閑話~8years ago(2)~
禊と剛の不思議な兄弟関係が始まってから早くも一週間が経っていた。
突如として発覚した彼女の存在には屋敷中の人間が動揺を隠せなかったが、それは突然できた新しい家族にどう接していいのか分からずに戸惑っているだけの剛とはまた少し違う理由であった。
当然ながら、剛もそのことにはすぐに気が付いていた。
先代の当主が妾に産ませた子供の末裔。
いくら宗家の血が彼女の中に流れていると言っても、禊は守宮家にとってほとんど部外者である。
それがいきなり当主の義娘になったのだ。
古くから続く魔術師の名家ともなれば、分家と宗家の間の身分の壁と言った時代錯誤な風習が未だに根強く残っているところも多い。
つまり、分家筋にとって、宗家の長女である禊は自分たちよりも格上の立場にあることを意味し、分家の人間は昨日まで魔術の初歩すら知らなかった少女に対して敬意を払って接しなければならないのだ。
ただでさえ、彼らを率いる次期当主と目されている男が、剛のような生まれつき変換回路を持たない無能者であると言うことだけでも彼らには認めがたいことであると言うのに、この上、何処の馬の骨とも知れない少女にまで目上に立たれては、彼らとて酷く鬱憤が溜まるのは至極当然の事であった。
しかし、これは守宮家の当主が決めたこと。
魔術師の名家において当主の決定は絶対であり、分家の者はそれに逆らうことは許されない。
彼らは渋々ながらも受け入れざるをえなかった。
当主の手前、表面上は取り繕っていても、内心では誰もが禊の存在を疎ましく思っていたのである。
学校から帰ってきた剛がそれを目撃したのは、ほんの些細な偶然であった。
いつものように授業の復習と予習をしていたら、ふと飲み物が欲しくなり食堂へと向かっていた時のこと。
「―――――――――――!?―――――――!!」
「―――!!――――!!」
「・・・・?」
中庭の方から子供たちの声が聞こえてきた。
いつものように子供たちが遊んでいるのかと思ったが、それにしては様子がおかしい。
不審に思った剛は、中庭の方に行ってみた。
そこには――――。
「よそ者は出て行け!!」
「出て行けー!!」
「あうっ!!」
分家の子供たちに石を投げつけられていた禊がいた。
「や、止めてください・・・」
「うっせー!!魔術も使えないのに偉そうに喋んな!!」
石を投げつけられている禊は蹲りながら懇願している。
子供たちはいずれも、禊よりも年下の子供たちばかりであったが、禊は抵抗することも逃げ出すこともできなかった。
禊が逃げられないように壁状に展開された数枚の空間固定魔術で身動きを封じられているのである。
それは剛の目から見てもあまりにもお粗末な出来であったが、一般的な大人を捕えるほどの頑強さを誇っており、禊にはどう足掻いても破ることは不可能であった。
「・・・・!?」
剛はその光景に目を疑っていた。
そして、何故こんなことにすぐに気が付かなかったのかと後悔した。
そこには、かつての自分が経験した光景が広がっていたのだ。
一つの集団において、極度に不満が溜まれば、その捌け口は最も立場の弱い者へと向けられる。
特に小さな子供たちはそう言う者に対しては非常に敏感だ。
大人たちが表面上は取り繕っていても、その背中を見て育つ子供たちは彼らが抱く彼女への感情を見抜き、まるで新しい玩具を見つけたように標的を定める。
大人たちは表面上の敬意を払っているため、直接禊に何かをするわけではないが、誰も子供たちを諌めようとはしない。
そのことが子供たちの増長に拍車を掛けていた。
まだ分家と宗家の立場関係が分からない子供たちは容赦なく禊に石を投げる。
ここに魔術が加わればもう最悪である。
子供は純粋で無垢だからこそ、善悪の区別がつかずに、時に無自覚に残酷なことをしでかしてしまう。
彼らは、手に入れたばかりの魔術を人に向けて試したくてしょうがないのだ。
それが使い方を誤れば、容易く人の命を奪えるほどの危険な代物だとも知らずに。
「ここから出て行け!!」
「っ!?」
更に大きな石を投げつける光景を見た剛は咄嗟に駆け出していた。
縮地で間合いを詰め、禊に向かって投げつけられた石を受け止める。
