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六:金は『闇』、銀灰は紅鉄と共に…

 アラシが見たものは『黒いドーム』だった。大きさこそ、人間を一人包むぐらいの大きさだがそこにいたはずの自分が知る人間がいなかった。

 シャルトリューが『黒いドーム』に呑み込まれていた。『黒いドーム』の周りには二振りの刀が無造作に捨てられていた。

「シャル!!」

 男を掴んでいた右手を払いシャルトリューがいる所に駆け寄った。だが、男の右手がアラシの腕を取り制止した。男の腕を払うことはせず、更に前へ進もうとしたが男の膂力が強すぎるために前には全く進めていない。

「"離しなさい!! 殺すわよ!"」

「あ? 共通語で話せ。通じねぇよお嬢様」

「"黙れ!! あんたなんかに構ってる暇は無い! シャルが…"」

 感情的になった所為か『母国語』を話してしまったアラシだが、今は関係ない。大切なパートナーの一人が危機的状況下に置かれているのだ。感情的にならないわけが無い。一瞬、男の腕を掴む力が弱まった。隙を突きアラシは()に突撃した。

「おい馬鹿女やめろ!! ったく、呑まれるぞ(・・・・・)……」

 腰の剣を抜き、一瞬にして()の眼前に移動。剣を腰の回転とともに前へ突き出す。アラシの剣の腕は高くはない。しかし、彼女は『処刑執行士』。一撃で対象を殺すことにかけては類を見ないほどに上手い。だが()は、彼女のことなど眼中になくただシャルトリューがいるところだけを濁った双眸で見ている。彼女の刺突は容赦なく()の心臓を貫いた。手応えはある、確実に命は絶った。手応えの所為で彼女は一瞬油断した。彼女は知らなかったのだ、()はそれこそ『生物』として殺すだけでは無意味ということが。

(マスター)! すぐに引き抜け。なんか…ヤバイ!!』

 いち早くそれを感じたのがアラシが使用していた剣、ティルヴィングだった。彼の声に反応し彼を引き抜こうとしたが。

「そりゃ無理だろ。そんだけ深く刺したんだ」

 後ろから聞こえた男の声。不愉快だったがアラシは男に問う。本来、剣は引き抜く際にも両刃、片刃問わず対象を斬りながら(・・・・・)でも引き抜けるはず。だが、この()は違う。引き抜くことも、ましてや押し込むことも出来ない。それどころか、先程まで喋っていたティルヴィングが喋らなくなった(・・・・・・・)。長年使っていればこの()がどんな性格かわかってくる。こんな状況なら真っ先に、文句なりアドバイスなりを自分に言ってくるはずなのだが。

「どうして抜けないんですの!? そこのあなた、答えなさい」

 尚も強気な姿勢を変えずアラシは男に問う。男は腰に吊るした酒瓶を手に取り飲んでいた。この状況でふざけた男だ。アラシの男に対する感情は怒りしかなかった。酒を一口飲み男は口角を吊り上げて答えた。

「そりゃそいつが『ブラット』だからな。その剣はお生憎。もうあんたの手元には帰ってこねぇよ」

「意味がわからないですわ! じゃあ、シャルは……!!」

 考えたくない。男の口から出るのが希望だと信じたい。だが、現実は甘くない。男は淡々と言い放った。

「もう無理だ。シャルってのが何者(ナニモン)か知らねぇがもうそいつは『そいつ』の腹ん中だ」

 その言葉は彼女から魂を奪った。ペタリと地面に膝から倒れた。もう何も考えられなくなっていた、アラシにとってのシャルトリューは相棒であり、仲間であり、親友であり、家族だった。身を引き裂く想いも沸かない。()はそんな彼女に送る視線は無く、ただ『黒いドーム』を凝視していた。


 * * *

 アイアンは悩んでいた。『ブラット』は見つけたが一般人が犠牲になっていた。どうするべきか。否、もう助かるとは思えない。一人は既に呑まれ(・・・)もう一人は戦意を失くしていた。

「やれやれ…どうしたもんかね。なぁ、『レンナ』」

「そうだねぇ。取り敢えず、あの『剣』だけは救ってあげようか」

 レンナが到着したのは先程のアイアンの台詞が言い終わった直後だった。どうやら場を見ただけで状況を理解しているようだ。それなら話が早い。

 右手を地面と平行になる程度の高さまで上げ、五指は不自然にならないほどに開く。レンナは『ブラット』までの距離を詰めるために、まるで地を縮めるように駆けた。ジパングの一部の人間が昔使っていたと言われる移動術、『縮地』。

 彼女は齧る程度だがジパングの武術も習得している。もちろんそれは『齧る』程度なのでそっち方面に精通しているものに比べれば児戯に等しい。

「どうヤりゃいいんだ?」

「とりあえず『刳り抜いて』くれれば何とかするわ」

「了解」

 五指を力強く開く。一瞬、その場にいた全員の耳に甲高い、金属同士をぶつけ合わせた音が聞こえた。それを合図にレンナは速度を上げ左腕を振りかぶる。ツインテールの少女が視界に入ったが今は無視。右足を強く踏み下半身を固定すると同時に振りかぶった腕は上半身とともに円を描くように『ブラット』に刺さっていた剣の柄を殴り、勢いを殺さず振りぬいた。

