第十三話 沖田香波 (3)
――視線が向けられている。
下校中、香波は思わずうなじに手をやった。それでも肌に吸い付くような、嫌な感覚は消えない。
――誰かに見られている。
自分が自意識過剰過ぎるのがいけないのだろうか? 本当は自分のことを見ている者などいないのではないか?
――自分の後をひたすら尾けてくる。
きっと、思い込みだろう――植草樹の一件から、自分は神経過敏になっているのだろう――そうに決まっている。
それとも解決したというのが、そもそもの間違いではないのか?
自分の机の中にあった写真のことを、香波は思い出す。あのあと取り乱して、写真はすぐに破り捨ててしまった。だが、あれに写されていたものといい、裏にあった文字といい、邪な意図によるものは明白だ。
それに手口そのものも樹のときと似通っている。
ストーカーは他にいる――樹は濡れ衣だった――気のせいだと考えることを努めるのは、そんな受け入れ難い事実から目を背けるための手段でしかない。
自分は現実逃避をしている――それは香波も薄々ながら自覚はしていた。だが、それでも理解はしたくなかった。ただの杞憂に過ぎないという可能性に、すがりつきたいというのが本音だった。
そうでもしないと、香波は頭がおかしくなりそうだった。
振り返りたい――いっそのこと振り返って確かめ、そこに誰の姿もないことを認めて、少しでも安心したかった。
だが、それはできなかった。香波は今、千春や愛と一緒に歩いているからだ。いきなり後ろを見れば、何事かと思われる――それは避けたい。ただでさえ迷惑をかけてしまっているのだから。
二人は本来、今日もバイトがあった。そこを香波の尋常でない様子をついに見かね、彼女が大丈夫だという言葉を押し切り、三人で帰ることになった。
「――? 香波、どうかした?」
香波の異変を目ざとく感じ取り、千春がたずねる。
「何でもないよ……」
応じる香波の口調は弱々しい。
「あれでしょ? 樹の呪い……香波がびくびくしてるのは」
千春の誤解に、香波は否定も肯定もしなかった。
「あんなの偶然だって偶然。偶然に決まっているじゃん。マジになることないって」
愛が語気を強めて言う。
「わたしも愛に同意。そもそも悪いのは樹の方なのに、呪うとかおかしくない? 逆恨みもいいとこ」
早口でまくしたてる千春だが、その声音は上擦っている。呪いを信じる信じないは別として、やはり彼女もどこか今度のことで、言葉では言い表せない気味の悪さを感じているのだろう。
もしかすると逆恨みではないかも知れない――間違っていたのは自分たちの方かも知れない。
そんな言葉が喉元まで出かかった。だが口には出せなかった――いや、口に出して言いたくなかっただけだ。言葉にすると、それが覆しようのない事実になってしまうような気がした。
ふと、気が付くと――背後からの視線はなくなっていた。誰かが尾けてくる気配も消えている。
やはり気のせいなんかではない。自分は確かにさっきまで見られていた。
まだ何も解決していない――暗澹たる思いで、香波はその事実を噛みしめた。