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3話 「輝海世界の彷徨者」

 視界が暗転する。

 勇者の剣はわたしの命を奪った。

 これで世は平和になるだろう。


 ――あと一回か……。


 あの〈神士〉の青年が言うには、あと一回はどこかの世界で生を全うしなければ神士にはなれない。

 死んでも別の世界に生まれ変わるのは〈世界遊子〉の宿命だ。


 ――記憶が引き継がれるのって、考えようによっては地獄よね。


 これはある意味、永遠の命に似ている。

 世界遊子の場合は、生きる世界も、関わる人も、一度の生まれ変わりで大きく変わるから、案外飽きることはないのかもしれないが、前世を覚え、長い生の記憶を抱えたまま生きていくというのは、なかなかに大変なことだ。


 ――まあ、それでもわたしは死ぬつもりもないのだけれど。


 わたしには夢がある。

 最初の世界で、わたしは若くして死んだ。

 そもそも最初の世界での人生も、普通とはかけ離れたものだったが、まあ魔王人生よりはマシだ。


 ――次こそ、普通の女の子らしい名前を得て、普通の女の子として生きていく。


 平和に、キャピキャピと、世界の命運など知りませんという感じに。


 ――神様、どうか。


 鬼や、妖怪や、魔物や、世界崩壊兵器とか、そういう物騒なものがない世界へ。


 ――そしてあわよくば、わたしに普通の名前を!


 和洋折衷、欧州崩れ、やたらに長くてゴツい名前。

 

 ――次こそ……次こそ……。


 死の瞑目の中でそんなことを考えていると、やがてわたしの意識が横に引っ張られた。

 たぶん、次の世界へ魂が吸われ始めたのだろう。


 ――神士は来ないのね。


 今回はあの白い空間に呼ばれることはないようだ。

 さすがに三百年も経っているから、神士たちも代替わりとかしていそうだが、少しあのくたびれたスーツ姿が恋しい。


『あ、やっと見つけました!』


 ん?


『メロディさーん!』


 だから下の名前で呼ぶのはやめろ。


『あれ? あのときの神士さん?』


 意識の中に声が響いている。

 最初の転生のときに出会った例の神士の声だ。


『よし、ちょっとこっち来て一発殴らせて』

『えぇ……』


 なにが『比較的平和な世界が多いと思うのでたぶん大丈夫です』だ。

 全然平和じゃなかった。

 

『今のメロディさんに殴られたらさすがの私もパーンってなるので……』


 願ってもない。


『じゃなくて、今メロディさんの魂が向かおうとしている世界はちょっとマズイんですよ!』


 え?

 マズイ?


『あー! せっかく優秀な神士候補生だったのに! よりによってそこかぁ!』


 ちょっと待ちなさいよ。

 

『またそのセリフかぁー!!』


 わたしの三度目の人生よ、どうか健やかであれ。


◆◆◆


 目が覚めるとそこは異世界だった。


 ……。


 ……。


 一度言ってみたかったのよね、この台詞。

 でも待って?


「うああ……! 頭痛いッ……!!」


 ゴン、と良い音がして頭に激痛が走った。


「うう……」


 頭をさすりながら起きあがる。


「……」


 そこで気づいた。


「喋れるんだけど……」


 転移はした。

 世界から世界へ、まず間違いなくわたしの魂は移動した。

 しかし問題がある。


「普通死んだなら転生じゃない?」


 体が大きい。

 言葉もしっかり話せる。

 心なしか魔力まで増大している気がする。


「……」


 そのあたりで周りからのがやがやとした声に気づいた。

 見れば数多くの通行人が立ち止まってわたしのことを見ている。


 ――ケモ耳いるぅ。


 すでにその中には亜人種が見受けられた。

 爬虫類系もいる。

 あっちにはエルフ。


「わたしの……普通の人生……」


 なにこれ彩り豊か。

 この分だと鬼とか妖怪もいそう。


「ち、ちきしょーう!」


 とにかくいったんどこかで落ち着きたい。


「……あ、お気になさらずにー」

「新しい世界遊子だ!」

「服に血がついてるぞ! 怪我をしてるかもしれない! 薬と包帯持ってこい!!」

「あと食いモノだ! 前の世界遊子は転移直後に餓死しかけた!」

「え? え?」


 その場を離れようとしたらわたしを取り巻いていた人たちがばたばたと動きはじめる。


「ちょっとこっち来な! おさがりでいいなら娘の服をあげるから! あとうちの主人は医者だから怪我も見てもらうといいわ!」

「おわっ」


 と、そのうちの一人、恰幅のいい獣顔の夫人に体をかつがれて、わたしはそのままどこかへ連れて行かれる。


 ――ええ……。


「食べ物は肉、魚、野菜、バランス良くね!」

「合点承知!!」


 夫人の一声で周りの男性陣が駆け回りはじめる。

 近くで露店を開いていた商人がすでに手に食材を持って並走していた。


 ――な、なんなの……!?


