13話 「海賊島」
――どうしてやろうかしら。
「まずはこの凶悪な機械の在庫を残らず探して、すべて粉砕することね。そうよメロディ、あなた天才だわ。こんな人を不幸にする機械は世の中にあってはいけないわ」
「ま、まあまあ、落ち着けよ、メロディ?」
「なに? なんなのキール? 内心で笑ってるんでしょ? わたしの魅力の数値を見て」
「そ、そんなことねえって」
嘘ね。この顔は内心に笑いをこらえている顔よ。
「今こそ元魔王としての力を発揮するときだわ」
「は、早まるなよ……お前が早まると被害がヤバイことになる未来しか見えねえ……」
キールが両手を振って落ち着けと繰り返す。
早まるなんてとんでもない。
これはわたしの熟慮の結果だ。
熟慮→粉砕。
「まずはハカセの自室を――」
と、そもそもこの機会を生み出す頭脳を持った者の部屋へターゲットを定めたところで、不意に魔法城内に無機質な声が響き渡った。
『緊急事態発生。緊急事態発生。当エルサ・クロウリー移動島の進行ルート上に未確認の他移動島を確認。識別コードなし。統括委員会に未登録の違法移動島です』
「えっ? なに?」
続いて響いた嫌なサイレンに、わたしの胸は嫌な跳ね方をした。
『敵性であった場合に戦闘が予想されます。ただちに世界遊子のみなさまは戦闘準備を。予想される接触部へのルートを魔法橋で生成します。魔法城五階の西側窓口から出動してください』
なにがなにやらわからない。
「はあ、こんなときに海賊島かよ……」
キールがくしゃくしゃと髪をかきながら言った。
それからキールはわたしの物言いたげな視線に気づいて、肩をすくめる。
「さっき少し説明したろ? この世界は一面が輝海って呼ばれる海で形成されていて、その上をいろんな移動島が移動してる。んで、島同士が接触することもあって、そこで交易やら交流やら、場合によっちゃ『交戦』やらがあるって」
そういえばそんな話を聞いた。
「運がいいのか悪いのか。まだそうと決まったわけじゃねえが、おそらくその『交戦』のもととなるような島が、今この島の目の前に来てるんだよ」
「え? それってつまりピンチじゃない?」
「ああ、ピンチになる可能性はある」
そう言ってキールはゆっくりと部屋の出口へ歩きはじめた。
「おれも一応出る。島の規模がわからねえからなんとも言えねえが、指揮を執る必要があるかもしれねえ。――サンク」
「あ、サンクさんはもう行ったッス」
「こういうときマジではええなあいつ……」
思い出したように振り向いたキールの視線の先には、すでにサンクの姿はなかった。
わたしも今気づいた。――早いとかいうレベルじゃない。
「サンクさんはマジモンの救世主ッスからね。別にふざけてるとかじゃなくて」
わたしが驚いているのに気づいたのか、クーンが楽しげに言う。
「くわしいことはわからないけど、たしかにそういう雰囲気はあるわね」
「せっかくだから、その勇姿を見に行くッス」
「ていうかおめえも戦るんだよ」
キールがため息交じりに言った。
「わたし戦闘員じゃないッスよ!」
「嘘つけ。前の世界で天上世界を地面に墜とした張本人が。――いいから早く来い。ほかのやつらもな」
そういってキールは会議室の扉をくぐった。
「なんだかんだ言って、キールさんも正義感強いんスよ。だからサンクさんと気が合うんでしょうね」
クーンがカールした黒髪を指で巻き取りながら、ため息まじりに言う。
たしかにそんな気はする。
一番最初に自分のもとに来てくれたのも、やはり彼だった。
「――あ」
ふと、そこでわたしは自分がどうするべきかを考えた。
「ねえ、クーン」
「うん? なんッスか?」
「その海賊島って、やっぱりこの島の住民も狙ったりするのよね」
