第十九話 安西千春 (1)
香波と卓也が話している――自分の目の前で。
会話の内容が知りたかったが、距離があるために聞き取ることができない。
やがて話が済み、香波が卓也から離れ、こちらに近づいてくる。
そのとき――ちら、と卓也が目を向けてきた。
視線が合いそうになって、千春は反射的に目を逸らしてしまった。目を戻したときには、卓也はすでに背を向けて遠ざかっていた。
それから、卓也との話の顛末が気になった千春は、三人並んで歩いているときに香波にその話題を持ち出した。それがまさか、あんな風になるとは思わなかった。
植草樹が犯人として決着したはずの香波のストーカーが別にいるらしいことが発覚し、そのことを黙っていた香波に対して、愛がいきなり憤り、さっさと先に帰ってしまったのだ。
「……いったい何? あの態度?」
愛の姿が見えなくなってから、千春は憤然と言った。
「気にすることないよ香波。あいつが悪いんだからさ」
「…………」
「香波? さっきも言ったけど、あんたが謝ったら駄目だよ? 愛の方から謝らせないと」
「でも、それは……」
「いいから。香波は向こうが謝りにくるまで待つの。分かった?」
渋々といった風に、香波が頷く。
「あんなに切れることないのに、愛のやつ……切れる相手を間違えてるっての」
「…………」
「でも植草じゃないなら誰なんだよ。変態のくせに狡猾な――」
「ね、ねぇ……千春?」
香波が青白い顔で千春を見ていた。思ったことを口にすべきかどうか躊躇している――そんな様子だ。
「ん? 何?」
「……あ、ごめん。何でもない」
香波は首を横に振る。
「……? まぁ今は言わなくてもいいよ。香波が言いたくなったときでさ。焦らず急がず、ね」
「ありがとう……千春」
「いいって。友達じゃん、あたしたち」
その言葉にも香波は頷いた。だが結局、彼女の表情は晴れないままだった。