「大丈夫!! あんたは一人じゃないからね!!」

「えっ、あ、ありがとう?」


 その後わたしは病院らしき場所に連れていかれ、体に異常がないことを確認されたあと、夫人の娘さんが着ていたというおさがりの衣服をもらってさらに食事を提供され、ようやく解放された。


「たぶんそのうち〈世界遊子教会〉の連中があんたんとこに来るから、それまで街の観光でもしてなさい。もしなにか困ったことがあったらすぐうちに来なさい。困ったことがなくても寂しかったら来ていいわ!」


 夫人はそんなことを言って、わたしを街へと送り出した。


「はわぁ……」


 なにがなんだかわからないうちにものすごく助けられた気がする。


「と、とりあえず街の中を歩いてみよう……」


 そう思いながら、いまだにふわふわとした心地のままわたしは街を歩きだした。


◆◆◆


 いくらか街を歩くと、海沿いに出た。


「きれい……」


 ビーチのような場所だ。

 砂浜に寝そべっている獣人や、日光の中をふわふわと舞う小さな妖精が散見されるが、さきほどの街中よりいくらか静かである。


「海が輝いてる……」


 砂浜の向こう側に広がっている海を見て、わたしは思わず感嘆の息を漏らしてしまった。

 透き通るような青い海。

 その水の中を細かい光の粒がきらきらと踊っている。


「海の中のダイヤモンドダスト? ――あ、今の形容、我ながら素晴らしい感性だわね」


 ビーチ際には数多くの店が並んでいて、その建物の間に妙に洒落た細道などもある。


 ――ひとまず怪我がないってことはわかったけど、まだわたし自身自分の体がどうなったのかわかってないのよね……。


 ひとまず落ち着ける場所でいったん冷静に考えたい。

 わたしはビーチ際に立ち並ぶ建物の間に踏み入って、人気がなくなったことを確認してからようやく自分の身体へ意識を向けた。


「……やっぱり前の身体よね」


 そして、ようやく愕然とした。

 この体は、間違いなく三百年の苦楽を共にした〈魔王エルリアーナ〉の体である。

 年は三百歳だが、肉体年齢的には十七歳で停止そういうことにしている

 おかげで育つべき場所の成長まで止まってしまっているのが難点だが、これは発展途上であるがゆえの可能性のきらめきということにしている。


「髪もそのまま……」


 金色の髪。

 毛先が少しカールしている。

 これは最初の体のときと同じだが、そのときは黒髪だった。


「というか、服に血がついてたってことは……」


 夫人に着替えさせられる前に来ていた真っ黒な魔王衣装の胸元に、大穴が空いていた。

 勇者の剣に貫かれたからだろう。

 そのときに漏れ出たであろう血も付着していたが、肝心の傷はとっくに塞がっていた。


「くそぅ、エクスカリバーでもダメだったかぁ……」


 勇者の聖剣でもわたしの体は殺せなかったらしい。


「ていうことは、これ、やっぱり転移よね……」


 わたしは死んでいなかった。

 もしかしたらただの転移だったがゆえに、あの白い空間に呼ばれなかったのかもしれない。


「……はあ」


 そのあたりで思わず大きなため息が漏れた。


「新しい名前は得られなかったかぁ」


 転移であれば、新しい名付け親はいない。

 となれば、わたしの魂には〈九鬼・クリスティーナ・旋律〉と、〈エルリアーナ・グランブル・ガルツヴェルグ〉という名前しか刻まれていないということになる。


 ――通名って手もあるけれど……。


 しかしそれだと魔法を使う際に障害になる。

 真名を捧げなければ使えない魔法がたくさんあるのだ。

 名づけというのは、ただの儀式のようであって、実はとても大切なものなのだと魔王人生の中で知った。


「とにもかくにも――」


 どうやらわたしは、


「勇者に殺される前に転移したのね……」


 運命に形があるならマウントを取りたい気分だった。


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