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4話 「レルーザ・ハーモニクス」

「さて、どうしよう……」


 自分の状況は理解した。

 しかし改めてこの世界についてはなにもわからない。

 さまざまな種族がいて、この街らしき場所が比較的平和なことはここまでの道のりでなんとなく把握できたが、


「転移ってはじめてだしね……」


 生まれたときから一応の居場所を与えられている転生とはまったく違う。

 自分が別世界からやってきた部外者だという思いが、心の隅でうごめいた。


「……不安になってきた」


 どうやって暮らしていけばいい。

 ご飯は(さっきもらえたけど)。

 着替えは(これもさっきもらえたけど)。

 あと戸籍とか、身分証とか――


「いろいろ足りていない……」


 試しに魔法を発動させてみる。

 手の中に簡素な火の魔法。


「……ふむ、魔法は使える」


 青い火が灯った。

 さらに魔力を込めると、圧縮されて火力を増し、キュイン、という高音をまき散らしはじめたのでいったん鎮火させる。


 ――うーん、絶対魔力上がってる。


 魔王のときでさえ持て余していたというのに……。


「身を守る手段は、とりあえずある」


 今自分が持っているもので、ひとまず不安を紛らわしていく。


「腕力は、っと」


 人が見ていないことを確認して、近場にあった石ころを拾った。


「せいっ」


 力を込めたら石が木端微塵になった。

 

