第十二話 入江豊 (2)
呪いというものは、本当に実在するのか?
坂野達明教諭が事故死して以来、豊はそんなことを真剣に考えてしまう。
前橋曜子に次いで、クラス担任の坂野教諭までが不慮の死を遂げた。
いじめを苦にして自殺を図った植草樹の呪いではないかと噂になるのも、無理のない話だった。
新しいクラス担任が決まってからも、教室の空気は重かった。二人の死を悼んでのことではない。次に死ぬのは自分ではないか――樹による呪いの犠牲になるのは自分ではないかという、不安と恐怖によるものだった。
樹には同情する。クラスメイトの仕打ちは、さすがにいき過ぎだった。
元を辿ると、樹が沖田香波のストーカーをしていたというのが発端だ。ただの臆測ではなく、物的証拠も出ている。豊も当然、そのことは承知している。
だが豊個人の見解としては、香波の持ち物を樹が所有していたというだけでは、証拠としては弱い気がしていた。
本当に樹が犯人だったのか、それとも犯人はまた別にいるのだろうか――事実について、樹は何かを知っていたのだろうか?
できることなら樹本人を直接、問い質してみたい――今となっては、それも叶わないことではあるが。
陰鬱な教室内でも、際立って対照的な様子の二人がいた。沖田香波と井上卓也だ。
香波は誰よりも顔色が悪かった。まるで重病人のように血の気を失っている。ひどく怯えているのが、よく分かる。もしかすると彼女が一番、樹に罪の意識を感じているのかも知れない。
むしろ香波は被害者なのだ。気に病むことも、おそれることもない――そう声をかけたかった。ほんのわずかでも彼女の助けになれるなら、自分はどんな苦労も惜しむことはないのに。
自分に足りないのは勇気だ。一握りの勇気だ。自信はなくても勇気があれば、話しかけることぐらいはできるだろう。
自信がないから勇気がないのか、勇気がないから自信がないのか――どちら一つを克服できれば、もう一つも解消できるのだろうか?
対して卓也は普段通りに平然としていた。それどころか不安がるクラスメイトを蔑むように、口元を歪めてさえいる。
卓也はいつ香波を口説くのだろう――今日だろうか? それとも明日だろうか?
まさか、もうすべてが終わった後なのか――想像がネガティブな方ばかりいくのは、自分の悪い癖だ。
「…………?」
豊は、周りを見渡した。視線を感じた気がしたからだ。
自分が香波や卓也に注目していたように、自分のことを見つめていた生徒がいる――想像するとぞっとする。
今は何も感じない。豊に気取られて、視線を逸らしたか――あるいは初めから彼の気のせいに過ぎなかったのかの、どちらかだろう。
結局、豊は後者を選んだ。香波や卓也ならともかく、自分など注目するに値しない。
そして豊は、すぐにこのことを忘れた。