17話 「パワー・オブ・レルーザ」
天を貫かんとばかりにそびえていた漆喰のマストが、轟音を立てながら輝海に落ちた。
わたしの投げた砲弾がちゃんと命中したらしい。
「次、海賊島の先端に見える大砲の発射台を潰すわ」
わたしは右手を天に掲げてそこに火の魔法を生成した。
火気を凝縮し、凝縮し、わたしの魔力を燃料に捧げて、青白くなるまで火力をあげる。
「〈青き太陽の宝火〉」
耳をこするような甲高い音が火球から鳴りはじめたところで、わたしはそれを敵の海賊島へ投げつける。
青白い巨大な火球を跳ね返そうとするかのように、海賊島から一斉に砲弾が発射された。
しかしわたしの火球はすべての砲弾を呑みこんで焼き尽くしながら、まるで減速することなく海賊島へ突撃する。
炸裂。
火球は海賊島の外縁にずらりと並んでいた大砲の列を片っ端から吹き飛ばした。
「これでだいぶ遠距離攻撃は少なくなりそうね」
「う、うん……」
サンクがその光景を気まずそうに見ている。
しまった。
なにかいけないことをしてしまっただろうか。
「あ、ようやく敵の本隊が来たね。やっぱり骨系のアンデッドだ」
そんなサンクが指差した先に、鎧を身に纏った骨人たちが見えた。
いまだ燃えている海賊島の外縁から、逃げるように海に飛び込むアンデッドの軍勢。
あたふたとしているさまが少しかわいらしい。
「アンデッドかぁ」
あれも上陸される前にやってしまった方がいいのだろうか。
「上陸は阻止した方がいいわよ……ね?」
「そ、そうだね。島民に被害が出るのは避けないと」
「わかったわ」
再度アンデッドたちに視線を向けると、彼らは五人一組になって前方に魔法陣を形成しながらやってきていた。
おそらくあの魔法陣は障壁系のものだろう。
「こっちのアンデッドも、聖属性の魔法が効くのかしら」
わたしは基本的に聖属性とか光属性とかの魔法が苦手だ。
魔王である所以かもしれない。
でも決して使えないわけではない。
最初の人生では、人並みに仏道だとか神道だとかに触れてきた。
それに訳あって、いわゆる魔と呼ばれるものを祓っていたこともある。
「っ」
ふと、そのあたりで左腰に差していた例の刀――〈死桜〉が脈動した。
「あんたはまだ寝てなさい」
わたしはその鞘を撫でて、刀の意志を諌める。
――もしあんたが最初の世界のままの刀だったとき、この世界ではまだ納め方がわからないからね。
ともかく、そういう諸々の経験があって、魔王であるころに聖属性の魔法を開発したことがある。
だから、試しにそれを使ってみることにした。
「南無南無……なんかうまいこと滅しなさい――〈四聖護封札〉」
わたしは両手を合わせて何かに祈った。
この何かに、というのが肝だ。
神でも仏でもいいが、なんかいい感じに聖なるものに祈っておくと、たいていうまくいく。
これが具体的なものになると、逆にうまく発動しない。
たぶん世界ごとに祈るべき『聖なる何か』が違うからだろう。
まあ、細かいことはいいのだ。
きっとこの世界にも聖なる何かはいると信じてる。
「あ、来た来た」
すると、わたしが祈った直後、わたしの周りに計四枚の巨大な札が現れた。
たいそう効果のありそうな梵字やらが描かれている光る札だ。
「本来守りに使うものだけど、たぶん効果はあるわよね」
〈四聖護封札〉は本来自分の四方の空間に貼りつけて、聖属性の障壁を作る魔法である。
しかし一度アンデッドに対してこの空間を装備したまま突撃したら、見事に昇天した。
であれば、これをアンデッドに貼りつければ、結構効果があるはずだ。
「行きなさい、お札」
わたしは指先一つで聖なる札を投擲する。
光る札はわたしの命令にしたがって輝海にぷかぷか浮いているアンデッドたちに飛んでいった。
――あ、効いた。
札がアンデッドに近づくと、アンデッドたちがじわじわと白く燃えて、最後には塵になって散ってしまった。
「ぎゃあああ」という人間ぽい断末魔があれだが、この際それには耳を塞ぐことにしよう。
「先に仕掛けてきたんだもの。昇天する覚悟はあったでしょう?」
隣でサンクが遠い眼をして昇天していくアンデッドたちを見ている。
「よし、だいぶ消えたわね」
「あ、う、うん……」
「メロディさーん」
と、今度は上から声が聞こえた。
見上げるとそこにはクーンの姿があった。
黒い翼をばさばさと羽ばたかせて、器用に空を舞っているスレンダーな美女。
「あ、クーン」
「競争はわたしの負けッスね。ていうかなんかもういろいろと負けッスね……」
「ん?」
そんなことはない。
少なくとも胸の大きさでは負けてい――くっ! 自分で言っていて切ない!
