三:思いは『闇』へ…
小説家になろう〜秘密基地〜にリア、リズのイラストがあります。
描いてくださった黒雛 桜様ありがとうございます。
なお、今はアイアンとレンナを描いていただきたいています。
「ふーん。で、俺に頼みに来たんだ」
どこまでもつまらなそうにリズはリアの要望を聞く。リアがここに到着したのはついさっき。息を切らしながら扉を開けリズに協力を申し立てたのだ。
しかし、リズは聞き入れる気はなさそうだ。
「何故ですか?」
「レンナが来てるんならレンナに任せればいいじゃん。俺は弱い者いじめはしたくないの」
「弱い者……いじめ」
リアはこの少年に恐怖した。リアは体験している、ダルクの力をその身に受けたことのあるリアは信じられなかった。服を引っ張られていたからよかったものの、もしそれが首を握っていたら、と考えるだけでも恐ろしい怪力だった。そして自分を瞬時に連れ去ったあの瞬発力。だが、リズはそれを知らない。いや、知っていてもリズは、この少年は今と変わらずつまらなそうな顔をしてこう言うだろう。
「レンナが殺してくれるから大丈夫」
徹頭徹尾狂うことなくリズの答えはリアの考えと合致した。
リアの喉を何かが嚥下する。切らした息は元に戻り、リアは掛けていた眼鏡を外す。
「わかりました。ではレンナさんにお任せしますよ…僕は、僕には…『殺す』なんてこと出来ませ―――」
「いつまで甘えるんだ…?」
リアの耳にはリズのつぶやきがはっきりと聞こえた。それを聞いた上で彼は聞きなおす。
「甘える…?」
「聞こえた…? なんでもないよ。いってらっしゃーい♪」
どこまでも子供じみた無邪気な素振り。リアにとってはどちらがいつものリズなのかということはわからないが一つだけわかることがある。
リズは今回は協力してくれないということが。
「わかりました。行ってきます」
踵を返しリアはドアノブに手を掛ける。だが、ドアノブに手を掛けた手はピタリと止まりリアは前のめりに倒れた。
「あれ…力が入らない?」
「どうしたのリア?」
「いえ、何か急に力が抜けて…」
必死に力を入れようとするが体には何の命令も出来ない。一方、脳はいつもと変わらずに動いている。おそらく、脳から発せられる電気信号が四肢に行き渡っていないのだろう。
「もしかして、ダルクに触った?」
「え、触りましたよ。その時はリーナさんの姿をしていましたから」
「そういえばそうだったね。ま、深いところまでは侵食されてないから意識を強く持てば大丈夫だよ」
(深いところ? 侵食…?)
リアの脳に新たな疑問が浮かび上がった。ダルクの事柄に関する脳内レポートは既に十数枚になろうかという量だ。
曰く、ダルクとは?
曰く、闇とは?
曰く、侵食とは?
曰く、負の感情。人間の意志。生霊とは?
そして、『人』とは何か…。
様々な疑問が脳を行きかう中リアはリズによって部屋の隅に運ばれた。
「ありがとうございます」
「礼はいらない。たぶん今日一日は動けないからそこにいてね」
感情がない声、とでも言えばいいだろうか。リズの声はただの音の羅列にしか聞こえない。しかし、リアにとっては『それで十分だった』。
「すみません……」
「…………………。」
リズの姿は部屋から消えた。
(あなたは『昔』から何も変わりませんね…)
リアは無意識に思った。口には薄く笑みを宿しながら。
* * *
「ただいま」
ほどなくしてリズとレンナは戻ってきた。傷どころか埃すら服にはついていない。
「リーナさんはどうなりましたか?」
一番気になっていたことを聞く。しかし、その答えはリア自身、よくわかっていた。だがそれでも、聞かずにはいられなかった。
レンナは言った。
「あたいらが殺したよ」
リアはその言葉を聴き自らを悔いた。助けられなかった憤りが体を駆け巡る。
「死んだものは元に戻すことはできないよ。それは機械も人間も同じだよリア。割り切れ。でないと…潰されるよ」
リズの言うことはいつも正しい。それはリアが一番知っていた。誰よりも観察力・洞察力が優れているリアにとっては嘘をついたかどうかなど、簡単に見極められる。この1ヶ月、リアと、アイアンと、レンナと、ワイズ。4人と暮らしてわかったことは多くはないがリズ以外の3人の性格。リズとの歪んだ相違点。そして、リズは嘘をつかない。ということだけはリアは知っていた。でも、知っていたからこそリアをそれに抗いたくなった。表情を変えず、口は薄く緩め、微笑の仮面を被りながら、どこまでも愚かに。どこまでも滑稽に。
「そうですね。わかりきっていたことでした」
「今日はここで休んで明日の朝早くにギルドに戻るよ」
リズの提案に逆らうものはいなかった。
「リア。何処かに行くのかい?」
レンナの視線の先には壁に手をつき何とか二足で立つリアの姿があった。
「えぇ。体も動くようになったことですし、少しこの教会を探索したくなりまして……」
「以外に子供っぽいところもあるんだね。なんかそんな風には見えないけどな…」
「少しは童心に返らないと生きる楽しみが失われてしまうんですよ」
びっこを引きリアは部屋を後にした。その姿はどこか悲しみに包まれ、後姿だというのに泣いているように見えた。
「嘘が下手だね。リアは」
「あんたは嘘をつかないけどね」
「正直に生きてるんだよ。俺は嘘をつけないから。嘘は………下手だから」
また窓に視線を送るリズ。その姿もリアと同じで悲しみに包まれていた。
レンナはリズをそっと抱きしめた。
「無茶しちゃだめだよ。さっきだって…なんで『使った』んだい?」
「リアが見てなかったから。彼はたぶん…何も知らないからね」
温かい腕の感触がリズの首に絡まる。姉弟のような、親子のような姿だった。
* * *
「確か…こっちのはずでしたね」
四肢の命令伝達は75%ほど回復を見せていた。しかし、右足だけは動かない。びっこを引く足はまるで超重量の重りをつけているかのように動かない。リアは必死に体を動かしリーナを探す。もう、この世にいないことをわかりきっているはずなのに。
「あれだけ優しかったリーナさんを殺すなんて…リズならしない。するわけがありません……」
じゃあレンナは?
ひとつの疑問が浮かび上がる。レンナはリーナを知らない。否、知っているはずがない。彼女は自分とリーナが接吻していたところしか見ていない。自分としては誰にも見られたくないところだったのだが、それはもう過ぎてしまったことなので今更悔やんでも仕方のないことだ。レンナは、レンナならリーナを殺せる。結論としては『彼女はリーナの性格を知らないから』。
いや、もし知っていたとしても彼女はリーナを殺すだろう。
理由としては簡単だ。自分たちの目的は『闇を払う』こと。最小限の犠牲は払ってでも『闇を払う』ことが自分たちの最終目的なのだから、それがもし、自分やリズに憑いたとしても彼女は、いや彼女だけでなく『自由人』の仲間は仲間であったものも簡単に殺すだろう。
想像するだけでも気分が悪くなってきた。
「きっと生きているはずです。きっと………きっと………」
己を動かす魔法の言葉。否、自分を操る呪詛の命令だ。リアは在らぬ希望を呪いのように吐きながら必死にリーナと接吻した場所を目指す。