第三話~到着~
禊たちは封杖院が所有するワゴン車に乗り込み、パトカーに先導されて目的地へと向かう。
「しかし、剛のような無能者がよくもまあ、我々の前に姿を現せたものですなあ?お嬢?」
「そうだね・・・・・」
「しかも今回の護衛は新米の刑事とあの無能者の二人だけとは・・・我々だけでも警備は十分ですが、仮にも伝統ある儀式にこれでは零課の質も高が知れていますな!」
「そうだね・・・・・」
「そもそも実力も実績もない零課が公団と言うだけで、如何にも封杖院と対等であると言った感じが無礼も甚だしい限りですよ!!」
「そうだね・・・・・」
禊は先ほどから適当な相槌しか返していないが、付き人は気が付いていないのか、だんだんと話がヒートアップしていく。
よく見れば禊と弥生以外のメンバーは男の言葉に『まったくだ』と言いたげな表情を浮かべていた。
しかし、弥生だけは禊がだんだん不機嫌になっているのに気付いており、内心ヒヤヒヤしていた。
(お願いだからこれ以上禊を刺激しないで~~!!)
弥生の願いも虚しく、皆は禊の雰囲気に気付かないのか、あるいは気付いていたとしても、それは出来の悪い兄への侮蔑と勘違いしているのか、彼らの嘲りは止むことがなかった。
いつ爆発するかも分からない爆弾の隣に座っていた弥生はそのまま目的地に着くまで、まるで生きた心地がしなかった。
「いや~さっきの娘が警部殿の妹さんですか?可愛い顔して、意外とキッツイ性格ですね~」
「まあ仕方あるまい。最後に出会ったのはあの娘が7歳の時だし、屋敷での私の評価はずっと無能者であったからな。ずっと私の悪口を聞いて育っていたなら良い印象を持たれてなくて当然だ」
自虐的な笑みを浮かべながら剛は小林に答えた。
その表情は、禊が剛のことを本気で嫌っていることは微塵も疑っておらず、妹の心兄知らずな状態である。
「そう言えば、この儀式で封印されている妖魔ってどんなものなんですか?」
暗くなった空気を変えるように小林が剛に尋ねる。
「殺生石だよ」
「殺生石?・・・もしかして金毛白面九尾の狐ですか?」
「そうだ」
「神話級の妖魔じゃないですか!?・・・・・・あれ?」
あまりにも有名な妖魔の名に小林は大層驚いていた。
金毛白面九尾の狐とは伝承によると、九本の尻尾を持つ妖狐であり、人に化けると絶世の美女になると言われている。
その美貌によって権力者の寵愛を受け、国の政治の実権を握っては悪行三昧を尽くし、インド、中国を滅ぼした後に日本に渡って『玉藻御前』と名乗る美女に化けて帝に取り入ったが、当時もっとも力と権威を持つ陰陽師であり、今の土御門家の開祖である阿部晴明に正体を見破られ、宮廷から放逐されたとある。
阿部晴明との死闘に敗れた玉藻御前はその身を殺生石へと姿を変え、その石の周囲にはあらゆる生物を殺し尽くす瘴気に満ち、生き物の住めない不毛の大地と化したそうである。
遂に殺生石と化した玉藻御前を破壊することができなかった阿部晴明は殺生石を強固な結界で封印したが、後に徳の高い坊主によって砕かれ、その破片は全国各地に飛び散ったと言われている。
「あれ?でもそれじゃ、なんでここに存在するんですか?とっくの昔に砕かれたはずですよね?」
「伝承ではそうなっているが、それは殺生石の存在を隠すために流布された偽りの伝承だ。殺生石は今も現世にも実在することから分かるように現代の技術を以てしても破壊する方法はない。故にずっと封印されてきたのだ」