「サンクさん、どんな感じッスか?」
クーンは空からゆっくりと降りてきてわたしの隣に着地すると、気まずそうな表情のまま剣を構えていたサンクに訊ねる。
「まあ、なんていうか、その……か、かわいそうだな」
「そうッスね。かわいそうッスね……」
「でも、意外と向こうも持ちこたえてる。もしかしたら最後の悪あがきとばかりに捨て身の攻撃をしてくるかもしれない。油断は禁物だ」
たしかにそれは怖い。
捨て身になった人や獣は、往々にして意外な底力を発揮するものだ。
それでも勇者はダメだったが。
「――ほら、言った傍から来た」
するとサンクが再び真面目な表情になって海賊島の方を指差した。
徐々にこちらに近づいてきていた海賊島は、すでに全容が拝めるくらいになっている。
本当に巨大で、島全体が不穏な空気を纏っていた。
――外縁はわたしの〈青陽の宝火〉で燃えてるけど。
ともあれそんな島の中心から、今度は光る砲弾が無数に飛んできていた。
数が多い。
「さすがに俺一人であれを全部防ぐのは骨が折れるな……!」
そう言った直後。
「よう、間に合ったぜ」
キールの声が後ろから聞こえた。
振り向くと、ぜえはあと息を荒げている灰色髪の青年が映る。
「って、いきなり総攻撃かよ」
「キールもあれ落とすの手伝ってくれ。あとは――」
「我輩の筋肉が活躍するときッ!!」
今度はどすん、と音がした。
わたしが音の方を振り向くと、そこに――
「おおう」
上裸マッチョな大男が一人。
もうなに、マッチョの中のマッチョ。
キングオブマッチョ。
というかなんで上裸なのかしら。
「さきほどはまともに挨拶もできなんだ! 我輩の名はニック! 〈ニック・オブ・ゴールド〉である! 人呼んで〈筋肉魔法使い〉とは我輩のこと! のちほどマッスルランゲージにてくわしく自己紹介をする! 今はあの魔法砲弾を防ぐのである!!」
すごく濃い。
でも不思議と頼れそうな感じがするわね。
キングオブマッチョ――ニックはそう言い残して砂浜の外縁にまで猛烈な速度で走っていった。
「大丈夫……なの?」
「問題ない。ニックはあんなだけど、腕は――筋肉はたしかだ」
サンクがうなずきながら言った。
それ大丈夫なのかわからないけど、サンクがそう言うならそういうことにしておこう。
「じゃあ、メロディもできるだけあの砲弾を撃ち落としてくれ。俺たちも行く」
サンクがそう言って黒い炎の翼をさらに巨大化させた。
爆風で髪が靡く。
すさまじいまでの魔力だ。
――わたし並みに魔力がある人、はじめて見たかも。
サンクはその黒い炎の翼を羽ばたかせて、撃ちだされたロケットのように空の魔法砲弾群に飛び込んでいった。
「うし、んじゃオレもやるか」
隣にいたキールが、両手にいつの間にか銃を持っていた。
綺麗な黄金と水色の金属で造形された銃だ。
「これ、俺の魔銃で〈ミストルテイン〉って言うんだが、結構強烈なんだぜ」
言うやいなや、キールが空に向けて片方の銃を撃つ。
銃口から発射された黄金の銃弾が、遠くを飛んでいた魔法砲弾を穿ち、見事に霧散させた。
ホーミング効果も掛かっているようで、二発目の銃弾がぐねぐねと柔軟に軌道を修正しながら飛んでいく。
「はあ、わたしも行くッスか。あんまり真っ向からの戦いって得意じゃないんスけど」
クーンがそう言いながら再び空に昇った。
「メロディさんも気をつけて。帰ったらまたゆっくりお話ししましょう」
クーンはそんな言葉を言い残して、ずっと高くまで飛んでいく。
ある程度の高さに昇ったクーンは、空に向けて両手を開いた。
――魔法陣。
手のひらに展開された巨大な魔法陣は、緑色に明滅している。
やがてそれは空間に弾けて、途端に空に暴風が吹き荒れた。
竜巻のようになった暴風の塊は、たくさんの魔法砲弾を巻き込んで彼方へ飛んでいく。
「みんなすごいわね」
「よく言う。お前ほどじゃねえよ」
キールが空に向けて魔銃を撃ちながら笑った。
「まあ、オレたちもいろんな世界でそれなりに修羅場は潜ってきてるからな。そこらへんの戦士なんかよりゃ、やれることも多い」
そうか。
なら、わたしも負けてられない。
素直にそう思える自分に、少し意外さを感じた。
――いかんいかん、わたしはようやくお淑やかに生きられそうな世界にやってきたのだ。
でも、
「――うん。やっぱり守れる力があるなら、それを使わなきゃね」
わたしは良くも悪くも考えなしだ。
だから今も彼らに協力している。
それでも、自分を迎え入れてくれたこの島を、壊させたくはない。
それもまた素直な思いだ。
だから、
――振るおう。
「わたしの敵を撃滅しなさい――〈生まれついての攻撃者〉」
わたしはわたしが〈魔王〉であった所以の力を、開放することにした。




