?」
「そうか、答えられないのか……」
失望の表情で冷たく言い、愛は自分の席に行って机の中からスマホを取った。
「明日になったら……香波には伝えるよ。あの子だけは知る権利があるし」
そして、早足で教室を出た。
「え!? 何それ? まだ話は終わってないんだけど」
千春は慌てて後を追う。愛は完全に千春が犯人と断定している。言い逃れするにしろ口止めするにしろ――このまま放っておけば、自分の立場が危うくなってしまう。
呼びかけに応じず、振り向くこともなく愛は廊下を歩いていく。
まずい――本当にまずい。危機感で、千春の理性が薄まる。
このまま、愛を帰してはいけない――。
「待てって言ってるじゃんっ――」
階段を下りかけた愛に手を伸ばす。
腕をつかんで、引き留めようとした――そのつもりだった。あるいは、他にも意図があったのか――それは分からない。あったとしてもおそらく、千春自身が認めることはないだろう。
伸ばされた千春の手は、愛の背中をとらえていた。
あっ、という短い悲鳴がした――階段を転げ落ちる体が、視界に映る。
「…………え?」
愕然というより、呆気にとられたような声が、千春の口から漏れた。
階段の下をのぞく。踊り場に愛が倒れている。
一歩一歩、階段を踊り場まで下りる――愛が起き上がる様子はない。
「あ、愛…………?」
踊り場に着き、声をかけても愛は動かない。
「ね、ねぇ…………愛?」
見下ろしている間に、愛の頭の下から、踊り場に血溜まりが広がっていく。
「………………」
その鮮やかな赤を目にした千春は、急にこの場にいることがこわくなってきた。周囲に人気がないことを確認すると、愛を放置したままで、階段を一気に駆け下りていった。