「何すんだよ!?」
「・・・・・」
突然の妨害に子供たちは声を荒げるが、剛はそれには答えず、禊に向き直る。
禊の動きを邪魔している空間固定の結界を手の甲で叩くと、ガラスが割れるような音とともに結界は崩れ落ちた。
「・・あ・・・・」
「大丈夫か?」
「はい・・・」
剛は蹲っていた禊の手を取り、立ち上がらせる。
「おい!!邪魔すんなよ無能息子!!」
禊を取り上げられた子供たちが剛に詰め寄る。
「・・・・・・」
「あだっ!!」
しかし、剛は有無を言わさずに、石を投げつけた子供たちの頭に拳骨を落とした。
子供たちは頭を押えながら蜘蛛の子を散らすように去っていく。
「ありがとうございました」
禊は剛に頭を下げてお礼を言う。
「・・・・・」
「え?・・きゃっ!!」
その頭を剛は無言でワシャワシャと撫で回した。
「・・・・・・馬鹿野郎が・・」
それは一体誰に向かっての言葉であろうか。
その笑みの下に耐え難い孤独を隠し続けてきた禊に対してか。
あるいは、そのことに気づけたはずなのに気づくことがなかった自分に対してか。
剛は禊の笑顔にすっかり騙されていた。
彼女の手を取って初めて気がついた。
彼女の着物の裾が濡れていることに。
思えば、剛は出会ってから、禊の笑顔以外の表情を見たことがなかった。
人が終始笑顔で居続けることなどあるだろうか?
答えは否である。
禊は守宮家に溶け込もうと必死だったのだ。
見ず知らずの人たちに囲まれて暮らす孤独の中で、自分の居場所を作ろうとしていたのだ。
だから、自分を受け入れてもらおうと、人前では絶えず笑みを欠かさなかった。
涙を見せれば、弱音を吐けば誰にも受け入れてくれないとでも思ったのだろう。
人の目のないところで、その孤独に涙し続けていたのだ。
気がつけば、剛は腰を下ろして禊と視線を合わせ、その小さな体を抱きしめていた。
「禊。俺はお前のお兄ちゃんだ」
「?」
この時、剛は初めて自分の口で禊の兄を自称した。
「お兄ちゃんは妹を守るもんだ。だから、俺はどんなことになっても、禊を見捨てるような真似だけは絶対にしない」
「!?」
「辛かったんだろう?いいんだよ。今はお兄ちゃんしかいないんだから、思いっきり泣いても」
我ながら自分の口下手さが嫌になる。
どうして、もう少し気の利いた言葉をかけてあげられないのか。
「ふえ・・・」
しかし、それでも、少しでも剛の思いが届いたのか、禊の瞳に涙が溢れる。
「ふぇぇぇぇぇぇん!!お母さんに会いたい!!お家に帰りたいよ!!」
それはずっとため込んでいた禊の本音であった。
それも当然であろう。
齢一桁の少女が急に母と引き離され、今までと全く違う環境で暮らし始めることになったのだ。
その上、周りの連中は理不尽な敵意を禊に向けており、唯一の味方である義父も普段は忙しく彼女に構ってばかりはいられない。
そこまで考えが至った時、何故父が剛に禊を任せたのかを理解し、ひどく後悔した。
もっと早く気づいてあげるべきだったと。
初めての兄妹に距離感がつかめず、結果として無関心を貫いてしまった結果がこの様である。
(本当。お兄ちゃん失格だよな・・・・)
剛は泣き続ける禊を力強く抱きしめていた。
この時、剛が禊に向けていた感情は何だったのか。
兄としての妹に対する責任感か。
孤独な彼女への同情心か。
それは今でも分からない。
だが、仮初でも、歪でも、今日ようやく二人は兄妹になったのだ。
「お恥ずかしいところをお見せしました」
あれからしばらく泣き続けた禊は、顔を真っ赤に染めながら剛に向き合っている。
「あの・・・」
「何だい?」
おずおずと禊が剛に切り出した。
「お兄ちゃんって呼んでいいですか?」
「・・!?」
改めて禊から呼ばれるその呼称にこそばゆいものを感じる。
「何言ってるんだい?もう俺らは兄妹だろ?」
「・・・はい!!分かりました、お兄ちゃん!!」
その後、禊と他愛のない会話を続けていた剛は、ふと、あることを彼女に提案した。
「なあ、禊」
「何ですか?」
「魔術、習ってみないか?」
補足:魔術の名門において、一族の秘術のすべてを継承できるのは限られた宗家の人間だけで、分家は一族が研究してきた魔術の一分野のみを継承する。