第五話~儀式2日目~
儀式の二日目は封印地として選んだ場所に神殿を作ることから始まる。
膨大な量の魔力を使用しなければ発動できない魔術を使用する場合や、同じ個所に断続的に魔術を掛け続けなければならない場合では、この神殿の存在が不可欠となる。
先日の調査で地脈の流れを入念に調べたのは、この神殿を作るために非常に重要となってくるためである。
魔力の元となる気とは、生き物ならば誰もが持つ生命エネルギーである。
当然、この『惑星』も一つの生命体である以上、氣(誤表記ではなく、どちら本質的に表すものは同じだが、気は生き物の持つ生命エネルギーを表し、氣は惑星の持つ生命エネルギーを表す)を持っていることになる。
地脈とは惑星の大地を循環する膨大な氣の流れであり、神殿とはその氣を汲み上げて魔力に変換する巨大な『人工変換回路』である。
神殿には如何にも典型的な魔法陣タイプから、寺院や教会に魔術的な装飾を施す建築物タイプまで様々なものがある。
「確か、昨日付けておいた目印は・・・・あったあった!!」
禊は昨日の時点であらかじめ封印の基点となる場所を決めておいたらしく、草を掻き分けながらそれを見つける。
「それじゃあ、始めるか」
ジャージ姿の禊は軍手をはめ、まずは邪魔となる野草などを片付けていく。
「はあ・・・はあ・・・・・」
しかし、神殿と封印の術式に必要な土地は、最低でも30m四方を必要としており、その広い範囲に青々と生い茂る野草の撤去を実質的に禊一人(小林と弥生と付き人の一人が別荘で御霊の警備と炊事洗濯、周防が禊の監督、剛と付き人の二人が禊の警備を行っている)で行うのは酷い重労働である。
「ふう・・・・」
儀式の準備をするための準備を終えるころには、すでに昼過ぎとなっていた。
「お疲れ様です。禊お嬢様」
「ありがとう。周防」
禊は周防から水筒と弁当を受け取り、昼食に入る。
監督をしている周防であるが、こうしてサポートはするものの、儀式に関しては例えどんなに重労働であろうとも、決して禊を手伝うことはない。
この封印の儀式に使用される術式は封杖院組長と一部の者にのみ伝えられる最重要機密である。
この場にいる者の中で、その秘奥を知っているのは禊と周防だけ(断片だけならば剛も知っている)であり、付き人たちや弥生さえ知らないのだ。
しかし、それは裏を返せば、この儀式を完璧に遂行できる事こそ、封杖院組長となるための必須条件であるとも言える。
この儀式は次世代への技術の継承であると同時に、言わば、禊が次期組長となるための試験でもあるのだ。
「ごちそうさまでした」
「はい。お粗末様です」
「周防。少し味付け変えた?」
いつもと違う味付けに疑問を思った禊が周防に問いただす。
「いえ。今日の昼食は剛坊ちゃまがお作りになりました」
「え?」
意外な事実に、禊は驚きの声をあげる。
同時に周防の口から出た兄の名前に一昨日の出来事を思い出して、羞恥のあまり顔の温度が上がってしまう。
「なんでも『仲直りの印に』だそうですよ」
「こんなことで懐柔されるボクだと?随分安く見られたものだね」
憎まれ口を叩きながらも、兄が自分の為に手料理を作ってくれた事実に頬が緩みそうになる。
「・・・・・まあ、ありがとうとだけ言っておいて」
「それは今晩にもお嬢様ご自身のお口から仰られるのがよろしいかと」
「・・・・ふん。考えとく」
昼食を終えた禊は、あらかじめ決めて場所を基点として方位や距離を慎重に測りながら地面に溝を掘っていく。
「よいしょ。よいしょ・・・・・」
その際に、封印の術式の下準備も忘れていない。
神殿を組み上げてから封印の術式を作り上げるのではなく、神殿を組み上げる段階から封印の術式を作り上げるのには、実はとても重要な意味がある。
神殿とは地脈や龍脈(大気中を流れる氣の流れ)から無尽蔵に魔力を引き出すことができるため、悪用されれば、大きな被害を出しかねない危険なものでもあるのだ。
それゆえに、悪用を避けるため、神殿を作り上げる際には、あらかじめ使用を想定している魔術以外には使用できないように、神殿の基礎部分に使用する魔術の術式を組み込み、分離できないようにするのである。
また、神殿はその規模に比例して、より多くの氣を魔力に変換するため、魔術行使の余剰魔力の悪用を防ぐには、使用する魔術に合わせて、最適の規模の神殿を作らなければならない。
神殿の規模は大きすぎても小さすぎても駄目なのだ。
禊は儀式が始まるよりも前に作成しておいた封印術式の陣の設計図を参考に、現地の地形を見て修正を加えながら、地面に溝を掘っていく。
そのような単純だがしんどい作業は日が傾くまで続けられた。
「ふう~。生き返る~」
「お疲れ様」
今日もっとも重労働であった禊が一番風呂を貰い、湯船に浸かって汗を流していた。
