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二:深き『闇』

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 窓から聞こえる不規則な雨音。それを聞いてリズは言葉を発する。

「やっぱり降ったね…」

 どこか怒りを孕んだリズの声。リアはそれを快くは思わずに口を開いた。

「リズは雨が嫌いなんですか?」

「どうしてそう思うの?」

「リズの声に怒気が含まれている気がしたので」

 リアの台詞にリズは目を見開いた。しかし、それは驚きから来るものではない。

 ひどく小さい溜め息を吐きリズは口を開いた。

「雨は…好きじゃないんだ」

「でも…嫌いでもない…ですか」

「よくわかってるね。オレは雨の日に…―――をしたから…」

 一番大事な部分を聞き取れない音量で話しリズの視線は窓に向きなおった。

(割り切ったはずなんだけどな…なかなかに慣れないんだね…)

 どこか悲しみを背負ったような雰囲気のリズに、リアはかける言葉が見つからず眼鏡を外し、溜め息をついていた。

 急にリアの服の袖が引っ張られる。先程から座っていたリーナだ。

「あの…リアさんはいつも敬語なんですね」

 どこか恥じらいのある声だった。リアに一目惚れでもしたのかリーナの頬は赤く染まっていた。

「えぇ。砕けた話し方は相手に対して失礼だと思っているので」

「そうですか…。……あの、リアさんは…」

 必死に言葉を探すリーナ。その姿は可愛らしく思わず抱きしめたくなるような姿だった。

 リアはリーナに微笑む。それだけで彼女の顔は真っ赤に染まり目線を地面へと落としてしまう。

「リア。ホストのほうが向いてるよ。なんでわざわざウチのギルドに入ったの?」

 悪戯な笑みを浮かべてリズが聞いた。リアは考える間もなく即答する。

「僕は自由に生きたいですから。誰かに縛られるのは嫌なんです」

 微笑を崩さずに答えたリア。しかしリズはその答に満足せず、またしても窓に視線を向けた。

(なぜあんなに空を見てるんでしょうか…?)

「リアさん…あの、私はもうお部屋に戻りますので…」

 少し残念そうな顔を浮かべ、リーナは立ち上がる。

「送りますよ。少しの距離ですけど用心するべきでしょう?」

 扉の前まで歩きドアに手をかけたリーナは振り向き、戸惑っていた。

「そういうわけですので、リズ。行ってきますね」

「……………。」

 窓に視線を置いたまま右手をひらひらと振るリズ。リアはリーナと共に部屋を出た。

「リズは神秘を信じますか?」

 不意にリアの問いが頭をよぎった。リズは口元を緩ませ、静かに口を開いた。

「『神秘』は『サーカス館』では君以外の誰もが使えるよ。リア…」

 リズの言葉は内と外を隔てる窓に飲み込まれていった。


 * * *


 教会の廊下は大して広くもなく細くもないごく普通のスペースだった。しかし、リアは『何か』を感じ取っていた。それは自分だけが感じたものなのか、それとも隣を歩いているリーナも共に感じていたかはわからない。しかし、わかることは只一つ。この空間には『何かが在る』ということだけははっきりとしていた。

「リアさんは…リズさんのことをどう思っているのですか?」

 不意にリーナから問いかけられた。リアはそれほど長い時間ではないが考え、答えを導き出した。

「仲間…と思っていますよ。こちらには来ていませんが、あと3名ほど仲間がいます」

「仲間ですか…私にもいました」

 俯いたままリーナは続ける。

「同じ修道女でした。神に純潔を捧げ共に神に従うことを…でも…彼女は………」

 嗚咽を堪えリアと繋いでいる手すらも握り締めながらリーナは言葉を続けていた。

 急にリアは足を止めた。

「リア……さん?」

 リアはリーナを抱き寄せた。その行動はリーナにとっては完全に予想外で、頬だけでなく耳まで真っ赤に染めている。

 震える体を抱きしめたリアは同情の震えを堪え口を開いた。

「辛かったでしょう…でも僕たちが必ず『闇』を…ダルクを討ってみせます」

「リアさん……」

 顔を上げたリーナは頬に涙を流していた。リアは人差し指で涙をふき取り微笑む。

「あなたになら…私の純潔を…」

 リーナの顔がリアに近づき唇が触れ合う。ほのかに香る香水の香り。ほんのりと湿った唇。しかし、それで終わりではなく、リーナは自らの舌をリアの口にねじ込んだ。官能的な舌の動き、そこから漏れるリーナの甘い吐息はリアの思考力を失わせるには十分だっただろう。しかし、思考力が失ったリアは本能的に彼女を襲うことはしなかった。いつまでも続く接吻は徐々にリアの思考力を回復させていった。

 唇を離したリーナはどこか恍惚の表情を浮かべリアと対峙している。

「よろしければ…夜は、私の部屋に―――」

「騙されるんじゃないよ!」

 勝気でハスキーな声。その声には聞き覚えがあった。廊下の奥に視線を向けるとそこにはレンナが立っていた。痛々しい右腕の包帯は肩辺りまで巻かれている。息を切らして立っている姿を見る限り彼女は急いでここにきたのだろう。

「レンナさん! …あ、レ、レンナ!」

 慌てて言い直すが今はそのことすらもレンナにはどうでもいいことらしい。レンナの双眸はすべてを穿つかの如く鋭い視線。その視線の先にはリーナがいる。だが、レンナのあんな鋭い瞳はリアは見たことがなかった。まるで、仇を見るような、どこか、復讐者のような瞳だった。