 ――うーん、マンダム。


 全然女の子らしくない握力である。


「み、身を守る手段は、ある」


 今はよしとする。


「お金は……」


 そういえば武器類は最初から手元になかった。

 衣服は転移のときに引き連れてきたらしいが(まっぱじゃなくてよかった……)さすがに武器は連れてこられなかったようだ。


「必要ないかもしれないけど、武器があると落ち着くのよね……」


 魔王の職業病だろうか。

 ……いや、これはきっとか弱い女の子としての防衛本能だ。

 だからやはり、武器は持っていた方がよい。

 無手で悪漢を成敗する女の子など、たくましすぎる。


「武器、武器っと……」


 魔法で作るのも手だが、それだとたいてい物騒な形になる。

 どうにかちょうど良いものを見つけられないかと思っていると、ふいに後ろでカランという音が鳴った。


「……」


 振り向いた先。


「なんで『これ』がここにあるわけ……」


 一本の刀が落ちていた。


「なんで……」


 それは、最初の世界でひどく自分に馴染みがあったもの。

 桜紋入りの黒鞘。

 きっと刀身は淡く紫に光っていて、これぞ妖刀という雰囲気をぷんぷん放っているに違いない。


「〈死桜(しざくら)〉……」


 刀を拾うと、まるで刀そのものが喜んだかのように手の中で脈動した。


「ぶ、武器げっとぉ……」


 なにもかもがわからない。

 ひとまず身を守る手段は整ったが、若干過剰防衛感が出ている。


「はあ……」


 この世界に来ていったい何度ため息をついただろうか。


「……まあいいや、とりあえずもうちょっと街の中を歩こう……」


 あの夫人が言っていた〈世界遊子教会〉なるものが少し気になるが、くわしいことは伝えられなかった。

 「会えばわかるから」とのことだ。


「本当に来るのかしら……」


 と、そのときだった。


「お、おう、はじめましてお嬢さん。あっ、斬らないで!」

「ん?」


 上の方から声が聞こえる。


「オレはまだ死にたくねえー!!」


 家々の屋根の上から、ひょっこり頭を出してこちらを見ているひとりの青年がいた。


◆◆◆


「え? だ、誰?」

「オ、オレ? オレはあれ、んー……、そうだな、お前と同じやつだ」

「同じやつ?」


 灰色髪を一本縛りにした優男風の青年。

 少し垂れた切れ長の目が印象的だ。

 青年は屋根の上から身軽な動作で路地に下りてきて、二、三度服を払ってから襟を正した。

 一応刀の柄に手は添えていたが、見た感じ敵対心はなさそうだった。


「な、なあ、頼むから柄から手離してくんねえ? 超こええ……魔王かよ……」


 なにを隠そう、元魔王である。

 そう思いながら柄から手を離すと、ようやく青年は安心したようにホっと息をついた。


「助けに来たつもりなんだがオレ必要じゃなかった気がしてきたぜ……住人たちもいつものおせっかい発動させたっぽいし……」


 青年はやれやれとわざとらしく肩をすくめて、苦笑している。

 とても顔立ちが整っていて、手足もしゅっとしているが、着ているベストや白いシャツが着崩れているので、少しだらしのない印象も受けた。


「ごほん。えーっと、なにから説明したもんかな」


 彼は一度咳払いをしてから続ける。


「確認からいくか。お前、〈世界遊子(レルーザ)〉だろ?」


 その言葉を聞いて、わたしの心臓がどくりと跳ねる。


 ――もしかして。


「あ、う、うん」

「俺も〈世界遊子〉だ。んで、たぶんお前より多くの世界を渡ってきてる。つまりお前の先輩だな」


 彼は頭の後ろを掻きながらそう言った。


「あ、ちなみにお前さ、前の世界で何年生きた?」

「三百年」

「はっ!? 三百年!?」


 おおげさな身振り手振で彼が飛び退()く。

 三百歳のババアで悪いか。


「……あれ? 俺の方が転移はしてるけど全部換算したら年齢的にはお前の方が上かもしれない……。え? でも転移だろ? てことはその身体で三百歳だろ? 見た目完全に少女じゃん」


 魔王エルリアーナの身体は老いない。

 早い段階で完成し、死ぬまでそのまま。

 圧倒的な魔力を持った魔王としての性質らしい。

 おかげで胸の成長も止まった。

 見込みはもう……ない……!!


「お、おい、なんで泣いてんだ」

「ちょ、ちょっと内心に逡巡(しゅんじゅん)がありまして……」

「まあいいや。ともかくここじゃなんだ。もろもろ教えてやるから、良けりゃついてこいよ」

「あ、はい」


 世界遊子という言葉は、今のわたしにとっては魔法の言葉だった。

 そうでなければこんなにもあっさり彼についていったりはしなかっただろう。


 ――わたしと、同じ……。


 しかし、もし彼らが本当に世界遊子であれば、今のこのわたしの不安を和らげる方法を知っている。

 そして、世界遊子ということを知ってからずっと胸に抱いていた最大の不安の解決法を、与えてくれる可能性がある。

 それだけで今のわたしには十分だった。


 ――それに、一応武器はあるし。


「なあ、頼むから後ろで柄に手をかけるのはやめてくれ……」

「あ、ごめんなさい」


 刀なんてずいぶん使っていなかったから、つい。


「あ、ていうか自己紹介がまだだったな」


 ふと、踵を返して歩きはじめた彼がまたこちらを振り向いた。

 そして親指で自分を差しながら、胸を張って彼は言った。


「オレの名前はキール。〈キール・キルシュカ〉。この輝海世界で、いずれ天下の大商人となる男とは、まさにこのオレのことだ」


 わたしはたぶん、運がいいのだろう。

 転移した直後から周りの人たちに助けられて、挙句、自分の境遇をくわしく知る者がこうして迎えに来てくれた。

 ああ、間違いなく、幸運だ。

 ふと、そのとき強く思った。


「わたしは――」

「あ、待て待て、お前の名前は道中で聞く。ちょっと面倒な気配がすっから、とりあえずここから移動するぞ」

「そうなの?」


 まあ、どの名前を名乗ろうか迷ってたかちょうどいいが。

 でもせめて、お礼は今のうちに言っておこう。


「あの……ありがとう。正直これからどうしようかって、ちょっと不安になってたから」

「ハハ、礼を言うのははええよ。――まあ、気持ちはわかるからな。世界間転移の経験だけは俺の方があるから、余計に」


 そう言ったときの彼――キールの顔は、どことなく寂しげだった。


「どんなに生きてきても、なんにもわからないところへ放り込まれるのはこええもんさ」


 路地の出口に向かって再び歩きはじめた彼は、頭の裏で手を組みながら笑う。

 わたしは彼の背中を見失わないようにじっと見つめながら、また輝く海の見える道へ歩み出した。


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