「そうッスねー。相手が違法島とかじゃなくて、単なる戦争屋国家とかだと逆に非戦闘員には手を出さないことが多いんスけど、違法島使ってるような海賊ってなるとたいがいは無差別ッスねー」
わたしはこのとき、一番最初にこの衣服をくれた獣顔の夫人のことを思い出していた。
なんの繋がりもない、無論喋ったことすらない異端放浪者であったわたしを、彼女をはじめとしたこの島の住民たちは助けてくれた。
「なんで助けてくれたんだろう……」
見ず知らずの自分を、あそこまで。
「メロディさんもこの島の住民に助けられたんスね」
「……うん」
「不思議ッスよね、ここの島の人。昔、この島はすごく弱くて、いつ沈没させられてもおかしくない島だったみたいッス。そんな中で、曰く、『いろんな偶然と人の厚意によって』助けられた結果、今でも存続してるみたいッス。ちなみにそのときこの島を助けた人の中には世界遊子もいたみたいなんすよ」
「それって――」
「そう、この〈世界遊子協会〉を作った最初の世界遊子ッス」
なるほど。
どうやらこの島は、人の厚意によって回っているらしい。
助け、助けられ、だから彼らはきっと、見ず知らずの自分のことも助けてくれた。
――たぶん、あの人たちはわたしが世界遊子じゃなくても、困っているといえば助けてくれただろう。
「わたしは幸運だ」
改めてそう思う。
「じゃあ、わたしも助けられた恩返しをしよう」
本当は、普通の女の子らしく平穏に暮らしていられるのが一番良い。
けれど幸か不幸か、わたしには力がある。
そしてわたしは、もしわたしを助けてくれた住民たちが困っていて、そのときこの力で彼らを助けることができるのなら、受けた恩を素知らぬ顔で忘れて、そのままのうのうと生きるようなことは、したくない性質だ。
「わたしも行く」
「お、メロディさんもやる気ッスね?」
クーンが美貌に嬉しそうな笑みを乗せてこくりとうなずいた。
「じゃ、行きましょうか」
「ええ」
扉を開け、キールたちに続くように会議室を出る。
会議室と繋がっている空中廊下に出ると、魔法城の本塔の上階から西側に果てしなく伸びていく半透明の『橋』が見えた。
きっとあれがさきほどの放送で流れた〈魔法橋〉なのだろう。
――あの先に、海賊島がある。
世間一般に正義か悪かなんて今さら気にはしない。
魔王をやっていていろいろ感じたところもある。
世の善悪を普遍化するのは、不可能なことだ。
でも、そんな世の中で、一つだけ確固として言えることがある。
「わたしは、わたしの敵には結構厳しい」
果たしてあの橋の向こうにいるのがわたしにとっての敵であるのか。
それを確かめるためにも、さっさと行くとしよう。
「じゃあ、せっかくだしあの橋を使いましょう。クーンは飛んでいくの?」
「そうッスよ。どっちが速いか競争ッスね」
「そうね。それなら、わたしも本気でいくわね」
言いながら、わたしは空中廊下の窓枠に片足をかけた。
窓ガラスの存在しないその窓の向こうから、すがすがしい風が吹いてくる。
「おろ? メロディさん? そこは橋かかってないから落ちたら普通にあぶな――」
クーンが首をかしげて近づいてくるが、競争と言われたからにはわたしも待ってはいられない。
余談だが、わたしはそれなりに負けず嫌いだ。
「先、行くわね」
そしてわたしは窓枠を足場に思いきり外へ跳躍した。
「ちょっ!」
本塔の五階から伸びている魔法橋はわたしが飛びだした窓からずっと高い位置にあったが、わたしの跳躍はその位置まで楽々と身体を運ぶ。
伊達に前世で魔王はやっていない。
それにわたしは、
「どっちかって言うとインファイターな魔王だったのよね」
ステータスミエールで自分のステータスを見て再確信した。
やっぱりわたし――脳筋系だった。




