第十四話 入江豊 (3)
翌朝になって登校した豊が、自分机を整理していると、妙なものを発見した。
「ん? 何だこれ?」
自分のものではない。それは断言できる。それは明らかに女子の使う可愛らしいデザインのリップクリームだった。
「……何で、ぼくの机に?」
首を捻る。誰かが自分の机と間違えたなどという間抜けなこともないだろう。
そのとき――また視線を感じた。
すぐに周りに目をやる――視線の主は見つからない。
まるでリップクリームを見つけた、豊の反応をうかがっているようだった。
自分のことを、クラスメイトの誰かが見ている――豊は確信した。
だがそれが明らかになったところで、相手が分からなければ、こちらからはどうすることもできない。せめて理由が知りたいが、外見のいい香波や卓也ならともかく、外見も中身も平凡そのものである自分をしつように見つめることに、自身で考える限りでは何のメリットもないように思える。
それとも何か、こちらの与り知らない理由が、視線の主には存在するのだろうか?
リップクリームを、机の奥深くへと追いやる。人に見られてはまずいものだと、勘が告げていた。
この前の、香波の写真を思い返す――嫌な予感がした。
昼休みになると、その勘が正しかったことが証明された。
豊は自分の席で、購買のサンドイッチを食べていた。教室には香波とその二人の友達もいた。
「リップクリーム、忘れたんだって? 香波」
「忘れたっていうか……なくしたのかも」
「かも?」
「昨日までは確かにあったんだけど……今朝、どこにもないことに気付いて」
「何かの拍子に落としたとか? あとは家に置いてきたとかさ」
「そうなのかな……念のため、帰ったら探してみるよ」
そんな三人の会話が、豊の耳が捉えた。
まさか――このリップクリームが?
無意識に、豊は机の奥に手を入れていた。
もし香波のものなら、なおさら自分が持っているわけにはいかない。だからといって人知れず処分するのも憚られる。早急に本人へ返すのが一番だ。
そして豊は、放課後になるまで待つことにした。
教室にも廊下にも人気がなくなったのを注意深く確認してから、早足で香波の席に行き、机の中にリップクリームを無造作に突っ込んだ。
「――ふぅっ……」
まるで一仕事終えた後のような気分だった。どこの誰かの仕業かは知らないが、洒落にならないことをしてくれる。下手をすれば自分までストーカーだと誤解されてしまう。
「ぼく、まで……?」
その言葉が、やけに引っかかった。仮に樹が濡れ衣だったとしたら、もしかすると今の自分と似たような状況に遭っていたのでは――というのは、さすがに考えすぎだろうか?
もちろん、これはただの想像だ。樹の肩を持つわけでもない――物事を何でも悪いようにとらえる、自分の欠点のせいだ。
だがそれならそれで、自分の考えが、まったくの見当違いだという証明が欲しい。そうでないと、いつまでも悩み続ける羽目になりそうだ。
同じクラスにいる、生徒のうちの誰かが自分を陥れようとしている――ストーカーの汚名を着せようとしている。
被害妄想――それならその方がいい。こちらにはそんな悪意を向けられる覚えはない。
だが現に、自分の机や下駄箱に、香波の写真とリップクリームを忍ばせた人物は存在し、こちらの様子をひそかにうかがっている。
「畜生……誰なんだ……?」
正体の分からない相手に、豊は怒りがわいた。
とにかく、いつまでも教室に一人でいると、他の生徒が来て不審に思われる。まだ部活で残っている生徒もいるはずだ。
豊は素早く、教室を後にした。




