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八:『コク』銀

 アイアンたちの眼前に急に現れたのは『黒い箱』だった。いきなりの事態に混乱することなく、アイアンとレンナは背中を預けていた壁から離れ左右に跳んだ。

 レンナは腰を軽く落とし両腕を上げ構える。

 アイアンは一瞬で自身の周辺に『鉄の剣』を顕現させた。

「合図は?」

「『イーグル』。10秒で決着(ケリ)つけるぞ」

 何かを確認したようにレンナが頷く。おそらく、リアがサーカス館に入る以前の戦闘においての呼吸の合わせ方だろう。

 神経を集中させる。今は『黒いドーム』を無視し、不確定要素の排除のみに全力を注ぐ二人。『黒いドーム』の前に座っている女は邪魔になることはないが気を払っておく必要性がありそうだった。

「跳べ」

 アイアンの掛け声。瞬間、レンナは壁に向かい跳躍。壁に『着地』と同時に更に上へ跳躍。それを数回繰り返し、壁の鉄骨を掴む。

「剣を」

 レンナの掛け声。刹那、彼女の周辺には数本の剣が出現。右手だけで支えていた体を回転させ、鉄骨の上に右足をのせる。間髪をいれずに鉄骨から離れ、切っ先が全て『黒い箱』に向かっている剣の柄を狙い打撃を繰り出した。

「やれ」

 体を回転させながら肘で一発、回転を殺さず右足の甲で柄を蹴る。続けて両の掌で剣の柄を弾く。重力に負け、落ちそうになる体を鉄骨を掴んで阻止する。打撃を加えた剣は重力も相まって速度を増し『黒い箱』を強襲する。その光景はどこか地を這う生物を捕らえる大鷲の爪のようにも思えた。

 瞬間。ガラスが割れるような音と同時に突風が吹き荒れた。

「っ!!」

 『黒い箱』に襲い掛かる鈍色の剣は、一本も余すことなく突風に絡めとられる。風が爆ぜれば剣は周囲に放り出され、壁や路地に刺さっていった。爆風にも似た衝撃はアイアンをも襲うが彼は飛散した剣の一本を空中で掴み自らを回転、遠心力に任せ剣を振るうことで自身も風を纏い相殺する。一端の剣士には出来ない芸当を彼は悠々とやってのけた。それだけでも彼の剣士としての力量は相当なもの、そしてそれ故にアイアンはリアとの『戦闘』が不思議でしょうがなかった。只の一度も掠ることはなく、本気の『不意打ち』にまで反応した彼の反応はおよそ人間の取れる行動ではないのだ。そんなことを考えていて不意に『お嬢様』が気になった。『ブラット』の前で必死に祈っていた女は『黒い箱』に反応はしたもののそれが自分に『敵意がない』ことがわかると早々に視線を戻していた。その後ろで突風、否、爆風が吹き荒れることを予想出来ずに。

 急いで『ブラット』へ視線を移すと案の定、女はいなかった。だが、心配は無駄に終わったらしい。

 レンナが彼女を抱きかかえていたのだ。レンナはおそらく、風が吹いた瞬間、自分が吹き飛ばされるであろうと予測していたのだろう。急いで壁の鉄骨を掴み体を壁に引き寄せ、壁を足場に跳躍し地面に着地。着地の反動の威力をずらし・・・、その力で『縮地』を行い女のもとへと急いだのだろう。回転して剣を振るった瞬間、下に見えた人影はレンナだったのだ。一先ず女に怪我がないことを安堵し、次いで『黒い箱』に向き直る。

 やはりというべきか、『黒い箱』は原形をとどめておらず辺りに破片らしき物体が散乱している。周囲には土煙が激しく舞っていて視界をふさがれていた。だが気を張る必要はなさそうだった。『黒い箱』があった場所から滲み出る気配は自分の良く知る人物のものだ。

「げっほ! えほ……ぅー…埃っぽい」

 咳き込みながらも周りを警戒していた人影は大人より小さく、幼い少年、リズだった。

「遅ぇぞ。レンナの投げた『玉』に気づかなかったわけねぇよな?」

 万が一・・・を考えて、突風でも吹き飛ばされなかった周囲の剣を消し、アイアンは問う。もし、まだリズが『完璧に怒っていたら』、止めるのは自分しかいないのだ。リズと一番長く付き合っているのはアイアン、故に彼はこの少年の考えが大体判ってしまう。恐らくだがリズはもう怒ってはいない、だが何か得体の知れない違和感が自身の体中を嘗め回していた。

