第十話 入江豊 (1)
何だ――これは?
入江豊は、自分の手にある物に視線に落とし、そのまま硬直してしまった。
何だ――この写真は?
帰るために下駄箱をのぞくと、そこには一枚の写真が入っていた。
そこに写っているのは、豊がひそかに好意を持っている沖田香波だった――問題なのは、それが着替え中らしいことだ。
何で――こんな物が?
誰かが入れたことは、まず間違いない。誰が何の目的でこんなことをしたのか――豊が気になるのはそこだ。
自分の香波への気持ちを知っている人間だろう――そんな人物は、ごく限られている。
とにかく、こんな物を持っているところを誰かに見られたら大変だ。豊は写真をズボンのポケットにねじ込んだ。
「よぉっ! 入江」
いきなり背後から肩を叩かれ、心臓と一緒に豊の体が跳ね上がった。
「ちょっ――おまえ、びびりすぎ」
豊の過剰な反応がツボだったのか、肩を叩いた男子生徒はげらげらと笑った。
「い、井上くん……何か用?」
井上卓也はその端正な顔立ちのためか、女子生徒にはよくもてていた。クラスは同じだが、普段はあまり会話をすることはなかった。
「愛想がねぇやつだな、まったく」
卓也は苦笑した。
「実はおまえに一つ、言っておきたいことがあってな」
そこで卓也は急に真顔になったかと思うと、豊にとって驚くべきことを口にした。
「おれさ……そろそろ沖田、いこうと思ってよ」
「……いく? いくって?」
「だから落とすんだよ、沖田をさ」
冗談を言っているようには見えない。卓也はどうやら本気のようだ。
「な、何でそんなことをわざわざぼくに?」
「だっておまえ、沖田に惚れてんだろ?」
「――っ!」
豊は絶句した。なぜ卓也が知っているのだろう? 彼に話したことはないはずだ。
「マジで面白いやつだな。ばれてないって思っているの、おまえだけだぞ?」
「うっ――」
恥ずかしくなり、豊はうつむく。
「まぁ沖田狙い同士、一応おまえに先に伝えておくのが礼儀だと思ってな」
「…………」
「あ? どうした? だんまりしちまって」
「あのさ、井上くんて……確か今、付き合ってる人がいるんじゃあ?」
「ん? ああ、いるな」
それがどうしたと言わんばかりの、卓也の態度だ。
「な、なら何で……?」
「残すはあいつばかりだからな」
豊は、その発言の意味を掴みかねた。
「いい女はもうだいたい攻略済みだし、今の女にも飽きてきたところだ。次はあいつに乗り換えようと思ってな。そのために最後まで取っておいたんだしよ」
「――は?」
「ちょうど今、沖田のやつは友達が死んで落ち込んでるからよ。そこをうまく慰めてやりゃあ――」
「…………」
「ありゃ? また黙っちまった――ったく、おまえがきいたんだろうが」
卓也は不満そうだ。だが豊は、彼の話をまともにきいていられる心境ではなかった。 卓也には見えないように、拳を固く握りしめ、怒りをこらえていた。
この男は香波の不幸を利用し、弄ぶだけ弄んだ挙げ句、飽きたら捨てるつもりなのだ――そのようなことは、とても許せることではないし、豊の気持ちすれば、なおさら看過できない。
「変なやつ……ともかく、用ってのはそんだけだ。じゃあな」
自分の言いたいことだけ言って気が済んだのか、卓也は去っていった。
どうすればいい――自分は何をすればいい――香波を守るために、いったい何ができる?
豊は考えた。あらんかぎりの知恵を絞る。試験勉強でも、ここまで頭を使ったことはない。
考えることはまだある。ポケットにしまった写真だ。このことに関しては意図がまるで見えない。不気味としかいいようがない。
まさか、卓也がやったということはないだろうか――そんな風に疑うだけなら、いくらでも可能だ。
そもそも、これは盗撮だ。ただのいたずらで済まされることではない。
豊は、途方に暮れるばかりだった。