 レンナは口を開くが、彼女の口から出た言葉はリアには信じられるものではなかった。

「リア…そいつが『ダルク』だ!!」

 瞬間、リアの体はレンナのはるか前方、リアからすれば後方へと引き寄せられた。リアを引いたのはリーナだった。

「ぐ……!!」

 服を引っ張られ首にかかる圧力は人間のものではなく巨大何かが服を引きちぎらんかのようだった。

「リア!」

 レンナは女とともに前方の闇へと姿を消したリアを追った。


 * * *


「だから甘いんだよ…リア。甘えを捨てろ。目を逸らすな。現実を凌駕しろ。神秘にたどり着くんだ…」

 リズは先ほどと変わらずに窓の向こうの雨を見ている。だが、口元は可笑しそうに柔らかく歪んでいる。その顔は窓に映り自分の顔を見ることができた。

「俺とリアの笑った顔は似てるんだね…フフフ」

 リズは笑っていた。さも可笑しそうに、無邪気に。だが、その笑いはきっと嘲笑(わら)っていることと気づけるのはもう一人の笑顔の持ち主だけだろう。


 * * *


「リーナ…さん、ゲホッ!!」

 首にかかる圧力は無くなり細くなっていた気管が戻り空気を大量に取り込んだ。リーナの顔は闇に紛れて見ることはできないが、もはやそれがリーナと思えることは無かった。

 彼女の周りから立ち込める黒い霧のような『何か』。清楚な雰囲気など微塵も無く今は体を求めてさ迷う娼婦のような荒く甘い息遣い。

 そこにいるのは文字通り『闇』に堕ちた修道女だった。

「私は…いままである欲望に蓋をしていました…それはとても罪深きこと」

 リーナの『体のどこか』から彼女の声が聞こえた。

「そう。私は神に従う……はずだった。でも…わた……し、は………」

「リーナさん! 気をしっかり持ってください。あなたは友人と神に全てを捧げたのでしょう。ならば、あなたには――――」

 立ち上がりリーナの肩があったであろう部分をつかむリア。諭そうとするが彼女には『闇』が憑いている。そのとき、リズの言葉を思い出した。

「ダルクは本能的に人間を求めてる。憑かれた人がダルクになるんじゃなくてダルクになった時点でもう憑かれた人間はダルクに取り込まれている。だから、『人間に戻りたい』という願いが生まれ本能的に人間を襲ってるんだ」

 何かが頭に引っかかっていた。あの時リズは『人間の意志』がダルクを生み出すといっていた。そして、『ダルクになった時点で憑かれた人間はダルクに取り込まれている』ともいっていた。ダルクに形が無いと推測するならばここにいるのは、『ダルク』と言うのは『生霊』ではないか。

 その小難しい考察は体ごと『黒い鞭のようなもの』で引っ張られてきた道を返された。しかし、それでもリアの考察は終わらない。

(生霊の集合体なんでしょうか…でも生霊が一人の人間に憑くということが在りえるんでしょうかね? いや、現にこうし在りえているんですから在りえてるんですね。しかし、なぜリーナさんがダルクに憑かれたのでしょうか? いや、そんなことは後で考えましょうか…それより今は、どうやってダルクの動きを封じるか考えないと…。囮を使うのもいいですね…本能的に人間を襲うのなら獣より楽ですけど、罠がありません)

「うわっ!」

 急に背中に何か当たった。いや、当たったというよりは衝突のほうが正しいのかもしれない。リアの足元にはレンナが倒れていた。

「レンナさ…だ、大丈夫ですか?」

「『さん』付けで呼ばなくなったら大丈夫だよ」

「それだけ言えるのなら大丈夫ですね…フフ」

 やさしい微笑を浮かべリアは服についた埃を払いレンナに手を差し伸べる。

「行きましょう。ダルクの『確保』に」

 レンナの眉が一瞬だけ反応した。

「『確保』?」

「ええ、『確保』です」

 深いため息をつきレンナはリアの手を払って立ち上がった。立ち上がったレンナはリアに視線を向けるがどこか冷たい視線だった。

「あっそ、じゃあ頑張って。あたいは目的が違うから」

「え………レンナの目的は何ですか?」

「ダルクの…―――だよ」

「え、すいませんがもう一度言ってもらえますか?」

「『抹殺』」

 リアは生涯初めて血の気が引いた。全身が寒くなり感覚は鈍くなるが心臓の鼓動だけは妙にはっきりと伝わり体が心臓の鼓動に負けて揺れている感覚すら味わった。だが、リアは表情を変えずあくまで微笑を浮かべて口を開く。

「わかりました。では一緒に行きましょう」

「あんた聞いてなかった? あたいはダルクの―――」

「聞いていましたよ。だから一緒に行きましょうダルクを『抹殺』するために」

 急にリアの考えは変わった。いや、変わったというよりは『合わせた』のだろう。レンナの考えに。

 レンナは信じられず聞き返す。

「あんたは『確保』が目的でしょ。なんで『抹殺』するの?」

「『確保』はあくまで可能ならばの仮定。それがだめならば『抹殺』するしかありません。危険かつ希少な獣は『確保』が第一条件ですがそれが無理ならば『殺す』必要に迫られるでしょう。違いますか?」

 リアの言葉はレンナを諭すには十分だった。レンナはかぶりを振った。

「じゃあ、あたいの指示通りに動いて。準備するものがあるならさっさと持ってきてね」

「わかりました。では部屋から必要なものを持ってきます。先に行っていただいても結構ですよ?」

「もちろんそうさせてもらうわ」

「では『闇』でお会いしましょう」

 レンナとリアは別れた。しばらくして、リアは足を止め苦しげな表情を浮かべていた。

「僕は、たとえ『闇』に堕とされた人でも…助けたいだけなんですよ。レンナ」

 リアは仲間には決して見せない表情をし、俯いたままリズのいる自室へと走った。

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