第二十話 沖田香波 (6)
香波が友達と一緒であることなど、卓也はいっさい頓着しなかった。彼女は正直、愛と千春を待たせていることに気がいって、卓也の話は半分も耳に入らなかった。
それでも話の内容も、香波の返答も変わらない――何度も首を横に振り続け、解放されたときは精神的に疲れを覚えた。
香波は美人だから、と愛は言う――だがそれで誰かに恨まれたり迷惑をかけるくらいなら、美人になんてなりたくはない。
外見などは生まれつきのものだ。香波自身は何の努力もしていない。世間を広く見渡せば自分と似たような顔や、自分よりきれいな女性はいくらでも見つかるだろう。
容姿の美醜のみで判断するなら、それは必ずしも自分である必要はないのではないか――香波はそんなことを考えてしまう。それに周りが言うほど、彼女は自分の容貌がいいとは思っていない。他に別段これといった取り柄があるわけでもない。こんな面白味のない自分など、男性と付き合ったところですぐに飽きられるかも知れないという不安も、少なからずあった。
「…………」
その視線を意識したのは、校門を後にして間もなくだった。もしかすると校門で待ち伏せし、そこから尾いてきていたのかも知れない。
愛と千春に伝えることはできない――談笑している二人に水を差すのも憚られる。
それに何より、二人に心配かけたくなかった。迷惑をかけたくなかった。
そう思っていたのに――香波は口を滑らせた。自覚している以上に、精神的に参っていたのだろう。
きこえるかきこえないかの、呟き声だった。それを千春の耳はとらえ、あまつさえ香波の心中まで鋭く指摘した。これまで一度も感じたことはないのに、今日の千春はやけに勘がよかった。
香波が一人でストーカーに苦しんでいたことを知り、もっとも大きな反応を示したのは愛だった。
怒っているというよりも傷ついたような顔で、愛は香波を非難した。
「信じられない……」
「…………」
「どうして相談してくれなかったの……?」
「…………」
「友達だと思ってたのに……」
香波は何も答えを返せなかった。何を言っても、それは自分の都合――ただの言い訳でしかない。
友達だから、力になりたい――そんな愛の思いを自分が裏切ったことは、どう言い繕うと事実に変わりはなかった。
愛が一人で帰り、香波と千春が残された。
「……いったい何? あの態度?」
千春は愛が去った方を睨みつけている。さっきの扱いがよほど腹に据えかねたらしい。
「気にすることないよ香波。あいつが悪いんだからさ」
「…………」
そう言われたものの、自分がみんな打ち明けていれば、こんなことにはならなかったはずだ。愛を傷付けることもなかった。
「香波? さっきも言ったけど、あんたが謝ったら駄目だよ? 愛の方から謝らせないと」
「でも、それは……」
それは違う、謝るべきなのは自分の方だ――と、香波は反論しかけた。愛の怒りはもっともで、そもそも香波は愛に非があるとは考えていない。原因は自分にある。
「いいから。香波は向こうが謝りにくるまで待つの。分かった?」
有無を言わせない千春の勢いに押されるまま、香波は頷いた。千春も自分を慰めようとしてくれてのことだと、よく分かっていたからだ。
「あんなに切れることないのに、愛のやつ……切れる相手を間違えてるっての」
また愛への愚痴を始めた千春の横顔を、香波はふと見た。
「…………」
香波は困惑した。どうしてなんだろう――そんな疑問が沸き起こる。
「でも植草じゃないなら誰なんだよ。変態のくせに狡猾な――」
「ね、ねぇ……千春?」
声をかける。声をかけてから、答えをきくのがこわくなった。千春は友達だ――なら、何をおそれる必要があるのだろう?
「ん? 何?」
こちらを見た千春はいつもと変わらない。普段の千春だ。今ならきけるだろうか、今なら――。
「……あ、ごめん。何でもない」
だが口では、そう返してしまっていた。これは訊かないでおいた方がいい気がした。
「……? まぁ今は言わなくてもいいよ。香波が言いたくなったときでさ。焦らず急がず、ね」
どうやら千春は、香波がまた悩みを明かすべきか迷っているものと誤解したようだった。
「ありがとう……千春」
「いいって。友達じゃん、あたしたち」
その通りだ。千春も愛も、自分にとっては大事な友達だ。
だからきっと、さっきのは自分の気のせいだろう――そう思いながらも、たずねる機会を失った問いに、わずかな未練を残していた。
どうして、そんなに嬉しそうに笑っているの――と。




