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第八話~儀式5日目~

儀式五日目の夜。


禊は自分の部屋のベッドで酷く焦っていた。


「あう~~。本当にどうしよう?」


禊は別に儀式のことで焦っているのではない。


今日まで儀式は順調に進み、液体化の魔術が完全に抜けた陣の起動実験は何の問題もなく終了した。


――そう、終了してしまったのだ。


それは、今日までの作業を以て、儀式場自体は何の問題もなく完成したことを意味する。


後は、明日に控えた儀式の本番を終えさえすれば、御霊移しは実質的に終わったも同然だ。


そうなれば、もう兄とよりを戻す時間もないだろう。


明日の本番が終わってからも、一日だけ儀式場の経過を見ることになっているが、何の問題もなければそのまま儀式場の隠蔽(いんぺい)対策を施し、道具を片付けて屋敷に帰るだけである。


それで七日間に及ぶ御霊移しは完全に終了する。


最後の片付けの段階になってしまえば、忙しさで、もう剛と話す余裕すらなくなってしまうだろう。


本来ならば、こうなる前に、兄と腹を割って話したかったのだが、未だにそのようにできずにいる。


無論、禊にも言い分はある。


儀式場を作るための重労働による疲労でそれどころではなかったし、そんな疲れた体に(むち)を打って、次の日のための準備に追われていたため、なかなか(まと)まった時間が取れないでいたのだ。


――いや。そんなのはただの情けない言い訳に過ぎない。


禊は屋敷の前で剛と8年ぶりに再会した時のことを思い出す。


8年間、一度も自分に会いに来てくれなかった悲しみから、つい剛にキツく当たってしまった。


彼を無能と(さげす)む自分の取り巻きたちに釣られて、自分も彼らと同じように(ののし)ったのだ。


――なんて酷い女だろうか。


――無能。それこそが、最も兄を苦しめていた言葉だと知っていたはずなのに。


出会い頭に罵声(ばせい)ばかり浴びせ続けるような人間に良い印象なぞ、普通は浮かばないだろう。


禊は“兄に嫌われたんじゃないか”と言った不安から、無意識に剛と会うことを避けていたのだ。


剛に嫌われてしまえば、見放されてしまえば、もう二度と立ち直ることはできない。


それだけ、彼女の中で、剛の存在は大きかったのだ。


一方で、禊がまったく何も行動していなかったかと言えば、別にそういう訳ではない。


禊は少ない時間を割いて、何とか剛と話そうと(こころ)みてはいたのだ。


だが、弥生の助けを借りて、剛と話す機会を持っても、口から出るのは悪態ばかり。


誰よりも剛に拒絶されることを恐れている(くせ)に、自分から剛を拒絶して逃げてしまう自分。


その度に、禊は素直になれない自分に嫌悪していた。


しかし、こんな自分でも兄は決して嫌な顔一つ見せることなく、昔のような優しい笑みを浮かべて接してくれる。


それが、かえって自分の(みじ)めさを、矮小(わいしょう)さを自覚させる。


臆病(おくびょう)な自分、素直になれない自分が本当に嫌になる。


禊は自分の部屋の壁に掛けられていた時計に、ふと目を向けた。


既に時刻は午前零時に差し掛かろうとしている。


「・・・・もう寝なきゃ」


明日はいよいよ儀式の大詰め。


万が一にも失敗は許されない。


ベストのコンディションで挑むためには、そろそろ就寝に着く必要がある。


禊は部屋の電気を消して、ベッドに潜り込んだ。






ちょうど、同じ時刻。


剛も明日の本番に備えて眠りに着こうとしていた。


「・・・・いよいよ明日で終わりか」


奇しくも、剛は今禊が考えていたことと同じことを考えていた。


もう一度、0(ゼロ)から始めようと言ったものの、一向に縮まらない兄妹(ふたり)の距離に、剛は苦笑する。


だが、剛は気付いていた。


口を開けば悪態ばかりな禊も、徐々にではあるが言葉から(とげ)が抜けていっているのを――。


忙しいうえに疲れているはずなのに、わざわざ時間を作って会いに来てくれていることを――。


もう一度、剛はここに来てからの自分の行動を思い出す。


禊が儀式に集中できるよう、食事を作り、彼女の身を気にかけ、所々で手を差し伸べていた。


しかし、それらの行動も、あくまで儀式を円滑に進めるための補助装置としてぐらいの効果しかなかった。


いくら彼自身が、彼女との関係を修復するために行っていたことであろうと、必要最低限の行動でしか表されることのなかった剛の不器用な優しさは、禊の年頃には寂しさしか感じさせなかっただろう。