「いや…気づいてたんだけどさ、『死神』が急に現れてさ…」

 頬を伝う冷や汗は『死神』という単語にではなかった。よくわからない違和感が冷や汗を流させた。目の前にいるのは間違いなくリズだ。リズのはずだ。リズのはずなのに。何故、違和感が拭えなかったのか。平常を保ったままなんとか口を開くことは出来た。

「『死神』ってアレか? お前に似てるけど目が赤いって奴か」

「そう。急に現れてビックリしてたら何か『ガラス箱』にでも容れられたらしくてさ。とりあえず『神秘』で壊してみたんだ。そうしたら―――」

 そうしたら、景色が変わっていた。要訳するとそういう話につながる。早い話が『死神に出会ったら空間を移動していた』ということになるのだろうか。まったくもって理由は不明だが違和感の正体は解明した。今さらだったのだが『リズがいきなり現れた』ことに違和感を持っていたのだ。何もない場所に『黒い箱』が現れ、それの中からリズが現れる、なんてことは少なくとも『サーカス館』では誰の『神秘』でもできない。

 脳内で頭を振り、一旦考えを強制中断させる。今やるべきは『ブラット』の消去だ。元々考えるのは得意ではない、このことは今の事態が落ち着いてから全員で話し合えばいいことだ。

「はぁん…まぁいいか。とりあえず見つけたぜ。こっちだ」

 興味がないふりをしてリズを『ブラット』が在る所へ案内する。だが案内しようにも土煙がまだ空気中を舞っているため、いまいち場所が特定できない。少々の憤りを感じ舌を鳴らす。

 リズが口を開いた。

「あぁ。そっか、目瞑ってて」

 言うが早いか突風が吹き荒れる。突風というよりは下から持ち上げられているような、上昇気流とでも呼ぶべき風が吹いた。数秒で土煙は上空へ飛ばされ霧散していく。辺りを見回せば、しゃがんだ状態で、顔を右腕で隠したレンナ、その隣には左腕で庇われている様に見えた一見お嬢様に見える異国の少女。少し離れたところに『ブラット』が変化した『黒いドーム』が鎮座していた。

 リズはそれを見て状況を理解したのか、ゆっくりとした足取りで『黒いドーム』に近寄っていった。

「『これ』? リアを苦しめてるのって」

「あぁ。たぶんな」

「この()の友達が中に取り込まれてるらしいよ? もっとも、完全な半球体なのかドームみたいに覆っているのかわかんないけどねぇ…」

 補足、といった感じでレンナがリズに情報を与える。リズは一度だけ顎に手を当て「ふむぅ…」と子供らしくない唸り声を上げてから『ブラット』に触れるか否かのギリギリの位置に右手を差し出した。

「――――――……。」

 何かを呟く。次の瞬間、パキンと小気味良い音とともに『黒いドーム』は砕け散った。

「さっすが、だねぇ……」

 誰に聞こえるでもなくレンナがポツリと漏らす。その声は感心するほかにも、呆れが混じっていたのをなんとか聞き取れたアイアンは感じていた。

 ともあれ、元凶である『ブラット』が『消滅』したのだ、リアの体調はじきに回復するだろう。アイアンはその場から去ろうと大通りに足を運んだ。が、レンナとすれ違った瞬間、左腕に違和感があった。レンナが彼の腕をつかんでいたのだ。

 言葉を発さずに視線のみで不快感を露わにするアイアンだったが、そんなもので怖気づく彼女ではない。レンナは顎をクイと上げリズを指す。

「あ? 赤黒いドーム…いや、『(いばら)』か……?」

 つい数瞬まで『黒いドーム』があった場所には不可解な物体があった。

 『血のような』という表現ではなく、完全に、完璧に、まごうことなき『血の薔薇』がそこにはあったのだ。

「『ブラット』の次は何だリズ? まさか二重に『ブラット』があった、なんてことはねぇよな?」

「それはないよ。でも、これってどう見ても……」

「『血』、だよねぇ。まぁ考えられるのは『神秘』以外にない。よね―――」

 一瞬、何らかの敵意を感じたアイアンは、掴まれていたレンナの腕を逆に掴み返しそのまま大通りに放り投げた。

 世界が反転するレンナだったが体を回転させ着地。顔を上げれば、裏路地から自分と同じようにアイアンに投げられたであろう少女が、受け身すら取れない状態で自分に向って飛んできた。