「でもそれならどうして封杖院が封印を?その理屈では土御門家が主体となっている陰陽堂が封印を管理するのが筋では?・・・まあ、あの戦闘能力至上主義で封印なんて下術と見下しているような脳筋連中が封印管理なんてできるとは思いませんけど。それでもプライドだけは無駄に高い奴らですから、自分たちが請け負っている仕事を他の一族に任せるはずはないでしょう?」
「その通りだが、そうなった原因こそが守宮家が幕府に取り入れられる切掛けであり、奴らが封杖院を過度に敵視している元凶でもある。300年前、阿部晴明が施した封印が解かれてしまったのだ」
剛が酷く面倒くさそうな表情を浮かべる。
恐らくは、長年続いてきた陰陽堂の連中の陰湿な嫌がらせの数々を思い出しているのだろう。
「当時の土御門家も当然ながら再封印を試みたが、当時の土御門家は人材の落ち目になっていて優れた術者がいなかったことと、長きに渡り妖魔退治を専門として請け負ってきた影響からか、火力至上主義に徐々に歪んでいった彼らは阿部晴明の秘術の内、封印や結界の類の技術を紛失していたことが理由で、結局誰も再封印できなかったのだ」
「なんか楽に想像できる光景ですね」
「現代の魔術でも破壊できぬ代物を当時の技術では成し得るはずもなく、途方に暮れていたところに我々の先祖が封印に成功してしまい、その功績によって幕府に取り立てられ、封印の管理を一任されることとなったのだ。逆に土御門家は失脚し、彼らの独占状態、特に妖魔退治の任に関しての独占が崩されてしまい土御門家は大きく弱体化すこととなった」
「ははっ!!いい気味じゃないですか」
ちなみに、先ほどの『徳の高い坊主に砕かれた殺生石が日本各地に散らばった』と言う伝承はこの御霊移しの暗喩であると言われ、土御門家の権威を保つために、その失態を民衆に隠す目的もあったとされている。
「さらに、彼らは長きに渡る繁栄で多少傲慢になっていたため、周囲への被害を全く顧みない火力主義の戦い方では多くの被害と犠牲が出ていた。考えてもみまえ、数匹の妖魔を退治するために森を焼き放ったりするようなことが当時当たり前のように行われていたのだぞ?」
「うわあ~。今の時代なら被害を補償する我々の身になれって言いたくなりますね」
「幕府もそれが本音だったのだろう。平安時代ならばいざ知らず、江戸時代ともなれば平民をいくら切り捨てても問題がないわけでもなかったからな」
よく勘違いされることだが、江戸時代の武士の特権であった『切り捨て御免』も、実際には正当な理由もなくそんなことを行えば切腹は免れられなかったと言われている。
さらに、一度刀を抜刀すれば必ず相手を切り殺さないと武士道不覚悟となり切腹となる。
正当な理由もなしに刀を抜いたが最後、切り捨てても切り捨てなくても切腹となるため、ほとんどの武士が生涯において一度も刀を抜くことがなかったと言われている。
「その出来事を皮切りに幕府は徐々に土御門家一択だった妖魔退治の依頼を守宮家に任せるようになり、守宮家は異例の速さでその勢力を拡大させていくこととなったのだ。奴らにしてみれば、守宮家は『下賤な術で成り上がった歴史の浅い田舎者』と言ったところであろう」
「言いがかりも甚だしいですね」
「全くだ」
呆れた様子の小林に心の底から同意する剛。
「そう言えば、この儀式の間、殺生石はどうなっているんです?前の封印場所の保管されているんですか?」
「いや。すでに次の封印場所のそばにある封杖院所有の別荘に運び込まれ、簡易だがかなり強固な封印とそれを納めている部屋を結界で物理的に隔離している」
「別荘!?金持ちはいいですね~。封印地を変えるたびに別荘を購入しているんですか?」
「別荘は今回の儀式の為だけに使用するのではない。封印地には必ず誰かが常駐して見張らなければならないからな」
「あ~なるほど。それに遠出をした組合の魔術師たちの宿代わりにもなりますね」