思えば、今日まで歩み寄ろうと話しかけてきたのは、全て禊の方からであり、剛自ら動くことはなかった。


――彼女に比べたら、自分はどれだけ彼女に歩み寄ろうとしていただろうか?


剛はそう自問する。


――いや、問い(ただ)すまでもないな。


彼女の努力と、それを行うための勇気に比べれば、自分の行動など歩みですらない。


剛は良くも悪くも職人気質な男であった。


真面目で必要以上のことはせず、語るよりも行動で示す。


仕事では有能だが、プライベートではつまらないぶっきらぼうな男。


それが守宮剛と言う男だ。


そういう男であるために、禊は剛の態度を推し量ることができずに、彼の態度を“自分が嫌われているからではないか?”と勘繰ってしまっているのだが、当の本人は全く気がついていない。


空白の8年間がなければ、禊も彼に大事に思われていることに気付けたかもしれないが、その些細な優しさや気遣いを感じさるには、禊はまだ人生経験が浅すぎたのだ。


「・・・・もう寝るか・・」


明日に迫る本番に対して、正体の分からない嫌な胸騒ぎを感じていた剛であったが、夜も遅いため眠りにつく。


以前いた職場(、、、、、、)を考えれば、剛にとって2,3日眠らないくらいどうってことはない。


胸騒ぎが気になるのなら、一晩中起きて見張っていても良かったのだが、万全を期すためには、眠れる時に眠っておこうと考えたからだ。


部屋の中だけに響くくらいの音量に設定したアラームを3時間毎にセットして、いつでも事態の変化に対処できるように、深い眠りに陥らないように注意して布団を被った。






同じ時間、同じ屋根の下で、二人の男女(兄妹)は全く同じことを考えていた。


((明日儀式が無事に成功したら、きちんと禊/お兄ちゃんと仲直りしよう))


儀式が無事に終われば、翌日までは経過を見守る必要があるため、別荘にいなければならない。


そして、その間は重要な作業は全て終わっているため、ある程度まとまった時間を取ることができる。


それが、恐らく最後のチャンスになるだろう。


二人は今度こそ逃げずに向き合うと胸に誓い、(まぶた)を閉じた。


しかし、もし弥生が二人の心の声を聴いたなら、こう答えただろう。


――それ、死亡フラグよ――と。






まさしく、その通りであった。


補足:治癒術と言っても、MPを消費してHPを回復するような便利なものではない。

流派によって治癒の仕方は大きく異なるため一概には言えないが、大まかに東洋式と西洋式に分類される。

東洋式と西洋式の違いは漢方薬と抗生物質の違いと同じような物と覚えればよい。


東洋式

・肉体全体の回復を促すタイプが多く、一つの術式で幅広く治療できるが、効果が表れるまでに時間が掛かり、劇的な変化が少ない。

・衰弱した体力の回復や外傷の治癒などに特に高い効果がある。

・治療の仕方の特性上、失敗しても特に副作用があるわけではいため、専門的な知識がなくても使用できる。


西洋式

・特定の症状を治療するタイプが多いが、そのため、一つの術式で治癒できる症状は一つに決まっている。

・症状の原因をピンポイントで治療するため、短時間で劇的な効果があり、病気や感染症などに特に高い効果がある。

・効果が大きい分、使用する術式を間違えると強い副作用に襲われることが多いので、医師免許、あるいはそれに類する零課からの治癒術使用許可証なしに他者への治癒術の使用は犯罪行為となる。


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