「げっ!! うわっと……ってちょっとアイアン!」

「そこにいろ。とりあえず俺たちも出るぞリズ。リアはもうダイジョブなんだろ!?」

 リズに退避を促すが彼は動かない。というよりは、動けない、が正しい。さきほどまであった『血の茨』はリズの周囲を取り囲んでいた。

「先に出てていいよ。てゆーかさ……」

 急に膨れ上がる殺気はアイアンを後退させるのに十分だった。仲間を危機に晒すことも躊躇せずに彼はレンナの隣に移動したのだ。

 ―――あのままいれば、俺が死んでたな。

 自分のした行為に間違いはないと改めて確認するアイアン。隣にいたレンナは恨めしそうに睨んできたが無視。今はリアがまだ生きているかということが気にかかっていた。とりあえずだが最悪の状況は回避できているのだ。

 あそこから全員・・を助けることはほぼ不可能だとアイアンは確信していた。確実ではないが相当数の戦争・・を経験している故の感覚的なものが『生者は一人』と告げていた。レンナの頭に手を置き「まかせた」の意を無言で告げ彼はその場を去った。

「……アイアン? はぁ、どこまでも忠実だねぇ……まだ『引き摺ってる』んだねぇ…」

 置かれていた手の場所を触り自分で頭を撫でるレンナ。哀愁を帯びた瞳でアイアンを見るが、その悲しげな視線は先の彼には届かないのだろう。彼は主に忠実な騎士のままなのだから。

 ぐしゃぐしゃと髪をかきむしり、その髪を手櫛で直す。やつあたりは終了。視線を前に、気持ちも前向きに。

 裏路地にある風景は異常、対峙しているのはリズと『血の茨』。リズが近づこうとすれば、茨は振り払うように、一本一本が別個の生物のように蠢き襲いかかっている。リズが離れれば沈静化し半球状に戻る。まるで、中のモノを護るかのように。

「あれは『神秘』だねぇ……、ねぇ、あんたのツレって特別な能力とか持ってた……っていないし!」

 わきに抱えていた少女はいつの間にか自分の拘束を抜け、走っていた。

 道化に遊ばれている・・・・・・茨のもとに。


 * * *

 アラシは走っていた。相棒の生存ことを考えて、家族の無事ことを悩んで、友人の助力ことを悔やんで、シャルトリューの現在ことを。

「シャル! シャル!! シャルトリュー!!!」

 裏路地どころか大通りにも響きそうな張りのある声が発せられる。

「うるさいな。今助けてあげるからさぁ、ちょっと待っててよ。……ね?」

 不機嫌な声が奥から聞こえた。幼い少年、先程のアイアンと呼ばれていた男はリズと呼んでいた少年だ。銀糸のような髪、幼さが強く成人している男にはない可愛らしさが前面に浮き出た顔立ち。無邪気に微笑む様は心安らぎ、こちらの身を案じる声には顔に笑顔を取り戻させる。ただ、そのすべてに、色で表わすならば『全ての色を混ぜ合わせた黒』を彷彿とさせる殺気がなければの話だが。

 アラシはここに来るまでは『黒獅堂』と呼ばれる組織に属していた戦闘要員エージェントだった。一般人よりは視線や殺気には敏感だと自負している。だがそれは、今この場では最悪の結果を生みだした。

 足が震えた。平衡感覚が消えた。地面に倒れた。こうべを垂れ命乞いするような体勢になっている自分がいた。リズは、この少年は間違いなく自分だけ・・に殺気を放っていた。殺気のみで看破されるなんてことは初めてだった。

「あ、怖がらせちゃった? ……大丈夫」

 そう言ってリズはアラシに歩み寄り耳元で囁いた。

「助けるけど…手前てめぇが邪魔したら、殺す。」

 口調が一瞬だけ変わり、最後のセリフは機械のように感情がない声だった。いつの間にかアラシは泣いていた。息も絶え絶えだった。自分より年下の少年に心を崩されて悔しいのではない。彼女はただ一つのことを必死に祈っていた。

もうやめてください・・・・・・・・・

 シャルトリューをこれ以上弄ばないでください。

 自分をこれ以上苦しめないでください。

 どうか助けてください。

 様々な懇願は収縮し一つの願いになっていた。自分にできることは、ただここから動かずに祈り続けるしかなかった。


 * * *

「やれやれ…道化ですねぇ。(リア)貴方(リズ)も、いや、誰も彼も道化だ……フフフ」

 体調は回復したが足取りが覚束なかったリアはベッドにもぐった。

 枕の隣に置いたカードが示す絵柄は、『道化の仮面』。

 その意味は、隠匿。

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