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第十五話 沖田香波 (4)

翌朝――登校してきた香波は、自分の下駄箱に、また写真が入れてあるのを見つけた。


「…………」


朝から気持ちが暗くなる。できることなら何が写っているか確かめずに捨ててしまいたかったが、それならそれでこわいものだ。どんなものでも動揺しない決心を固め、深呼吸をしてから写真に手を伸ばす。

 

「――――えっ?」


目を疑った。いつどのような場所であれ、被写体は自分だと、香波はすっかり思い込んでいた。

写っているのは、自分ではなかった――だからといって、まったく知らない人間でもない。それでも考えたこともない、彼女にしてみれば予想外の人間だった。


「…………どういうこと?」


呟く声は震えている。偶然、昇降口に誰もいなかったことだけが幸いだった。

おそらく放課後だろう。閑散とした教室に、一人の男子生徒がいた。

写真からは、男子生徒の顔がはっきりと分かる。


「入、江くん……」


それは入江豊だった。だが問題は彼が何をしているかだ。

豊はどこか人目を気にするように視線を教室の外に向けている。そうしながら、彼は香波の席で屈み、机の中に何かを忍ばせようとしている――写真はちょうど、その瞬間をとらえている。

写真だけでは、豊が具体的に何をしているかまでは分からなかった。だが教室の自分の机にあるものを見つけたことで、それは判明した。

それは昨日、香波が失くしたと思っていた――彼女のリップクリームだった。


「入江くん……だったの?」


豊が自分のリップクリームを盗んだ――どんな目的によるかは、想像する気が起きない。そして人気がなくなる放課後を待って、こっそりと机に返した。

ストーカーは豊だったのか――これまでのこともすべて、彼の仕業だったのか?


「本当に……入江くんが?」


樹が無実なのは言うまでもない――なら、彼を陥れた人間がいることも確実だ。

この写真だけを証拠に、豊を犯人だと断定することは、香波にはできない。樹のときと同じ過ちを犯すわけにはいかない。

だからといって、このことをこのまま放ってはおけない――だが以前のように、友達に相談するのも慎重にならなければならない。

まず直接、豊本人を問い質そう――香波はそう決めた。誰の耳にも入らないように、二人だけになれる機会を窺って、豊の言い分を聞いてみるべきだ。

するとそこで、登校してきた数人のクラスメイトが、昇降口に現れた。香波は慌てて写真を鞄にしまい、何事もなかったように装って、やってきたそのクラスメイトたちに、笑顔で対応した。

学校で過ごしている時間、どうしても豊の様子が気になる。授業中でもつい、ちらと目を向けてしまう。

だが、そのおかげで一つだけ判明したことがある。それは豊の方も、こちらを少なからず意識しているらしいということだ。

ふと豊を見て、彼と目が合ってしまう――そんなことが多かった。三度に一度の割合だろう。

おそらく、自分が疑われていないかが不安なのだろう――それだけなら、彼が犯人かそうでないか、どちらにもとれる。

放課後になると、香波は千春と愛の誘いを苦労して断り、すでに教室を出ていった豊の後を追う。

豊の足は早かった。普段からそうなのか、自分のことを避けているためなのか、香波には分からない。

やっとのことで追い付いたのは、昇降口の下駄箱のところだった。革靴に履き替えるときには、さすがにその場から動くことはできない。


「――入江くん、ちょっと……」


香波の呼びかけに、豊は振り向く。


「ああ、沖田さん……ぼくに何か?」


初めて香波に気付いたといった、豊の反応だった。


「ごめん。ちょっと話があるんだけど……今、時間はある?」


「あ、え……いや、これといって特には」


適当な理由をつけて断ろうとしたが、結局は観念した――そんな様子だった。今日はそれでかわせても、明日以降もずっと同じ教室で顔を合わせることになる。逃げ切ることはできないし、余計に疑いを深めるだけだと考えたのかも知れない。