「せぇぇい!!」

 剣は勢い良く『ブラッド』を貫通し廃ビルの壁に鍔の部分まで刺さった。これはこれで引き抜きにくそうだが。

『っは……なぁんか底なし沼にはまった夢見たぜ』

「そりゃ良かったな『魔剣』。そのまま死んでも良かったんだがな」

 やけに親しそうに話すアイアン。彼はこの剣について知っていることがあるようだ。一方の魔剣と呼ばれたティルヴィングも傲慢な態度で答えた。

『あぁ? お、アイアンじゃねぇか。久しぶりだな』

「まぁな。だいぶスリムになったんだな。気づかなかったぜ」

 そう言いながらアイアンはティルヴィングの所まで歩き『彼』を引き抜いた。あれほど深く刺さっていたにもかかわらずアイアンは易々と引き抜いた。引き抜きティルヴィングを少女の下に投げ、レンナと共に『黒いドーム』に近づく。

「ティル……」

 ガランと音を立て剣は少女の下に転がった。ティルヴィングは声を出すことなく、静まり返っていた。剣は救出したが、問題はこっちの『黒いドーム』だった。便宜上、『黒いドーム』なんて言ってはいても元々は『ブラッド』の一部。急襲されないとも限らないのだ。油断することなく二人は近づいた。

「そういやリズはまだかい?」

「まだ来ちゃいねぇが心配ねぇだろ。命令には従うだけだ」

 心底リズを信頼しているのかアイアンは迷うことなく答えた。アイアンは『サーカス館』ではレンナ、ワイズより早くに所属していた。期間にしては数十年(・・・)以上前には所属()たらしい。そのためかリズの事を信頼、もしくは慕っているのかもしれない。今はそんな事(・・・・)より現状をどうするか。レンナはアイアンの隣に立ち、右手を腰に当てながら片足のみに重心を預けている。

「シャルは助かるんですの?」

 後ろから聞こえてきたのはツインテールの自分のようなガサツな女とは対照的なほどに高貴な雰囲気を纏っている少女の声だった。少女は気づいているんだろうか。その問いは自分の首を絞めるということに。二人は『沈黙』を返答とし、振り返って口を開く事はしなかった。その『答え』は少女の心を破壊するのには充分な威力だったろう。またしても俯き少女は何も喋らなかった。

「取り敢えず…アイアン。周り削って(・・・)みようか?」

「ちっ…面倒だ」

 愚痴をこぼすもアイアンは言葉に従った。右腕を振り上げ、直ぐに振り下ろす。甲高い音が辺りに響く。直後に撒き散らされるのは土塊。『ブラット』は削れることなくその周りの地面のみが削り取られていた。アイアンの『神秘』はこの『ブラット』との相性は悪いらしい。すぐに諦め腰に付けていた酒を飲み壁に背を預けた。

あたいの(・・・・)は無理だからねぇ…リズに任せようか」

 レンナはそう口にした後、少女の隣に腰を落とし、静かに肩に左手を添えた。

 少女は同情されることを嫌い、レンナの手を払いティルヴィングを鞘に収めた。少女は『黒いドーム』に近づき、ただ祈るしかない自分に苛立っていた。だが、この少女は真に強い心を持っていた。自分が何もできない事を受け止め、すべてを認める事ができている。レンナはこれ以上同情せず、アイアンの隣に立った。

「『神秘』を遮断する『ブラット』なんて聞いた事ねぇ。アレはもしかすると…」

「進化した『ブラット』?」

 少女に聞かれないようにアイアンたちは話す。ついこの間、リアが予想した事が形になったのか。本来、『ブラット』は定形がなく、その都度(つど)に自身を変え獣や武器、若しくは霧のように形をとらないものもいる。だが、その全てに当てはまる事は『神秘』でしか攻撃できないということ。

「わかんねぇ……可能性としちゃゼロとは言えねぇな。けど…」

「けど?」

 一瞬表情を曇らせたアイアン。それは不安ではなく心配だった。『もしあの中が空洞だったら』。そして、『まだ中の人間が無事だったら』。入る事も出る事も出来ない隔離空間。リズならどうにか出来るだろうが、今はただ待つ事しかできない。それが心配だった。人間は暗闇に永久にいる事はできない。詳しくは知らないがワイズ曰く、「精神がやられる」らしい。

 レンナの訊き帰しにアイアンはため息を吐き答えた。

「いや、何でもねぇ。今はリズを待てば…そういや何か貰ったよな?」

 言いながら(ふところ)に忍ばせていた球形の『風の玉』らしきものを取り出した。レンナも同じ物を短パンのポケットから取り出した。リズは『ブラット』を見つけ次第上空に放り投げろと言っていた。

「上に投げていいんだよね?」

「ああ。おもいっきりぶん投げりゃあいいんじゃねぇか?」

 一歩前に出て体を反らすレンナ。その際に大いに育った胸が天を向き大きさが強調される。そのまま腕を半月状をなぞる様に振り上げ、その途中で持っていた『風の玉』を手放す。重力を無視した『風の玉』は重力で勢いを殺すことなく上空へ向かっていった。


 * * *

「もうそろそろ始まった頃かな?」

 空中を自由に漂っているリズは口の端を歪めながらゆっくりとダブルディー区域に向かっていた。彼はまるで『全てを知っている』かのような発言をしている。

 それはまるで全知全能の『神』であるかのように。

 ゆっくりと空中散歩をするリズだがダブルディー区域から上がってきた球形を見ると一瞬驚いた顔を見せそれからすぐに顔をほころばせた。パァン!! と大きな音をあげ球形の物体は弾けた。

「早いね。じゃ行こうかな。リアの容態が悪くならないうちに」

 リズは速度を上げ二人の元へ急いだ。

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