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15話 「エネルジーコ・メロディ」

 輝海世界は本当に美しい。

 わたしは頬を撫でる風を感じながら、魔法橋の上を飛んでいた。

 わたしの跳躍は、昔から飛距離と滞空時間が長いことで有名だ。


「この橋も結構丈夫なのね。魔法で出来てるのは伊達じゃないわ」


 昔、魔王エルリアーナだったころ、わたしは大地を割ったことがある。

 別に割ろうと思って割ったわけではない。

 ちょっと急いでお家に帰ろうと思って、グっと足を踏み込んだら大地がパーンとなった。


「あっちかしら」


 その点、この魔法で作られた橋は本当に丈夫だ。

 わたしが思いっきり踏み込んでも少しひびが入る程度で済んでいる。

 でも何度も思いっきり踏み込んでいると割れてしまいそうなので、大跳躍は控えめにすることにした。


「あ、キール」


 ふと、眼下に灰色のポニーテールが見えた。

 キールがわたしの方を見上げて口をあんぐりと開けている。

 なにか言っているふうにも見えるが、耳元を過ぎ去る風のせいでうまく聞き取れない。


 ――いったん下りた方がいいかしら。


 ちらと振り返ると遠くにクーンの姿が見えた。

 綺麗な黒い翼をはためかせて、こちらに飛んできている。


 ――ここで止まると追いつかれそうだわ。


 やっぱり下りるのはやめた。

 競争に負けたくはない。

 ちょうどそのあたりで、遠くに巨大な『船』が見えた。

 もしかしたら海賊島からの先兵だろうか。


「よし」


 跳躍が頂点に到達し、今度は体が降下をはじめる。

 落下地点を見極め、簡単な風の魔法で姿勢を制御しながら、次の跳躍に備えた。

 

◆◆◆


 魔法橋の終わりに到着した。

 魔法橋は輝海の面する砂浜に終端を設置し、ご丁寧に階段まで用意してくれている。

 その厚意を受け止めながらも、わたしは面倒なので一気に砂浜に着地した。


「うおう」

「あっ、サンク――さん」


 砂浜にはすでに先客がいた。

 黒い髪に赤い瞳。

 手触りのよさそうな黒尾をゆらゆらと漂わせる美青年――サンクだ。

 彼はわたしが着地と同時に舞い上げた砂塵にまみれて、驚いた声をあげた。


「さんはつけなくていいよ、メロディ。それにしてもすごい早さでついたな……オレもかなり飛ばしてきたんだけど」


 ふと、サンクの背に黒い炎が舞った。

 わたしの感覚器が魔力の奔流を感知する。――魔法だ。

 その黒い炎は瞬く間に火力をあげ、サンクの背中で翼のように変形した。


「魔法?」

「オレのは魔術だね」


 まだそのあたりの区分けがはっきりとわからない。

 

「まあ、さほど変わらないよ。ともあれ、オレのこれも結構推進力はあるんだけどね。メロディはどうやってここまで?」

「わたしは――」


 サンクのように格好の良い魔術を使ったわけではない。


「身体強化の魔法をかけて、思いっきりジャンプしてきたの」

「ただの身体強化の魔法で魔力風を発生させてたのか……」

「魔力風?」


 サンクが目を丸くしているが、いまいちそれがなんなのかもわからない。

 わたしは昔から魔法に関してはかなり適当に使ってきた。


「ある一定の魔力を放出すると、それ奔流になって風みたいに吹くことがあるんだ。本来術式燃料は手に触れられたり感触のあるものじゃないんだけど、あるラインを越えるとそれが実体化する」

