四:始まりは唐突に…
今回より書き方を変えてみました。
携帯の方は読みづらいでしょうがご了承ください。
鋭い袈裟切りがリアの右肩を掠める。それは服を裂くだけにとどまりリアには傷一つついていなかった。
対立するアイアンとリア。それは数分前に遡る。
* * *
「ここですね…」
リアがたどり着いた場所は普通の酒場だった。名前は『自由人』。
恐れることはなく自然と酒場に運んだ。
そこには、筋肉質の男がソファで寝ていて、黒のマントを羽織りとんがり帽子を深々と被った老人が席に座っており、カウンター席には昨日自分に不思議な問いかけをしてきたレンナが座っていた。
一瞬、リアは息を呑んだ。その場に足を踏み入れた自分が不安もなく、恐怖も無いことに驚いていた。その酒場には夥しいほどの死体で溢れかえっていた。様に見えた。
現実は『そう』ではなく、三人が三者三様に別な行動をとっていた。
ソファで眠りつづける男。
カウンター席で酒を飲みつづける女。
テーブルで何やら難しそうな本を読んでいる老人。
目を擦り、その酒場の中を確認した後、リアは口を開いた。
「あの…。ここは…」
「ん?」
レンナが振り向いた。すると、彼女は驚いたような顔をリアに見せた。
「あれ…あんた昨日の……」
「昨日ぶり…ですね。レンナさん」
笑顔で返事を返すリア。
レンナはまだ状況を理解できずにいる。その証拠に口をパクパクさせている。
「え、あ…そうだね。でもどうしてこんな所にいるんだい?」
「いや、昨日の夜に『ピエロ』に会って…そしたら、このギルド名刺をもらったので…」
『ピエロ』。その単語にレンナ以外の二人も一瞬、反応した。
先程まで寝ていた男はソファから起き、リアを凝視する。
精悍な視線がリアを刺す。その鋭さは岩をも穿ちそうな視線だった。しかし、リアは動じなかった。
すると、男はソファから立ち上がりツカツカとリアに近づく。
「お前、たしかリア・ロントとか言ったな?」
「え? えぇ。そうですよ」
男の声は太く逞しく、それでいて癒される声だった。だが、リアにとってはそんなことは問題ではなかった。
男は更に質問してきた。
「お前、強いのか?」
「あの…言ってる意味が…よくわからない、んですけど…」
「アイアン止めな。どうしてあんたはいきなりそんなことを聞くんだい? リアに失礼だろ」
レンナがアイアンと呼ばれた男を制止する。しかし、そんな抑制の言葉もむなしく男―――アイアンは続ける。
「俺と戦りあってみねぇか? お前、武器は何を使う?」
「僕は体を動かすのは得意ではありません。のんびりと絵を描いていたほうが…。っ!」
リアの言葉はアイアンの蹴りによって悉く散った。リアは酒場『自由人』の入り口へと吹っ飛び、向かいのコンクリートの壁に激突した。
「グフッ…!」
あきらかに致命傷となる一発。口に溜まる血液。衝撃と同時に体を走る電撃にも似た痛み。
リアは片膝をつき、湧き上がる吐き気を抑えることもできず地面に大量の血と共に吐瀉物を撒く。
「そんなもんか。ツマンネェな」
どこかで聞いた台詞。リアは昨晩の一戦を思い出していた。少年が属するであろう『サーカス館』、そこには好戦的なものが多いのかという考えが彼の脳の一部に生まれた。しかし、そんなことは今考えるべきではなく今はどうすっれば最善の方法で戦闘を回避するかの方が重要だった。
* * *
そして今に至るわけである。
アイアンは店の奥にあった木刀を持って襲い掛かってくる。一方のリアは武器は持たずお世辞にも徒手空拳とは言いがたい構えで対峙している。
だがそんな構えで、いや、そんな構えだからこそ先程の動きは有り得なかった。
明らかに当たるであろう一撃を最小限の動きで見切り、体勢を崩すことなく後ろへとステップを踏み距離をとる。
おかしな雰囲気が辺りを包んだ。それはリアから広がりアイアンの行動範囲だけを包んだ不思議な雰囲気だった。
リアと対峙するアイアン。彼は違和感に気づく様子も無く、何故か苦しげな表情をしているようにも見える。
「有り得ねぇだろ…いくら手加減してやってるとはいえ、素人が俺の剣を避けるなんざ…あっちゃいけねぇだろ…」
(それにあの表情…)
リアは笑っていた。何かを馬鹿にするでもなく嘲笑うでもなく、ただ純粋に微笑んでいた。その笑みが不気味で不愉快だった。
「あの…もう止めませんか? これ以上はお互いに嫌な思いしかしないと思うんですが…」
おどおどとした表情でリアは問い掛ける。おどおどとした、『さきほどと変わることのない表情で』。
「ちっ…!」
アイアンは止まらない。それどころか、更に速度を上げリアに剣戟を加える。
だが、リアには当たらなかった。袈裟切りはステップでかわされ、上段からの一撃は寸でのところで左右に回避され、突きは剣を滑るように避けられた。そのどれもが『ギリギリのところでかわされていた』。
だが、あれほどの鋭さと速さは昨夜の『ピエロ』の一撃と同威力、またはそれ以上。それ故にギリギリで避ければ速さから生まれる衝撃と鋭さから生まれる目に見えぬ斬撃がリアの体を赤く染め上げる。
かけていた眼鏡は最初の蹴りでどこかに落としていた。
肩で呼吸する二人。リアは急にカードのことを思い出し、右のポケットに手を入れる。しかし『カードは無かった』。一瞬だが、リアの動きが止まった。アイアンはそれ見逃さず、瞬時に背後へと回りリアの脇腹へと木刀を振るう。
間違いなく必殺の一撃。『それ』は風と同化しリアを壁に叩きつける。はずだった。
リアは吹き飛んだが、木刀を打ち込まれた部分を払い平然と立っていた。
「これで僕の負けですかね…」
急に倒れたリア。彼の体力はすでに限界だったのだ。アイアンは驚愕した。あの一撃には間違いなく殺意をこめて打った。いままでその一撃は誰にも避けられたことはなかった。だが、この男は避けた。
味わったことのない敗北感。それは重く、苦く、辛いものだった。
「……………。」
アイアンはリアを担ぎ酒場へと戻った。