弥生もついでに一緒に入っている。
「まだ作り始めて一日目だってのに、もう全身パンパンだよ~」
「明日の作業には問題ない?」
「それはたぶん大丈夫。一晩寝れば大体回復すると思う・・・・・・・筋肉痛さえなければ」
最後に小声で呟かれた禊の言葉に、弥生は涼しげな視線を向けていた。
儀式二日目にして、自信があるのかないのかよく分からない禊の態度に若干ながら呆れていたのである。
「そう言えば、禊は気が付いた?」
「え?何が?」
突如投げかけられた弥生の漠然とした言葉に何のことだか分からず、ピンとこない禊。
「今日のお昼ご飯。いつもの周防さんの味付けと少し違ったよね」
「ふっふ~ん。そうでしょそうでしょう!?」
「う、うん?」
弥生の指摘に得心が言った禊は途端に上機嫌になった。
弥生はその急激な変化に戸惑いを隠せなかった。
「今日のお昼は兄様が作ってくれたんだって!!」
「どうして禊が自慢げに話しているのよ」
その言葉に禊の機嫌の理由を察するが、頬を緩めながら幸せそうに語る禊に突っ込むことを忘れない。
「おいしかったな~。兄様の手作り弁当」
「聞いちゃいないし。まあ、卵焼きはふっくら半熟だったし、から揚げもしっかりと下味が付いていておいしかったけど」
弥生の言葉など耳に入っていなかった禊だが、弥生の口から今日の昼食の感想が語られたとたん、禊はまるで裏切られた表情を浮かべながら弥生を見つめる。
「どうして弥生が兄様の弁当の味を知ってるの!?」
「いや、自分で言ってたでしょうが」
禊は弥生の両肩に手を添えながら問いただす。
どうやら、兄の手料理の嬉しさのあまり、彼女の頭の中では『剛が今日の昼食を作った』から『剛が自分の為だけに弁当を作ってくれた』に改編されていたようである。
「あううう。そうだった。・・・・そうだよね。兄様が今日のお昼を作ったんならみんなも食べているはずだよね」
禊は浴槽の淵に手をついて、暗い影を落として酷く落ち込んでいる。
周防から『仲直りの印』にと聞いて、兄が自分だけの為に手料理を作ってくれたと勝手に勘違いしていた自分が馬鹿馬鹿しくなってくる。
「禊。確かに剛さんはここに居るみんなに料理を作ったけど、それはついで。あの人にとっての本命は禊だけ。禊と仲直りしたくて弁当を作ったと言うのは嘘偽りのない本心だと思うよ」
「うん。ありがとう」
弥生の言葉に少しだけ落ち着きを取り戻す禊。
「それで、剛さんとは何か進展あった?」
「いや。あれから一言も話していない」
禊は風呂場でのハプニング以来、まともに剛の顔を見ることができずにいた。
今日も言葉はおろか、視線すら合わせていない。
「そう。・・折角だし、お昼のお礼ってことで大義名分もあるから、後でお兄さんの部屋を訪ねてみたら?」
「・・・・・・・・・・・・うん。頑張ってみる」
顔を真っ赤にした禊は、弱々しくもハッキリと頷いた。
台所で夕食を用意していた周防を除いた男性陣は居間でニュースを見ていた。
『・・・・本日の午前11時ごろ、○○市の公園でバラバラに惨殺された複数人の遺体が発見されました。遺体はいずれも住所不定無職の男性で、遺体の周辺に被害者のものと思われる血痕で描かれた魔法陣のようなものの存在から、警察ではこれまでの連続儀式殺人犯と同一人物による犯行と見て捜査を進めています。続きまして・・・・』
「・・・・で?この犯人はまだ捕まんねえのか?こういうのを税金泥棒って言うんじゃないのですか?公僕さんよ」
ニュースを見て禊の付き人の一人が、剛と小林に厭味ったらしく詰問してきた。
「返す言葉もないな」
「そうですね」
身内の失態に肩身の狭い思いをしている剛と小林。
「何の話しているの?」
そこに風呂から上がった弥生が居間に入ってきた。
「今ニュースで連続儀式殺人犯の新しい犠牲者が報道されていてね。警察としても面目ないと言った話だよ」
「そうなんだ」
弥生はテレビに目を向けるが、すでに別の報道に画面が変わっていた。
「警察はこの事件の犯人について何か分かって・・・って言っても、ただの殺人事件じゃ、零課は捜査に関わらないか」
「いや。この事件の犯人が一連の連続殺人事件と同一犯なら、零課が追っている相手だ。もっとも、この事件は別の人間が対応しているので、自分には何の情報も入ってきていないがな」
「嘘!?魔術師がこの事件に関わっているの!?」
剛の言葉に弥生は驚きを隠せなかった。
気が付けば、先ほど剛たちに文句を言っていた付き人の連中も驚いた表情を浮かべている。
彼らもさすがにこれは予想外だったのだろう。
「でもどうしてそんなことを?」
「それが分からないから苦労しているんだ」
現代の真っ当な魔術師ならば、わざわざ儀式殺人に手を染めるような者はいない。
