三:原石の採集
今回は後書きがありません。
「どうだったの?」
少年はレンナに問う。するとレンナはにやりと笑って口を開いた。
「ありゃあ大した能力の持ち主だよ。間違いない」
「へぇ〜…じゃあ、会いに行ってみようかな」
少年は座っていた机からふわりと飛ぶ。比喩的な表現ではなく『実際に飛んでいた』。
「お取り込み中か?」
出入り口の柱を叩きやってきた筋肉質の男は二人に聞いた。
「いやもう終わったよ。それに、オレはレンナが話したっていう人に合ってくる。じゃあね。あ、あと…アイアン。あのね…」
少年は浮遊を止め自らの足でその場を去った。すれ違い様に男―――アイアンにある伝言を残して。
「何て言ったんだい?」
「『石は調べるまで宝石かどうかわからない。』だとさ」
「つまり、あたいの話は信用してないってことか…」
「そうみたいだな」
アイアンはレンナの怒りを受け流し、その家屋の奥に入った。
舞台は移る。
リアは夜空を見上げ思考の海へと航海していた。
いわく、レンナという女性からの質問。
いわく、道化の言葉。
すべてが謎だった。彼は今日1日で起こった現象を整理していたが、一向に終わる様子はなかった。
時が過ぎ、今日の寝床を探すリア。彼には家がなく、大体は野宿をしている。趣味の風景画を美術商に売り生計を立てていたこともあったが、自分の絵の完成度と斬新な絵で芸術関係の巨匠を唸らせた。そしてその数日後には毎日のように、雑誌のインタビューなどが殺到するために自主的に風景画を描くことはやめていた。
ため息を吐きリアはここ、「ワノール」の街の中心。噴水広場を寝床に決めた。寝床といってもベッドはおろか、寝袋も持っていない。『寝る』というよりはただそこに落ち着く。といったようにも感じられる。
「今日のアレはいったいなんだったんでしょうね…。それに…。」
リアは懐からカードを取り出した。それは、先ほどまでいたオープンカフェの机に刺さっていた『人形劇をする道化』の絵柄を写したカードだった。
「このカード…トランプでもないようですし、かと言って特別なカードには…見えませんね」
リアはカードを見る角度を変え、様々な角度、方向からカードを観察する。しかし、特に変わった様子も見られない。だが…。
「何故か、懐かしい感じがします…」
と。リアが言った。
「何が?」
突然、背後、それも息がかかるくらいの距離で声が聞こえた。驚き、リアはすぐに後ろを振り向く。そこには誰もいない。だが、人知を超えた『何か』があった。
『何か』というのは噴水広場になら必ずある『噴水の水』だった。噴水とは目で楽しむもの。確かに『これ』も見様によっては楽しめるだろう。巨大な―――リアの頭部ほどの水球が浮いているのだ。
「ごぼっ!」
肺に水が流れてきた。呼吸をすればするほど顔面―――頭に纏わりつく水球が肺に入りリアを『空気中』で溺れさせている。
「あははははははははははははは! 嘘ぉ!? そんなものも対処できないのか?」
視界が水でぼやけ、水を通しての声だったがそれははっきりとリアの耳に入った。子供の声だった。
「……………!」
「ん、何? 苦しい?」
無邪気だが、すべてを悟っているかのような声。少年が指を弾くとリアに纏わりついていた水球が弾けた。
「ゲホッ! ゲホッ…。あなたは…何者ですか?」
「オレ? オレは…そうだな。『ピエロ』って呼んでよ。そのほうが今はしっくりくるし」
「ピエロ、ですか。今日は不思議なことがよく起こりますね」
眼鏡をくいと上げ、少年に注目する。少年の服装はまさしくピエロだった。白と黒のチェックの服。先端に白い玉がついているとんがり帽子。顔には大きな赤い唇と目を中心にしたひしがたのペイント。可愛らしかったが、それ故に、不気味だった。
子供ならもう寝ているであろう夜中。それにもかかわらず噴水広場にいる少年。完全にピエロになりきり、性格は飄々としていて掴みどころがない。恐怖でひざが笑うのが感じ取れた。情けない。と思っていたが体は正直だった。
「ねぇ。」
少年はリアに話しかけある一点を指差した。
「それ何?」
それはカードだった。何故かはわからないが少年はカードに興味を持っていた。リアもカードに視線を向けるが次の瞬間、リアは後方へと飛ばされた。
「ぐ…!」
木に当たり衝撃は死んだがその反動として体中を激痛が走った。口の中には血の味さえ感じた。
口腔に溜まった血を吐き出しなんとか体勢を立て直す。しかし、瞬間的にリアは身をよじった。
少年の拳が頬を掠める。その鋭さと速さのある拳はリアの頬を容易に裂いた。
「こんなものか。ツマンナイ」
度重なる危機的状況からか。リアの足の震えは止まっていた。カードを持つ腕を突き出し少年にカードを見せた。
「この絵柄。なんだかわかりますか?」
「『踊るピエロ』?」
「先ほどまで、この絵柄は『人形劇をする道化』…だったんですよ」
そう。リアの視線がカードに流れ、彼は『絵柄が違う』ことに驚いていた。ついさっきまではリアの言うとおり、『人形劇をする道化』。だが今は少年の言うとおり、『踊るピエロ』だったのだ。
少年は眉をひそめ、問いかける。
「だから何?」
「いえ、ただ言いたかっただけです」
ただ言いたかっただけ。そんなくだらない理由で少年の楽しみを増加させてしまった。
少年はどこからか剣を取り出し、リアに向かって突撃する。
リアは避けなかった。いや、避けられなかったのか。少年の剣はリアを貫いた。ように見えた。
「え?」
「残念ですが、僕はここですよ?」
笑みを含んだ声、少年が振り向くとそこには微笑を浮かべ眼鏡をかけた少年がたっていた。木の上に。
「どうやって――――」
「どうやってそんなところまで? ですか? ただ歩いただけですよ。こんな風に」
力をこめずに枝を踏む。すると、踏んだ後ろには衝撃波が発生し着地点から完全に止まるまでの道は削り取られていた。時間にして一秒もない時間。音速以上の速さだった。
少年は驚き、動かなくなった。戦意喪失したと言ってもいいのかもしれない。
リアと少年が対峙して数分。少年はハッとなり、口を開いた。
「すごいね。でもまだ原石の状態だよ。いずれまた会うよ。それまでじゃあね」
少年は急に吹いた強風とともに消えた。いつのまにか夜は過ぎ、朝日が昇るような時間になっていた。リアは伸びをしたあと、上から降ってきた1枚の紙をつかんだ。そこには、
「ギルド『サーカス館』。あの子はこのギルドの一員だったんですかね。裏には地図が描いてある、行ってみましょうか」
リアは足元に刺さっていた『道化のカード』を引き抜き右のポケットにいれ、紙――――ギルド名刺に描かれてある地図を頼りに歩き出した。