「ここだとあれだから、場所を変えない?」


話の内容を予想していたのか、香波の申し出に、豊は間髪入れずに承諾した。

そして、二人は無言で校舎裏に移動した。ここなら人目を気にする必要はない。


「それで……話って?」


口を開いたのは豊が先だった。平静を装っているものの、目が泳いでしまっている。

 

「見てもらいたいものがあるんだけど……」


言って、今朝の写真を差し出す。豊は怪訝そうな顔で黙って受け取る。

写真に視線を落した途端、豊は驚きに目を見開いた。

 

「何……何、これ?」

 

写真に釘付けになったまま、豊は問いを投げる。

 

「……今朝、学校に来たら、わたしの下駄箱に入っていたの」

 

そこで豊は顔をあげ、香波を見た。

 

「いったい、誰が?」

 

「わたしにも分からない……ねぇ入江くん?」

 

「えっ――な、何?」

 

「ここに写っているの、どういうことなの?」

 

「…………」

 

「もしかして入江くんが、わたしの鞄から――」

 

「違う。違うよ、ぼくじゃない」

 

豊は強く否定の言葉を口にする。


「違うのなら説明して。これはどういうこと?」

 

「いつの間にか、ぼくの机に混じってたんだよ……」

 

「混じってた?」


「ぼくに覚えはまったくない。でも、こんなものを持っていることを誰かに見られたらまずい……だから人がいなくなる放課後に、沖田さんの机に戻したんだ」

 

「そして、その現場を誰かが撮って……写真をわたしの下駄箱に入れた?」

 

話の後を継ぐ香波の言葉に、豊は頷いた。

 

「多分だけど……その誰かはぼくをはめようとしたんだと思う。人に見られている気もしていたし」

 

香波自身も、正体不明の視線を感じたことはあった――それが同一人物かは分からないが。

 

「でも、ぼくがそんなことを言っても信じられないか……」

 

溜息を吐く豊の表情から、彼の内面を少しでも読み取ることができないかと、香波は注意深く観察した――だが大したことは分からず、半信半疑のままだった。

 

「正直に言って、入江くんのこと、わたしは完全には信用できない……」

 

考えに考え、香波は言葉を紡ぐ。

 

「入江くんが本当のことを話してくれているかどうかも分からない……でも疑ってばかりだと、何も先に進まないし、何も変わらない。だから今は、入江くんは嘘を吐いてない……事実を言ってると、わたしは信じようと思う」


「え……いいの?」


意外そうに、豊はきく。


「うん……疑うことは楽だけど、そうするとそれ以上は考えることを止めちゃう。楽な分、疑うことは信じることよりも責任が伴うんだから……植草くんのときみたいな後悔は、もうしたくない」


樹が自殺を決意するまで追い詰めたこと、彼が濡れ衣だと知ったこと――思考を放棄したことが最悪の結果を生んだ。その事実を受け入れ、同じ過ちを繰り返さないよう心に刻み、自らを戒めることが樹への償いにもなるのではないか――そう、香波は思った。


「このことも、誰かに言うつもりはない……だから、安心して」


「うん……ありがとう」


心から、豊はほっとしたようだ。


「時間くれてありがとう、入江くん。それじゃあ、また明日ね――」


「うん――あ、そうだ沖田さん」


大事なことを言い忘れていたような豊の声に、香波は立ち去りかけた足を止めた。


「――何か思い出したの?」


豊は真剣な目を、香波にまっすぐ向けている。


「……井上くんには、気を付けて」


「え?」


予想外の言葉に、香波は戸惑った。


「いや……井上くん、沖田さんのことを狙っているみたいだから」


「わたしを? 井上くんが?」


井上卓也について、いろいろな女子生徒と関係を持っているという噂を耳に挟んだことはあった。それでもそのルックスから、彼に想いを寄せる女子は数多いらしい。


「でも、今はわたし……付き合うとか、そういうのを考えられるほど、気持ちに余裕がなくて……」


「そう……そうか、そうなんだ」


香波の返答に、豊は安堵と落胆が混ざったような、微妙な表情をした。

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