まあ、真っ当な魔術師でも流派によっては血液や遺骨などを利用することに魔術的記号を見出して術式を構築する者もいるが、それは例外中の例外である。
そもそも一般的な魔術の儀式における生贄とは、昼に禊が作っていた神殿を用いた魔術の一種である。
神殿は主に地脈や龍脈を流れる氣を魔力に変換する魔術装置であるが、別にそれだけしか魔力に変換できない訳ではない。
利用できる地脈や龍脈が近くにないからといって、必ずしも神殿を利用する方法がないことを意味するわけではないのだ。
その方法の一つが、先ほどの生贄である。
生贄と言われると少し語弊があるのだが、この方法は必ずしも生贄となった者の命が失われる訳ではない。
しかし、そう思われている原因には、現代の魔術においても神殿は技術的な障害の数々により、最低でも一戸建ての建物ぐらいの大きさまでにしか小型化することができないことにある。
最低限の規模の神殿であっても、人間にしてみれば膨大な量の気を魔力に変換してしまう。
その総量は生半可な人数の生贄では彼らの持つ全ての気を搾り取ってしまうほどである。
そのため、生贄にされた者はその気の全てを魔力へと変換されて死んでしまうのだ。
しかし、そこまでしても、かなりの数の生贄を揃えなければ、地脈や龍脈から溢れて大気中に漂う氣の量にすら到底及ばない為、効率が悪いとされている。
「それにしても、魔術をそんなことに使うなんて・・・・」
弥生の表情から激しい怒りの感情が伝わってくる。
魔術師にとって魔術は己の誇りでもあり、それを悪用することへの忌避感は計り知れないものがあるのだ。
「皆様!!夕食の用意ができましたので食器の用意をお願いします!!」
そこに周防からの声が掛かり、皆は夕食の準備に取り掛かった。
「ふう・・・・」
夕食の後、風呂に入った剛は自室のベッドに横たわり、先ほどのことについて考えていた。
Piririririririririririr――――!!
「っ!?」
しかし、突如として剛のスマートフォンが鳴り響く。
「もしもし?」
『ああ、先輩っすか?夜分遅くに失礼するっす』
スマートフォンから聞こえてきたのは、同じ零課の後輩刑事の声であった。
「一体どうしたんだ?」
『先輩はニュースで連続儀式殺人について見たっすか?』
「つい先ほど見たばかりだが、どうかしたのか?」
『自分は今その犯人の足取りを追っているんすけど、犯人が最後に目撃された付近まで来たら、先輩の気配を感じたので一応耳に入れておこうと思いまして』
「待て。この近所に犯人がいるのか?確か新しい犯行は○○市ではなかったか?」
『そうなんすけど・・・それらしい不審者の目撃情報を追っているうちにここまで来てしまったんすよ。どうやら、よっぽど慌てて移動したみたいっすね』
「・・・・・・」
『もし何か不審な人がいたら連絡くださいっす。じゃあ、失礼するっす』
「ああ」
そう言って、電話は途切れた。
(我々がここに移動した途端に、後を追うように行動範囲を変えた犯人。これは偶然なのか?)
しかし、情報のない今、これ以上考えても、所詮は空想の域を出はしない。
そのため、剛は思考を中断して、明日に備えるために寝ようとした。
コンコン。
そこに、剛の部屋の扉を叩く音がする。
「ちょっといいか?」
禊の声だ。
「どうぞ」
剛が促すと、禊が部屋に入ってくる。
「・・・・・・・・・・・・」
しかし、入って来たまま一言も喋らない。
「あの、何か御用ですか?」
沈黙に耐えかねて剛が禊に問いただす。
「・・・・弁当」
「はい?」
「弁当!!美味しかったから!!ただそれでお礼を言いに来ただけ!!」
「あ、ああ・・・・」
大声で捲し立てられ、剛は少し物怖じしてしまう。
「喜んでくれて何よりだ」
「ふん!!弁当を作ってくれたことには感謝してあげるけど、それだけだ!!周防の方がもっとおいしい弁当を作ってくれるぞ!!」
「ああ、そうか・・・余計なお世話だったかな?それなら明日からは昼食も周防さんに「べ、別に要らないとは言ってないだろ!!」・・・・」
つい大声で否定してしまい、顔を赤くする禊。
「確かに周防の方がおいしいけど、偶には違う味付けも食べてみたいって言うか・・・・別にそれだけなんだからね!!お前の腕を認めたわけじゃいんだからな!!」
そう言って禊は扉を力づくで閉めて出て行ってしまった。
「やれやれ・・・・素直じゃないお嬢さんだな」
兄妹の関係はとても近づいたとは言い難いが、それでもこの愚兄に近づこうとしてくれた禊の反応に、胸の内があったたくなる剛であった。
補足:儀式魔術の生贄は生きていても死んでいても魔術の行使に大して違いはない。
エネルギー源の気は血液に含まれるため、対象が死んでいても、血液さえ採取できていれば、殺してから儀式に使用しようが、儀式の結果死んでしまおうが大きな影響はないからである。