「それはない」
「ないんすか!?」
「封印地は組合の最高機密だ。封杖院でも信頼のある者にしかそもそも何処にあるかさえ知らされることはない」
それからしばらくパトカーは走り続け、とうとう封印の地に到着した。
封印の地に到着したころには既に日が暮れていた。
木々に囲まれた山奥の別荘に着いた一同は車を降りて別荘に向かう。
「お待ちしておりました」
別荘の入り口から初老の男性が出てきた。
「お久しぶりです。周防さん」
「ええ。お久しぶりですね。剛坊ちゃま」
この初老の男性は周防善吉郎。
封杖院の魔術師であり、守宮家の分家筋の周防家の先代当主であり、剛と禊の父である守宮孝則の執事である。
幼い頃から父の孝則とは友人同士であり、今の禊と弥生のような関係であると言う。
生まれながらに変換回路を持たないために一族中から疎まれていた剛に対し、一切の侮蔑の感情を向けず、むしろ人一倍次期当主として礼節を持って接していた稀有な人物でもあった。
「坊ちゃまはよしてくれ。もうそんな年でもないし、第一、私は守宮を放逐され、次期当主候補から外された身だ。ここに居るのは零課所属のしがない刑事ですよ」
「左様でございますか。お心苦しいですが、刑事さまがそう望むのでしたら、そのように致しましょう」
「ありがとうございます」
「周防!!あまりそんな無能者に構うんじゃない!!」
「禊お嬢様・・・」
「ボクは長旅で疲れたから先に部屋で休む!!」
そう言って禊は別荘の中に入って行った。
「やれやれ。禊お嬢様には困ったものですな。仮にも兄上にあのような態度とは・・・」
「いえ、約束したにも関わらず、一度も顔を見せなかった自分です。恨まれても致し方ないかと・・・」
「そうですか」
「おい爺さん。そんなことよりも何か食い物はないか?腹減っちまってよ」
禊の付き人の一人である封杖院の魔術師が周防に問いかける。
「そうですね。皆様お食事の準備が済んでおりますので、荷物を部屋に置いたら食堂へどうぞ」
周防のその一言に一同は次々と別荘に入って行った。
「禊・・・・」
「なに~~~?」
弥生が禊の部屋に訪れると、案の定、ベッドの上で激しい自己嫌悪に襲われている禊を見つけた。
泣いていたのか、彼女の瞳は真っ赤に充血していた。
「いいんだよ・・・ボクなんか・・・どうせこのまま素直になれず兄様に嫌われるんだ・・・・」
何と言うか、先ほどまでの封杖院の次期当主としての風格は微塵もなくなっており、完全にやさぐれている。
「周防さんが食事の準備ができたから食堂においでって」
「そう」
「みんな揃って食べるんだから早く顔を洗って来なさい。そのみっともない顔をお兄さんに見せるわけにもいかないでしょう?」
「・・・・・・・・・・うん」
禊はフラフラと洗面台に足を向ける。
「仕方ないな・・・・・」
そんな禊を見かねたのか、弥生は禊にあることを耳打ちした。
「私がお兄さんと仲直りできるように取り計らってあげる」
「ぐす・・ぐす・・・・・・・・・・・本当?」
禊は涙に潤んだ瞳で弥生を見つめる。
その目には疑いなど微塵もなかった。
「本当だから、安心して」
「・・・・・・・・・分かった」
しかし、禊は弥生を心の底から信頼していたため、気が付くことはなかった。
普段は絶対見せないような弱々しい表情を見せる禊に対し、まるで『面白い玩具』を見つけたかのような弥生の表情に。
補足:魔術師を教育する学校は存在するが、そこで魔術を学ぶものの大半は伝統芸能を学ぶような感覚で在籍しており、魔術を実用的に使用して利益を得て生活しようと思っている者は実はかなりの少数派である。