「へえー」

「その実体化が『魔法』の原理なんじゃないかって言われてるけど、難しいことはオレもよくわからない。あとでハカセあたりに訊いてみるといいよ。オレよりはくわしいから」

「そうしてみるわね」


 うなずいて、わたしはついにサンクから視線を切った。

 代わりに視線を向ける先は、輝海の向こう側。

 あの、巨大な船だ。


「あれが海賊?」

「たぶんね」

「お城みたいな船ね」


 もう少し大きければそれ自体が島と言ってしまっても差支えないかもしれない。

 それくらい大きな船だ。

 天に伸びるマストの上の方は薄い靄がかかっていて、全容がつかめない。


「霧かしら」

「自然のものじゃないかもな」

「あれも魔法?」

「たぶんそう。あのマストの上に、狙撃手がいる可能性がある。たぶん、この霧を相殺する術式を目にかけて、向こうからはこっちが丸見えになるようにしてるんだ」


 よくあの霧を見ただけでそこまでわかるものだ。

 

「俺は少し目がいいからね。今ここにいない仲間の一人にはそういう術式を見ただけで完璧に理解して、さらにその術式を相殺する魔術をまで作っちゃうやつもいたんだけど」

「すごいわね……」

「怪物ってやつさ」


 サンクは右手に持った剣を前に構えて、マストの上の方を見上げる。

 その剣の刀身は宝石のような綺麗な輝きを放っていて、わたしの眼を奪った。


「あー、あと敵は霊体種族かもしれない」

「アンデッドってこと?」

「そう。知ってる?」

「うん」


 使役してました。


「この世界にもアンデッドっているのね」

「この世界にはなんでもいるよ、メロディ。びっくりするくらいいろんな種族がいる。輝海世界はたくさんの世界の混ぜ物みたいな場所なんだ」


 世界遊子として多くの世界を旅してきたサンクが言うのだから、そのとおりなのだろう。

 それにしても、アンデッド。

 ……。

 ――死霊魔法とかで洗脳できるかしら。


「あっ、撃ってきた。下がって、メロディ」


 ふと、サンクがわたしの前に剣を構えて立った。


 直後。


 ガーン、と。

 何かが破裂する音が響く。

 わたしが身構えると同時、霧が掛かっていたマストの中から鉛色の巨大な砲弾が飛んできた。


「あ」


 砲弾は寸分たがわずわたしに向かってきた。


「大丈夫」


 しかしその砲弾は、わたしの前に立ったサンクの一閃によって真っ二つに切り裂かれる。


「二発目、来るよ」


 サンクは剣で砲弾を切り裂いたことをさも当たり前であるかのように対応して、すぐさま二発目への迎撃態勢に移った。

 ――隙がない。

 わたしは率直にそう感じた。


「多いな」


 二発目もサンクが切り捨てる。

 滑らかに切断された砲弾の残骸が、左右に分かれて砂浜に落ちた。

 

「わたし、やり返してもいいかしら」


 砲弾が自分に向かって来たからまだいいものの、これが街の方へ飛んでいたら大惨事だ。

 すでにわたしの堪忍袋は、ちょっと破裂しかけていた。


「うん、これはあきらかな敵対行動だ。警告も宣戦布告もなく一方的に攻撃してきた。たぶんこの島を半壊させてからゆっくり略奪を行う算段なんだろう」


 サンクが背中から再び黒い炎の翼を爆発させて言う。

 三発同時にやってきた砲弾が、その翼に叩き付けられて粉微塵に粉砕される。


「敵の攻撃は俺が防ぐから」

「わかった」


 どの程度やっていいのかわからないが、このままサンクに負担をかけるわけにはいかない。

 わたしは最初にサンクに割断された砲弾の残骸に走り寄って、それを拾い上げた。

 重みなんてさほど感じないけれど、わたしの頭四つ分くらいの大きさがある。


「じゃ、やるわね」


 わたしはそれをどうにか片手に持ち替えて、軽く振りかぶった。


「メロディ、行きまーす」


 そしてわたしは、その砲弾の残骸を――


「ていっ」


 霧の掛かったマスト目がけてぶん投げた。


「えっ? うおっ」


 投げられた砲弾は、こちらに発射されたときよりだいぶ速い速度で、大気との摩擦で赤く燃えながらマスト目がけて飛んでいく。

 サンクが横で目を丸くしているのが、わたしの視界の隅に映った。



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